27話 向けられた凶刃


「ちょ…兄さん!それはどういう…」



驚き、狼狽するエレナに対して、エレナの兄アルスはクスリと笑う。



「どういう意味かって?言葉の通りさ。お前を召喚した奴を殺して、お前を連れて帰るのさ。さて、話は終わり…さっさと済ませることにするよ。」



アルスはそういうと姿を消した。



(まずいまずいまずい…!!なんで…なんで兄さんがBOSSを…?え!召喚…?)



エレナは兄の発言に混乱していた。

どうしていいのかわからずにその場でじっと立ちすくんでいると、目を覚ましていたフレデリカが力を振り絞ってエレナを一括する。



「エ…エレナ…!!BOSSを…守るのですわ!!」



その声にハッとして、エレナはフレデリカとアレックスの方を見た。


フレデリカも、彼女同様になんとか体を起こしたアレックスも、エレナを見てうなずいている。


その瞬間、エレナは一直線にイノチがいる宿を目指し始めた。


林の中を今出せる全力で駆け抜けていく。



(BOSSがやられたらあたしたちも死ぬ…あたしだけがやられるならまだしも…それだけは絶対回避しないと…!!)





「エレナたち、遅いよなぁ。」



客室で寝転がりながらそう告げるイノチ。

セイドは「そうだなぁ。」と小さくつぶやき、窓際で眺めていた夜景へと再び目を向けた。


夜もだいぶ更けてきて、街に見える人通りも少なくなってきている。


ポツリ…ポツリと通り過ぎていく人々の流れと、等間隔で並ぶ街灯の灯りが深い夜の訪れを迎える準備をしているようだった。


ボーッとそれを眺めていたセイドは、少ない人通りの中に一つだけ動きのおかしな人影を見つける。



「ん?」



目を凝らしてみれば、それは建物の影に隠れてこちらを窺っているようだが…



(監視…?いや、わざと気づかせたようにも…)



そう考えていると、その人影がスッと姿を消した。

疑問に思いつつ、セイドがそれをイノチに知らせようと窓に背を向けたその時だった。



ガシャーンという大きな音が部屋の中に散らばった。



「な…なんだ!?」



イノチが驚く中、セイドはすぐに窓ガラスが割られたのだと気づき、反射的に振り返る。


しかし、その瞬間に腹部は鈍痛を感じたと思えば、今度は後方に引っ張られるように吹き飛ばされた。


音を立てて襖の奥へと突っ込むセイドを驚いた顔で見ていたイノチは、ふと窓際に気配を感じて振り向いた。



「君が…召喚士みたいだな。」



そこにはエレナと同じ茶色の髪を携えた一人の男が立っていて、小さく笑みをこぼしている。


その見た目に反して、強烈な殺気を自分に向けながら…



「お前は…何者だ…?」



声を震わせながらも、イノチはなんとかお腹から絞り出した言葉を投げかける。


それほどまでに目の前の男から発せられる殺気の鋭さに、体が…本能が震えていた。


それに対して男はニヤリと笑う。



「僕はエレナの兄、アルスって言います。はじめまして…妹のエレナがいつも世話になってます。」


「エ…エレナの…お兄…さん?」



再び予想していなかった言葉に、口を開けたまま驚くイノチを見て、男はフフフッと笑みをこぼした。



「突然、こんな現れ方をして申し訳ないね。そっちの彼もいきなり殴ってごめんよ。」



謝っているつもりなのか、まったく悪びれない素振りでそう告げるアルス。


イノチは静かにハンドコントローラーを起動して、万が一に備えるが、それを見たアルスは少し興味が向いたのか、ハンドコントローラーを物珍しげに見ながら口を開いた。



「なんだいそれは…とても面白そうな…それが君の得物なのかい?どうやって戦うのか興味が出るな。」


「それを答える義理はないと思うけど…」


「でも、僕はエレナの兄だよ?話しても問題ないと思うけど…仲間の血縁者なんだから、僕も仲間ってことでいいじゃない。」


「仮にそれが事実だとして…それをどう証明するんだ?そもそも、妹の仲間に蹴り入れておいて、仲良くしてくださいとはならないと思うが…」



イノチの指摘にアルスは腕を組んで考える素振りを見せる。

そして、ポンっと手を叩いて閃いたように笑った。



「確かにそうだな。ちょっと無理があったか…フフフ。」


「……」



笑うアルスを前に、イノチは一歩も動くことができずにいた。


ヘラヘラしているが、目の前の男が向けてくる殺気は途切れることなく、まるで体をその場に縫い付けられたかのように感じられる。


すると、冷や汗を流すことしかできないイノチの横で、ガサガサと音を立てながらセイドが起き上がってきた。



「す…すまねぇな…イノチ。油断したぜ…」


「大丈夫か…?」


「あぁ…だが、けっこういいもん貰っちまった…」



兜の中から聞こえる息遣いから、セイドがどれだけダメージが受けているかが予想できる。



ーーーたった一撃で…?



その事にも、イノチは内心驚いていた。


セイドはけっこう強いプレイヤーだと思っている。

クラン『創血の牙』に所属していたプレイヤーの中でも5本の指に入ると聞いていたし、その中でも今のエレナたちと互角に渡り合える方に分類される。


ランクだって低くないし、装備のレアリティも高いはず…

なのに、そんな彼がたった一撃で…


不意をつかれたとしても、考えにくい事実にイノチは驚きを隠せなかった。



なおも目の前でヘラヘラと笑う男。



(アルス…とか言ったか。エレナやフレデリカだってプレイヤーを圧倒できるからな。本当に兄貴なのかはわからないけど、セイドにこれだけダメージを与えられるということは、彼は俺より強いプレイヤーがガチャ魔法で召喚したキャラクターだと考えるのが妥当か…)



なんとか冷静に分析しつつ、この場をどう切り抜けるか考えているイノチだが、どうやらアルスはそれに気づいて口を開いた。



「さてさて…何か考えているようだけど、僕もあまり時間がないんだよね。だから、さっさと終わらすね。」


「終わらす…?いったい何を…」



イノチがそう尋ねた瞬間、アルスの姿が目の前から消える。

キョロキョロとその姿を見つけようとするイノチだが…



「さようなら…召喚士くん。」



突然、背後から冷たくて暗い小さな声が聞こえ、振り向こうとしたイノチの瞳の中にあるものが映し出される。


自分に向けられたナイフの透き通った輝きが…

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