25話 あたしの価値


「ほら…お前の得物だ。」



男はそう言って足元の『ドラゴンキラー』を蹴り、エレナへ使うように促した。


自分の足元へ滑り込んできたダガーを無言で拾い上げ、懐からポーションを取り出して一気に飲み干すエレナ。


その様子を男は珍しげに眺めている。



「へぇ…ポーションなんて希少なアイテム、どこで手に入れたんだい?」



そんな男の言葉を無視して、エレナは空になったポーションの瓶を投げ捨てると、フレデリカたちへと声をかけた。



「フレデリカ、アレックス!気をつけて!こいつはめちゃくちゃ強いから!」


「おいおい、エレナ。お兄ちゃんをこいつ呼ばわりかい…寂しいなぁ。」



泣き真似をする男。

そんな彼から視線を逸らすことなく、フレデリカがエレナへと問いかける。



「詳しい話は後で聞きます。だけどひとつだけ…彼はあなたの兄…という事で間違いないのですわね?」



その問いにエレナは少し考えるような素振りを見せたが、ゆっくりと口を開いて答えた。



「…そうよ。こいつはアルス=フェーデ=ランドール…あたしの…実の兄よ。」


「フェーデ…」



フレデリカがその言葉に反応を示す横で、今度はアレックスが浮かべた疑問をエレナへと投げかける。



「なんでお兄ちゃんが攻撃してくるの♪」


「簡単なことよ。勝手にいなくなったあたしを連れ戻しにきたの。」


「そうなんだぁ♪エレナさん、家出中だったんだね♪」


「ま…まぁ、そんなところね…」



アレックスの言葉にエレナが苦笑いを浮かべていると、フレデリカが再び問いかけてきた。



「エレナ…あなたの家というのは…彼の名にある『フェーデ』とはまさか…」


「さすが博識フレデリカね。そうよ…『フェーデ』はノルデンの言葉で『血讐』。そして、これを名に冠する一族はこの世界にたった一つ…ノルデンのランドール家なの。」


「それがあなたの一族…というわけですわね。」


「エレナさん…お嬢さまだったんだね♪」



エレナは静かにうなずいた。



「あたしの家は…表向きはごく普通の男爵家だけど、ノルデン王家や公爵たちから依頼を受けて暗殺を遂行する…昔から人殺しを生業としてきた暗殺貴族よ。そして、その依頼を遂行するのは代々『フェーデ』を引き継いだ者のみ。ランドール家で選ばれた者のみが受け継ぐ称号が『フェーデ』というわけ…」


「では、やはりあの男が…」



フレデリカとエレナが改めて視線を向ければ、それに気づいたエレナの兄であるアルスが楽しげに手を振ってくる。


その姿に舌を打つエレナ。



「そう。あの男…アルスは父から『フェーデ』を受け継いだ者。ランドール家の次期当主となる男なの。」


「彼が…『フェーデ』の名は他国でも知られていますが、ある意味伝説的な存在ですからね。本当に存在していたとはわたくしも驚きましたわ。しかも、あなたがその一族だったなんて…」



フレデリカは少し感心したように告げたが、エレナは嫌そうに答える。



「あたしにとって、ランドール家なんてもうどうでもいいのよ。そもそも一族にとってあたしは無価値…不要な存在だったはずなのに、突然帰ろうだなんて…いったいどういう風の吹き回しなのかしらね。」



