33話 これはゲームだ!
イノチは目の前の光景に、足がすくんでいた。
エレナやフレデリカでさえ、何度も何度も吹き飛ばされてしまうほど、驚異的な力を持つリュカオーン。
自分はそいつの懐に飛び込もうとしているのだから。
エレナたちが吹き飛ばされ、壁に激突する度に感じる地響きや砂ほこりの匂いが、臨場感をより一層高めていく。
「いくらゲームとは言えさ…こんなの怖いに決まってんじゃん…!」
震える膝を何度も叩いてみるが、彼らは止まってはくれない。
さっきから何度も決意して動かそうとした足は、震えるだけで前に進まないのだ。
エレナとフレデリカには、少しずつ疲れが見え始めている。本来ならポーションを渡して回復させたいところであるが、そのタイミングは現時点で皆無でなのだ。
肩で息をする二人を見て、イノチは両手で頬を叩くと気合を入れ直した。
「よっしゃ!これはゲームだ!ビビってたら楽しめないぜ、勝屋イノチ!!」
その通り、自分がやらなければこの状況を打破できないのは紛れもない事実なのだ。
イノチはエレナたちの攻撃とリュカオーンの動きをジッと見つめながら、静かに足を前に踏み出した。
その視線の先では、エレナが大声を上げて、でっかい岩をリュカオーンへと投げ下ろしていた。
「…やっぱりエレナは怒らせたらいかんな…」
そんなことをつぶやきつつ、リュカオーンの顔の周りに石つぶてが舞い散り、視界をふさいだことをイノチは好機と捉えた。
「いっ…いまだ!!」
駆け出したイノチの視界には、砂ほこりにまみれながらもエレナの斬撃を不自然に受け流し、右足でエレナを叩き落とすリュカオーンが映っている。
(気づくなよぉ…ハァハァ…絶対気づくなよぉ…いっ…!!)
一瞬、こちらに振り返りそうになるリュカオーンに気づいて、イノチは足を止めそうになるが…
「ぺちゃくちゃとうるさいですわ!」
すでに上空に飛んでいたフレデリカが、炎の魔法をリュカオーンに向けて放った。
ゴォォォォォッと一直線に放たれたそれは、リュカオーンの顔に直撃する。
イノチの方へ向きかけていたリュカオーンの顔が、フレデリカの方へと戻っていった。
(…ほっ…助かった!フレデリカ、マジでナイスなムーブだぜ…!)
額に伝う冷汗を拭いつつ、イノチはリュカオーンの腹の下へと滑り込んだ。
「ここからは、ほとんど賭けみたいなもんだな…」
イノチは自分の右手を見ながらそうつぶやくと、目を閉じて右手に魔力を流し込むイメージを浮かべた。
その魔力に反応して、右手に装備した『ハンドコントローラー』が姿を現す。
「使い方はわからないままだけど…ゴブリンの時…それと蟲の時のことをよく思い出すんだ…」
イノチはその時のことを頭の中に浮かべてみる。どちらも必死だったから、考えてやった結果じゃないことは確かだ。
しかし…
(ゴブリンの時は倒したい一心で…そしたら『ハンドコントローラー』が起動したんだったな…蟲の時は…もうダメだと思ったら…そしたらあの時も『ハンドコントローラー』が起動した…)
その時のキーボードを打つような動作。
そして、エンターキーで何かを確定するような手の動き…
イノチはダメ元で、頭の中でリュカオーンのことを思い浮かべると、右手に装備した『ハンドコントローラー』で、リュカオーンの左後ろ脚にこっそりと触れた。
すると驚くべきことに、パソコンの画面のようなものとキーボードが目の前に現れたのだ。
「こっ…これは…パソコンの画面か…?よく見てみるとソースコードっぽいのが書かれてるけど、それとはちょっとちがうな…」
画面に触れてみると、スマホの画面のようにスクロールができるようだ。
〈!up world〉
〈Authority;code zeus〉
〈Special Athy code = ※※※※〉
