24話 エレナの兄


「に…兄さん…」



目の前の男を見て、エレナは動揺が止まらなかった。

手が震えているのが自分でもわかる。



(何でここに…今は長期の仕事を請け負ってたはず…)



そんなエレナに男は笑いかけてこう告げた。



「エレナ…僕は嬉しいよ。君がそこまで強く成長していたなんて…居なくなった時はとっても悲しかったけど、ちゃんと鍛錬は積んでいたんだね。」


「兄さん…なんでここにいるのよ。」



エレナの問いに男は再びニコリと笑う。



「仕事もひと段落してね。父上からもやっと君を探しに行くための許可をいただくことができたのさ。」


「父上が…私を探す…許可?あり得ないわ。」


「…何でそう思うんだい?」


「だって…!!」



エレナはそう叫んで口をつぐんだ。

男から顔を背け、悔しそうに歯を食いしばっているが弱々しく口を開く。



「あの男が…私のことを考えるはず…ないからよ。」


「そんなことないさぁ。エレナがいなくなって、一番動揺していたのは父上だったんだよ?」


「うそよ!!」



エレナは男の言葉を否定するように声を荒げた。

しかし、男はそんなことには構うことなく顔に笑顔を浮かべたままだ。



「まぁまぁ、そう興奮しないでよ。すぐ熱くなるのがお前の悪いところだよ…ね、エレナ。」



肩をすくめて両手をあげ、やれやれとため息をつく男。

エレナは自分を落ち着かせるように小さく息を吐くと、自分の兄へと問いかけた。



「兄さん…あたしを探しに来たって言ったわよね。」


「うん、そうだよ。」


「私はこうして見つかったけど…次はどうするわけ?」


「どうする?…あぁ、確かに父上には探す許可だけもらってきたからなぁ。確かに、この後は…どうするんだ?」



自分で探しに来ておいて、男は何かを考えるようにあごに手を置いて思案し始める。


一方で、フレデリカは二人の会話を聞きながら、ジッと男の様子をうかがっていた。



(エレナの兄…彼はエレナを探していた?しかし、何ですの…この男は…力の底がまったく見えませんですわ。)



エレナの兄だという男。

エレナ本人の様子と言動から、それは間違いないのだろう。


だが、エレナの怯えようと、この男から感じられる異質な何か…



(本当に二人は兄弟なのです…?完全に気配が別物…異質過ぎる…)



視線の先にいる男を見て、フレデリカはそこに不安を感じていたのだ。


しかし、膠着していた時間も終わりを告げる。

何やら考えていた男は、突然手をポンと叩いて閃いたように口を開いた。



「そうだな。こういうのはどうかな?エレナ、うちへ帰ろう。」



男は優しい笑みを浮かべて、そう言いながらエレナに手を差し伸べる。



「帰ってまた、一緒に強さを極めよう!」



一歩、前に足を運んでそう告げる男に対して、エレナは握りしめていたダガーを前に構えてそれを拒んだ。



「そんな上っ面だけ言葉…聞きたくないわ!どうせ父上は、兄さんの好きにしろとかくらいにしか言わなかったんでしょ!あたしは帰らない!あたしの居場所はここなの!!あんな家…絶対帰らないわ!!」



そう叫ぶエレナに、男は頬をポリポリとあきれ顔を浮かべる


そして…



「仕方ないな…なら、ここで殺しちゃおうかな。」


「…くっ!」



突然、舌を出して不敵な笑みを向けてくる男からは、先ほどの雰囲気からは考えられないおぞましい殺気が放たれている。


エレナもフレデリカもアレックスも、いっそう警戒心を高めて彼の動きに注意を払っている。


しかし、エレナの兄はその殺気をすぐに収めると、笑いながらこう告げたのだ。



「ハハハハ…冗談だよ。大切な妹を殺したりしないよ…だけどさ、エレナ…」


「……」



ダガーを構え、無言で睨みつけてくる妹のことなどお構いなく、男は腰の鈴をチリンと鳴らしながら話を続ける。



「ひとつ確認があるんだけど…お前、その武器はお前のかい?それは『ドラゴンキラー』だよね。なんでお前がそんな伝説級の武器なんか持っているんだ。いったい、どこで手に入れたんだい?」