そこまで話し終えたところで、アルスがタイミングよく口を開いた。



「お前に利用価値ができた…それだけのことだよ。」


「いったいどんなことにお使いいただけるのかしら?」


「フフフ…それは帰ればわかるさ。さて、そろそろいいかな?夜も更けてきたし…さっさと終わらせるとしようか。」



アルスの言葉にエレナたち三人は再び戦う姿勢を取る。

それを確認したアルスは組んでいた腕を解き、ニヤリと笑みをこぼした。





北欧ノルデン…


一年を通して比較的暖かく、冬でも温暖な気候であるこの国には、古代より王家に仕える一族がある。


その名はランドール家、ノルデン国の男爵家である。


男爵は貴族の中では下から数える方が早い身分ではあり、ランドール家の領地はさほど広くはないが、そこには多くの領民が生活している。


領内での商業や農業は活発に行われていて、彼らランドール家は領民から得る税で暮らしているのだ。


そんな彼らについて、知らない者が見れば普通のごく普通の男爵家にしか見えないだろう。


だが…彼らには秘密があった。

そして、その秘密を隠すために男爵という低い身分は都合がよかっただけなのである。


その秘密とは彼らが"暗殺を生業とする一族"であるということだ。


ランドール家は、主に国の不利益となる要素を排除する目的で"暗殺"という手段を使う。


しかし、その依頼主は国だけに留まらず、自国の公爵家から他国の貴族など、さまざまな範囲に及んでいる。


彼らは国に仕える一族ではあるが、あくまでも"暗殺者"であり、正義ではない。国は依頼を無理強いしない代わりに、ランドール家も国に忠義を尽くし行動する。


古代より、そうやって互いに支え合ってきたのである。



「アルスよ…お前には『フェーデ』の名を継ぐことを許す。」



厳格さの中に冷酷さを窺わせる一人の男がそう告げた。


彼は『クリス=フェーデ=ランドール』。

現在のランドール家の当主であり、目の前の青年アルスとその妹エレナの父親でもある男だ。


彼は目の前で跪き、頭を下げている青年に目を落とす。

そして、両手に握る剣をアルスの背に置き、信仰する神と国の名を告げると、その剣を再び鞘へと収めた。



「これで晴れてお前は『フェーデ』となった。アルスよ、お前は歴代の『フェーデ』の中で最高傑作と言える。その名に恥じぬ行いを…」


「ありがたきお言葉…このアルス、ランドールの名にかけて、『フェーデ』に恥じぬよう精進してまいります。」



その言葉に満足げにうなずいたクリスは、アルスの後ろに立つ自分の娘に視線を向ける。


そして、何も告げることなく、その場を後にした。





「父さん…お呼びでしょうか。」



とある書斎のドアを開け、アルスが中へと入る。



「来たか…」



父、クリスは手を止めて顔を上げた。

自分のデスクの前まで歩いてくるアルスを見ながら、葉巻に火をつけてゆっくりと煙をふかす。



「実はな…お前に初めての依頼を任せようと思う。」



その言葉に平然を装うアルスだが、その瞳の奥は小さな炎が燻っており、『フェーデ』としての誇りが窺えた。


クリスは依頼の内容をアルスへ細かに伝え、アルスがそれを一つ一つ確認していく。


対象に関すること、住む場所、生活範囲、周囲の関係性、経緯、その他の状況など、依頼主からもらった資料に目を通しながら、アルスはどう暗殺するのかを瞬時に考えていた。


そして、持っていた資料をデスクの上に置いてクリスへ告げる。



「わかりました。明朝、出発します。」



アルスのその言葉に、クリスは満足げにうなずいて再び葉巻をふかした。

その煙の行く末を追うアルスは、ふと思い出したようにクリスへと問いかける。



「父さん、エレナのことだけど…」


「エレナ?あいつがどうしたのだ。」



機嫌の良かったクリスは、なんとも分かりやすくその顔を曇らせた。


だが、アルスは怯むことなく言葉を綴る。



「鍛錬をやめさせたのはなぜです?」



その言葉を聞いたクリスは大きくため息をついた。



「理由など、お前にだってわかるだろう…あの子には素質がない。」


「そうでしょうか…」


「戦闘…その意味でエレナは強い。身体能力も胆力も問題ない。それは私もお前と同じ意見だよ。しかし、"暗殺"となると話は別だ。お前のように冷静に…心を律することがあの子にはできんのだ。」



クリスはエレナには興味がなさそうな様子で、葉巻の煙を口の中で転がしながら薫りを楽しんでいる。



「しかし、エレナは父さんに認められようと必死に頑張っていますよ。確かに女性が『フェーデ』を継ぐことはしきたりによってできないけど…彼女はそれを理解した上で、鍛錬も真面目にこなしていました。」


「そうかもしれんな…だがな、敢えて言おう。私はエレナに興味がない。」



クリスはそう吐き捨てるように告げた。

アルスも表情を変えずにそれを聞いており、クリスはなおも話を続ける。



「アルス、お前には次期当主として一つ、理解しておくべきことを教えておこう。ランドール家には女は要らん。血筋を絶やさぬよう妻として迎え入れることは仕方がないが、我がランドール家の子に女は不要なのだ。女は感情が豊かだが、その反面、感情に行動を左右されやすい。暗殺には向かんのだよ。故に私はエレナに興味はない。」



クリスはそれ以上話すことはないと言うように、再び葉巻をふかし始め、アルスもそれに対して何も答えなかった。


しかし、その発言を別のところで聞いていた者がいる。


クリスの書斎の前で、ドアを背にエレナは静かにうつむき一人涙を流していた。

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