26話 兄、決める!
まず、初めに仕掛けたのはフレデリカだった。
右手に魔力を込めて、赤い炎を纏った拳を腰に構えたまま、アルスとの距離を一気に詰める。
しかし、アルスは微動だにすることなく笑顔を浮かべている。
「舐めるんじゃないですわ!」
そう叫んでフレデリカが放った拳は空を切った。
そして、気づけばアルスはフレデリカの後ろに移動しており、再びその凶刃を向ける。
しかし、アルスの攻撃はフレデリカには届かなかった。
今度はアレックスが盾士のスキルを発動し、アルスの注意を強制的に自分へ向けさせたからだ。
「へぇ…そんなスキルもあるのかい。」
アルスは特に驚くことなく、受けたスキルに身を任せて手に持っていた投げナイフをアレックスへと投げつける。
「そんなの、盾には効かないよぉ♪」
自信ありげにナイフを盾で防いだアレックスの前で、金属の鈍い音が鳴り響く。
フレデリカもその隙を狙って、すでに自分に背中を向けている状態のアルスへ、再度攻撃を仕掛けようとしていた。
しかし、弾かれて宙を舞ったナイフたちが何かに強制的に引っ張られ、今度はフレデリカに向かって飛びかかる。
「なっ!?」
すでに攻撃の態勢に入っているフレデリカには、それを避けることはできない。
(これはかわせないですわ!こいつに攻撃しつつ、致命傷を避けて受けるしか…)
アルスへの攻撃を止めずにそう決心するフレデリカだが、気づけば目の前の男の姿はどこにもなかった。
(な…に…っ!?)
驚愕するフレデリカへと襲いかかるナイフ。
しかし…
ギィンギィィィィンッ!!
フレデリカのカバーに回ったエレナが、それらのナイフをダガーで叩き落としたのだ。
「へぇ…」
感心するアルスを睨みつけるエレナに、フレデリカが礼を告げる。
「助かりましたですわ…」
「いいのよ。兄さんには全員で連携しないと絶対に勝てないんだから…」
「あの動き…本当に人間なのですか?」
先ほどエレナを拘束した時の動きもそうだが、フレデリカにはどう考えても理解ができなかった。
予備動作なしに攻撃を仕掛けてきたことも、相手に認識すらさせず目の前が姿を消す動きも…
「考えられるとすれば…」
「…あんたが考えてる通りよ。」
フレデリカの推測を認め、そうつぶやくエレナ。
「ランドール家には外に明かしてはならない秘術があるのよ。」
「やはりですか。」
「え〜と、どんな秘術なのかなぁ♪」
納得したようにうなずくフレデリカの横で、アレックスが片手を上げて説明を求めている。
それに対して、エレナは端的にアレックスにもわかるように説明する。
「ランドール家では、成人すると心臓の横にある魔力核に、ある魔法陣を刻むのよ…」
「うぇ〜なんだか怖いなぁ♪」
「そうですね。失敗する可能もあると聞きます。だけど、それが成功すれば、まず魔力量が跳ね上がりますし、魔力を細かく操作する必要が要らなくなります。そして、鍛錬を重ねれば、彼のように予備動作なしに魔法やスキルを発動できるようになるのですわ。まぁ、理論的には…ですが。」
「ふわぁ〜すごいんだねぇ♪」
納得といったようにうなずくアレックスに笑みをこぼしながら、エレナは話し続ける。
「ランドール家はこの秘術を独自に編み出して、ノルデンで…いや、この世界で最恐の暗殺貴族に成り上がったのよ。その始まりは、初代当主であるアルバーン=ランドール。彼は医術にも魔術にも長けていたそうで、長い研究の末にこの秘術を創り出したと聞いているわ。」
「そして、それを今受け継いだのがあなたの兄…というわけですわね。」
エレナはコクリとうなずいた。
目の前に立つ男…実の兄にして歴代最強の『フェーデ』と呼ばれる男を睨みつける。
一方で、アルスはエレナたちの話が終わるのを余裕の表情を浮かべて待っていたが、俺が終わったことに気づいて口を開いた。
「終わったようだね。そろそろおしゃべりも無しにしようか。時間には限りがあるからね。」
「それは兄さんの都合でしょ。」
「そうだよ。でもさ、世の中は力の強い者の都合で動いてるんだよ。それはお前も知ってるだろう?エレナ…」
アルスそう告げてゆらりと体を揺らすと、腰元の鈴だけがチリンと小さく音を立てる。
ゆっくりと、小刻みに、チリン…チリン…
それを見たエレナが、フレデリカとアレックスへ警戒するように指示を出した。
が…
次の瞬間、盾士の役割を果たそうとジリジリと前に出ていたアレックスが倒れ込んだ。
エレナが気づいた時には、すでに元いた場所にアルスの姿はない。
(やっぱり…!以前にも増して強くなってる…!)
