第一章 烏合の衆

第1話 パーティ参加

 パーティを組もう。1人でこなせる依頼クエストで衣食住を充足させることが難しくなってきた。結局、どの世界でも人と組まないと凡人は生きていけないということなのか……。


 この世界に転移してから100日が経っていた。転移前の記憶がおぼろげで、実はまだ夢を見ているという可能性を諦めていない。



 転移直後、状況が呑み込めず草原で呆然と立ち尽くしていたところを貧民救済をうたう義勇軍に拾われた。

 心神喪失者と思われたのか生活に必要なものを渡されて近隣のアルマンテという町にある救貧院まで案内してもらってなんとかこの世界での生活基盤を作ることができている。


 アルマンテは中心に大きな運河が流れ、レンガ造りの高層建築が並ぶ美しい西方大陸の都市だ。インフラや行政が想像以上に発達していて自分のような身元不明の人間でも受け入れてくれた。豊かな地域に転移していたのは不幸中の幸いだった。


 救貧院を取り仕切る神父様に聞いたところ、あの義勇軍は元農民を中心に構成されているようで困窮者には非常に親切であるらしい。報恩連隊ほうおんれんたい嘉村かむらさん、生活が安定次第お礼に行きたいところだ。


 救貧院に来てからは神父様にこの世界のあらましを教わり、書庫の本からある程度の魔法を学ぶことができた。

 この世界の生活には魔石を利用した魔法が不可欠なようで、救貧院は魔法を使えるよう手厚くサポートしてくれている。現状把握と生活能力の獲得は順調に進んだ。


 その一方で、町での職探しは全くうまくいかなかった、出身地・経歴ともに不明で記憶喪失な輩を雇いたい人はいないだろうから当然の結果だが……。


 神父様の話によるとここルグラド大陸はその外円部に人の治める国々があり、中央部は過酷かつ不可思議な生態系を持つ未踏地帯プルグリムが存在する。

 プルグリムからは人工的に生産が難しい有用な素材や作物そして人々の生活に欠かせない魔石を得ることができる。

 これらの貴重な物資を持ち帰り生活の糧としている者たちが冒険者だという。


 救貧院では傷病者以外の仕事が無い。五体満足かつ健康な俺は危険を承知でプルグリムから資源や情報を持ち帰る冒険者になるほかなかった。

 この世界の冒険者という職業は荒くれものや落伍者、身寄りのない者のための雇用のセーフティーネットにもなっている。


 冒険者になるには冒険者ギルドへの登録が必須だが、これは救貧院の紹介で特に問題なく済ませることができた。


 プルグリムの入境管理をする冒険者ギルドは商会や個人が冒険者たちに発注した依頼クエストを冒険者に仲介し、クエスト達成のサポートをしてくれる。

 仲介手数料こそ発生するがギルドを介したクエストなら依頼地へのルートや中継地が用意されている上に交通費が無料になる。

 駆け出し冒険者でも安心というわけだ。


 冒険者ギルドに登録後、プルグリム産植物の収穫や物資運搬などの簡単なクエストを5回こなし、当面の生活資金を得て、俺は冒険者としての一歩を踏み出した。





 そして今に至る。初歩的なクエストを達成したのはいいが冒険者ギルドへ仲介手数料を渡し、生活費に装備の修繕、次のクエストに備えた物資の補充を行うと報酬金はほとんど手元に残らない。

 怪我をしてしまえば即収入源が途絶えて路頭に迷う。救貧院にいる間は野垂れ死にの心配こそ無いが健康体の自分がいつまでも居座っているのは心苦しい。そして町の人たちの視線がつらい。


 他の冒険者と協力してより報酬の良いクエストを受注しなければ生活は上向かないだろう。安定した生活基盤が無くては元の世界に戻る方法を調べることもできない。

 複数の冒険者で組まれた集団パーティへ参加すれば難しいクエストをこなして、収入増加が見込める。できるだけ早い方がいい。すぐにギルドに行こう。


 思い立ったが吉日。すぐに身支度を整え救貧院の自室を飛び出した。



 アルマンテの冒険者ギルドは町で最も大きい建物にある。ルグラド大陸で最も利用者の多いギルドであり、常に賑わっている。

 ここには肌の色どころか頭頂部に耳があったり、えらや鱗のある明らかに人類でない冒険者も列を成す

 彼らは獣人だとか爬虫人と呼ばれている。北方大陸の出身者に多いそうだ。


 冒険者ギルドでは冒険者パーティ参加希望者の斡旋も行っている。アルマンテの町のどのコミュニティにも属さず、仲間を作りようがない自分にとってはありがたい。


「すみません。パーティ参加の希望を出したいのですが……」


 クエスト受注で何度かお世話になっている受付係に話しかける。物腰柔らかな女性で経歴不詳の人間にも丁寧に対応してくれたいい人だ。


「毎度ありがとうございます。ギルド利用者証の提示をお願いします」


 初回利用時に貰った棒状の石を目の前の器具に差し込む。灰魔石ギベンというわずかに魔力を含んだ鉱石で安価だが30文字まで記録が可能とのことだ。魔動具の知識が乏しくまだ原理は分からない。


「では合言葉をどうぞ」


「……『持たざるもの』です」


 ギルドが設定した金なし経歴なしの利用者に使う合言葉だ。あまり人前で言いたくない。もう少し気を遣ってもらいたいな……。


「ありがとうございます。ジョウ・クロスさんですね」


 本名の黒須くろす じょうを逆さにしただけだが案外、異世界に馴染んでいる。


「ちょうどジョウさんと冒険者等級が近いパーティがメンバーを募集してますがいかがでしょう? 即戦力の4人目を希望しています」


 即戦力となるとパーティ参加後、すぐにクエストに行けるはず。懐の寒い自分には願ったり叶ったりだ。


「ぜひ紹介をお願いします」


「では第3会議室までご案内しますね」


 受付右横、アーチ型廊下を通って会議室へ向かう。アルマンテの美しい建物の例にもれず、冒険者ギルドの巨大な建物は見事な赤レンガ造りだ。もとの世界ではなかなかお目にかかれない。


 30メートルほど歩いて木製の扉の前に着いた。

 

「こちらでパーティの方がお待ちです。参加が決まった場合にはお手数ですが受付までご報告をお願いします」


 そう言うと受付の人は戻っていった。

 

(何だか、就活の二次面接を思い出すな……)


 手汗がでてきた。この種の緊張は久しぶりだ。

 深呼吸を1回。意を決して扉に手をかけ、ノックした。


「どうぞ~。お入りください」


 男性の声が返ってくる。

 扉を開けると中には3人の冒険者がいた。しかし顔は見ない。即座に深く一礼。


「初めまして! 黒須丈と申します! よろしくお願いします!」


 バカ丁寧な挨拶が異世界に響いた。

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