「…それにあたしが答えると思うの?」


「思っちゃいないよ。でも、それは聞くのが話の筋だろ?そして、そうやって相手の気をそらした時は、すでに先手を打っておくのも定石だ。」



その瞬間、エレナは真後ろに鈴の音を聞く… いつの間にか背後に移動していた兄の腰につけられた鈴の音を…


感じた気配に反射的に回し蹴りを放つエレナだったが、その足は空を切った。


その視線の先には、体を低くかがめた兄の姿を捉えている。



「そういうところはまるで成長していないね。激情で仕掛けるなと…お前の攻撃は単調すぎるんだ。何度言ったらわかるのか。」



男はそのままエレナの軸足を軽く払い、体勢を崩したエレナの両手を掴み上げると、膝裏を蹴って拘束する。


ここまでたった数秒の出来事だったが、フレデリカもアレックスもまったく動くことはできなかった。


手を捻られて、うめき声と共に両手のダガーを落とすエレナ。



「強くなったと言っても…まだまだこの程度。どうする?答える気になったかな?」



そう問われていても、必死に抵抗し逃れようとするエレナを見て男はため息をつく。



「はぁ…頑固なところも変わってない。まぁいいや…連れ帰って吐かせるとするか。」


「そうはさせませんわ!!」



フレデリカが男の意表をついて、真後ろから飛びかかった。

アレックスも盾を構えたまま真上に飛び上がり、二方向からエレナの援護に回る。


しかし…



「君たちもなかなか強いね…だけど、まだまだ粗いなぁ。」



フレデリカの拳が男の背中へ向けて放たれる。

しかし、「獲った」と思った瞬間、フレデリカは自分が体勢を崩されていたことに気づく。


男はいつの間にか半身になり、フレデリカの足を払っていたのだ。


その様子を空中から見ていたアレックスは、男を押し潰そうと盾に力を込める。



(このタイミングなら、これは避けれないよねぇ♪)



半身になった動作の直後…次への予備動作のために生まれる隙を狙ったタイミングだ。


しかし、そう思っていたのも束の間、突然目の前にフレデリカの体が吹き飛ばされてきた。



「う…うわぁっ!」



とっさにスキルを解除して、フレデリカを盾で受け止めたアレックス。


だが、空中では踏ん張ることもできず、そのまま数メートルほど吹き飛ばされてしまった。



「フレデリカさん…大丈夫♪?」


「えぇ…あの男、予備動作なしにあの体勢から私を蹴り上げてきやがりましたですわ。しかも、エレナを拘束したまま…」



フレデリカが脇腹を押さえながら立ち上がる。

視線を向けた先には、片方の足を高々と上げたまま立っている男の姿があった。



「さぁ、エレナ…帰ろう。」



男はゆっくり足を下ろしながら、エレナへ話しかける。

しかし、痛みを我慢しながらもエレナはそれを拒んだ。



「い…いやよ!あたしは…絶対帰らない…!!」


「強情だなぁ…でもさ、今のお前じゃ僕からは逃れられないのはわかってるだろ?この状況でどうするのさ。」


「グッ…どうもこうも…ないわ!兄さんを倒して……あたしはあたしの居場所に帰るのよ!うわぁぁぁぁ!!」



エレナはそう叫んだ瞬間、拘束されていた手首を思い切りひねり込んだ。


手首の関節が外れる鈍い音がする。



「なっ!?」



さすがの男もエレナの行動は予想をしていなかったようだ。

男の表情に驚きが滲んだ瞬間、エレナは隙をついて拘束から抜け出すと前転して距離を取る。


そして、すぐさま外した両手首の関節を嵌め直した。



「グッ…!」



痛みに顔を歪ませながら震える手を前に構えるエレナに対して、男は少し唖然とした様子だ。


だが、すぐに笑い声を上げ始めた。



「ハハハハ…まさか、お前にそこまでの胆力があったとは…いや、僕の目を離れている間にそれを持つまでに至ったということか…なんだか嫉妬しちゃうね。」



そう額に手を当てて笑う男を、エレナもフレデリカもアレックスも睨みつけている。


男は少しの間笑い続け、満足したのかすっと表情を戻した。そして、腰に携えていた一本のダガーを抜いて、三人にこう告げたのだ。



「ちょっと興味が湧いたよ。もう少し見極めてみよう。」

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