今度はフレデリカの方でうめき声が聞こえた。
そちら視線を向ければ、近づかれたことに辛うじて気づいてカウンターを放つも、アルスにそれをかわされて逆にボディに右拳を撃ち込まれたフレデリカの姿がある。
「君は…エレナより強いね。最初からワクワクしてたのは君のせいか。」
「そ…それは…光栄です…わ!」
「おっと!」
気絶しそうな痛みを堪え、フレデリカは左膝をアルスに撃ち込んだが、彼は難なくそれを受け止めて、逆に右膝でフレデリカのあごを撃ち抜いた。
一瞬で意識を失い、膝から崩れ落ちるフレデリカの桃色の髪を掴み上げ、クツクツと笑うアルス。
「まぁ、こんなもんだな。さぁて、エレナ。どうするかい?意識あるまま僕と帰るか…それとも気づいた時にはお家のベッド…どちらでも好きな方を選ばせてあげよう。」
しかし、エレナは目の前の光景と絶望的な力の差に屈することなく、アルスに向かってこう告げたのだ。
「お生憎様だけど、あたしは簡単には終わらないわ。」
「はぁ…やっぱりその強情さは治らないか…。人質を取るのも僕の流儀に反するし…だけど仕方ないよなぁ。お前が意地を張るから僕もたくさんの手段を使わなくちゃなくなる。」
大きくため息をついてぶつぶつとつぶやくアルスだが、彼の中での結論はすでに出ているようだ。
フレデリカの髪を掴んだまま、自分の横に引っ張り上げてナイフを彼女の首筋へと近づけた。
「さぁ、彼女の命と引き換えだよ。僕が嘘をつかないことくらい知ってるね、エレナ。」
「くっ…!」
仲間を人質に取られ、悔しげな表情を浮かべるエレナと、それを見て満足げに笑うアルス。
少しの沈黙が訪れた。
しかし、すぐにアルスがエレナへと催促する。
「考える必要なんてないだろ?この娘、死んじゃうんだよ?」
だが、そう言って気を失って脱力しているフレデリカを見たアルスの目にあるものが映った。
(ん…?首筋に…魔法陣…いや、これは召喚陣かな?)
そこまで考えた瞬間に、アルスはひとつの可能性に気づいた。
エレナがいなくなった日。
まるでその場から瞬時に消えてしまったかのように姿を消したエレナのことを…
(もしかして…まさかだけど。)
再びエレナへと視線を戻し、アルスは問いかける。
「エレナ…お前今、誰かに"仕えてる"かい?」
「なんのこと…?」
平然を装ったつもりだろうが、アルスにはエレナが嘘をついていることがすぐにわかった。
そして、フレデリカの髪を離すとエレナに対して核心的に問いかける。
「お前…もしかして誰かに召喚されたのか?」
「……」
エレナは答えないが、アルスはすでに経緯を理解したように勝手に一人でつぶやき始めた。
「チッ…奴らも余計な事をしてくれる。…いや、ある意味面白いか。だけどなぁ…それじゃ連れ帰っても意味がない。どうするかなぁ…」
突然、考える素振りを見せるアルスは一見隙だらけにも思えるが、エレナはここで仕掛けてはいけないと自分に言い聞かせていた。
ここで飛び込めば相手の思う壺…拘束されて好き勝手されてしまう。だから、チャンスを…チャンスが来るはず…
訪れるかもわからない機を待ち続けるエレナ。
しかし、アルスはポンっと手を叩くと思いついたように笑みを浮かべた。
「よし!お前の召喚主を殺そう!!」
その瞬間、エレナの顔には今まで見せたことがないほどの驚愕の色が浮かんでいた。
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