〈exceed one's competence = "inochi"〉
・
・
〈name = Lykāōn〉
〈type ; darkness〉
〈skill / pattern A.B.C.D.E.F〉
・
画面には、コンピューターのソースコードのような文字列がずらっと並んでいる。
「ネーム…これは"リュカオーン"って読むのか?タイプはダ…ダークネスってことは闇属性ってことか…」
イノチは出来るだけ急いで、画面をスクロールしながら内容を確認していく。
すると、ある一部のコードに目が止まった。
・
・
〈status = shield/status abnormality all clear/…〉
・
「これだ!ステータス…シールド!それと…アッ…アブノーマル…?異常…あっ、状態異常のことか…オールクリアって事は…」
そこまでわかったところで、真上からリュカオーンの声が響いてきた。
《カハハハハ!そろそろスタミナ切れか…まぁ、お前らのタフさは認めてやろう!》
「…くっ…攻撃を受けすぎた…わね…」
「…そろそろ魔力も…限界ですわ…」
リュカオーンの下からは、膝に手を置いて肩で息をするエレナと、片膝をついたフレデリカが苦しそうな表情を浮かべている様子が見えた。
(やばい…!急がないと…って言ってもどうすれば…!)
あたふたとするイノチ。
とりあえず、キーボードの上でカタカタと指を動かしてみるが、何も反応を見せない。
「くそっ…!どうすりゃいいんだ!この前みたく…カタカタっと…どうやったら…」
イノチは頭をくしゃくしゃとかきむしる。
ゴブリンの時もエレナの時も、『ハンドコントローラー』が起動した後、対象の体に触れて動作していたのに…
(体に…触れて…そうか、もしかして!)
イノチは何かに気づくと、すぐに画面ではなくリュカオーンの脚自体に触れてみる。
すると、表示されている画面のコードを操作できることに気づいたのだ。
「やっぱり…こういう使い方かよ!めちゃくちゃ諸刃の剣じゃねぇか!!くそぉっ!!」
素早いブラインドタッチで、リュカオーンのステータスにある"シールド"と"状態異常無効"を書き換えていく。
「よし!とりあえず、時間がなかったからこれだけしかできなかったけど…これでどうにかなるはずだ!!エレナ!!フレデリカ!!」
その声を聞いて一番驚いたのはリュカオーンであった。
《きっ…貴様!?いつの間にそんなところに!?》
「フレデリカ!聞いた?BOSSがなんとかしてくれたみたいよ!!まだ動ける?」
「もちろんですわ!!BOSSのこと、信じてましたから、ちゃんと考えて戦ってましたのですわ!!」
「さすがね!いくわよぉぉぉ!!」
エレナの掛け声とともに、エレナは力を振り絞ってリュカオーンへと再び飛びかかった。
《ふん…何度やっても同じことだ!バカな奴らめ!!》
自分の顔の横を駆け抜けていくエレナに対して、攻撃を受けるはずはないと高を括っていたリュカオーンはその結果に驚いた。
ザシュッ!
「なっ…!?」
「フレデリカ!攻撃が通るわ!!」
「了解ですわ!!はぁぁぁぁ!!」
エレナに頬を切られ、一瞬動揺したリュカオーンの隙を狙い、今度はフレデリカが雷魔法をお見舞いする。
《ぐぁぁぁぁ!!…なぜだぁぁぁ!!なぜ御方にいただいたこの力が、こんなカスどもに破られるのだ!》
皮膚の焦げる臭いが周囲に充満していく中、リュカオーンは初めて受けた攻撃の苦痛に耐えながら、その元凶であろう存在を必死で探す。
そして、その真紅の双眸がイノチの姿を捉えた。
《小僧…貴様ぁ…俺に何を…何をしたぁぁぁぁぁぁ!!》
リュカオーンはそう咆哮した瞬間、周囲一帯には何本もの漆黒の雷が撃ち落とされたのであった。
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