30話 強襲


アクアドラゴンから依頼を受けたイノチたちは、対象のモンスターを討伐するため、マップに記されたエリアを目指していた。


イノチはというと、歩きながら携帯の画面を睨んでいる。


先ほどまでのアクアドラゴンとの会話を思い返してみるが、なんというか…報酬が法外すぎやしないだろうか。


もともとクエストをこなせば、『ダリア』を回収できるのは当たり前だ。

だってそういうクエストなんだから。


派生クエストが発生した時、プラスアルファで予想していたのは、今回付与される加護が一時的でなく、永続的になるとか、武器がもらえるくらいだったのだが…


まさかアクアドラゴンが仲間に加わるなどとは思っておらず、予想以上の報酬にイノチは驚きを隠せなかったのだ。



「おっ…俺たちと一緒に行くって…具体的には…」


《お主、意外にねちっこいタイプか?言葉のとおりだよ…お主らの仲間に加わるのだ。ただし、普段は召喚石の中で眠らせてもらうし、誰かに従属もせん。》


「なるほど…わかりやすくて助かります…」


《この条件ならば、我の願いを聞いてもらえるか?》



アクアドラゴンの問いかけに、イノチはもちろん首を縦に振ったのだが…



イノチはこのゲームを初めたばかりの初心者中の初心者である。


こんな高レベルクエストを簡単に受けられるものだろうか。


考えてみれば、ギルマスから直接依頼があったことにも疑問が湧いてくる。たとえ、彼の弟の命を救い、その後少しばかり交流があったと言えど…



「BOSS…難しい顔してどうしたの?」


「…ん?あぁ、さっきのこと思い出してたんだ。」


「あぁ、アクアドラゴンとの話のことね。あたし、BOSSを見直したわ!ドラゴンと対等に話してるんだもの!」


「そっ…そうかな…!」



嬉しそうに褒めてくれるエレナの笑顔を見て、イノチは少し恥ずかしそうに顔を赤くする。



「わたくしはその逆ですわ…BOSS…少しは相手のことを見極めてくださらないと…」



少し後ろでげんなりとするフレデリカが、小さくつぶやいた。どうやら、イノチの態度にだいぶ肝を冷やしていたようだ。



「ごめんごめん…!次からは気をつけるよ!」



フレデリカの方を見ながら、イノチが苦笑いをしていると、いつのまにか洞窟の様相が変わり始めたことに、三人は気づいた。


先ほどまでの狭い通路とは異なり、ドームほどの空間が広がっていて、遠くの方は暗闇が支配している。


マップに視線を戻せば、アクアドラゴンが教えてくれたポイントのすぐ近くまで自分たちのアイコンが来ていることに気づいた。



「この辺…だな…」


「それらしき痕跡はこの辺にはないわね。」


「獣型のモンスターならば、糞尿など何らかの形跡があってもよさそうですけれど…」



エレナはクンクンと鼻を動かし、フレデリカはしゃがみ込んで地面を調べている。



「アクアドラゴンもここで遭遇したとしか言ってなかったからな…ここに絶対いるとは限らないし…少し進んでみるか。」



そう言ってイノチが歩き出そうとしたその時だ。



暗闇で姿は見えないが、正面の方から遠吠えがこだましてきたのである。


その声はまるで、「気づいているぞ、ここは自分の縄張りだ、出て行け」とでも言っているように聞こえる。



「このフロアにいるわね…先に感知されていることからも、格上の相手ってことがわかるわ…」


「そうですわ…だけど犬っころのくせに、偉そうにもこちらに威嚇してくるとはいい度胸というもの…」


「二人ともなぁ…相手はドラゴンと同じくらい強いんだから、無茶はしないでくれよなぁ…はい、これ飲んでおいて。」



強者を前に目をギラつかせる二人にぼやきながら、強化薬を5本ずつ渡していくイノチ。


ドラゴンにはあれだけ畏まっていたくせに、ここだと何故そんな自信が生まれてくるのか疑問でならない。


二人が飲み終えた強化薬のビンをアイテムボックスにしまいながら、エレナ、フレデリカの順に隊形を整えて、イノチはその後ろをついて行く。




少しずつ前進するたびに、遠吠えが近づいてくる。



「近いわ…二人とも警戒して。」


「おっ…おう!」

「はいですわ!」



前進していたエレナが、ダガーを構えながらその足を止めて、二人に警告する。


すると突然、目の前の暗闇から大きな狼が姿を現したのだ。



「なっ…!」



気配を感じ取ることができなかったことに驚きを隠せないエレナ。


それは無理もない。


目の前に現れたモンスターは、アクアドラゴン並みの巨躯にもかかわらず、足音ひとつ立てずに目の前に現れたのだから。


黒光りする毛並み。

真紅に染まる双眸。

口元から小さく見せる鋭いキバ。


三人より少し高い岩場に立つその姿は、どこか気品のようなものを感じずにはいられない。


本当にモンスターなのかと思うほど、凛とした佇まいなのである。



「いい度胸じゃない…奇襲もなく目の前に現れるなんて…完全に舐められてるわね。」


「ですわ…わたくしも今回は本気でいきますわ!」



二人が臨戦態勢に入ったと同時に、再び予想していない…いや、アクアドラゴンの時と同様のことが起きた。



《貴様ら…あのヘビ野郎の差し金だな?俺のことを倒しにきたか…》


「「「…!!!?」」」


《相変わらずムカつく野郎だ…で、お前ら…俺に喧嘩を売るでいいんだな?》



唸り声をあげ、あからさまに敵意を向けてくる目の前のモンスターが、自分たちにしゃべりかけてきたことに三人は驚きで言葉が出ない。



《…なんだ?俺が話しているのがそんなに珍しいか?ヘビ野郎とも話したんだろ?何をそんなに驚く?》


「あっ…あんたはいったい何なんだ?」



イノチがなんとか言葉を絞り出して問いかけると、モンスターはイラついたように唸り声を上げ始め、最後にこう告げた。



《俺か…?俺はリュカオーン…これから…神を…神喰らいを行うものだ!!》



そう言うと、リュカオーンと名乗った狼型のモンスターは、イノチたちに向かって大きな咆哮を向ける。


戦いのゴングを鳴らされたのだ。


衝撃波に耐えるイノチをよそに、エレナは高く跳躍し、モンスターにダガーでの攻撃を仕掛けた。


それに併せて、フレデリカも詠唱を始め、彼女の周りを白く光る円が囲い始める。


リュカオーンは飛びかかってきたエレナに対し、右の前足を繰り出す。


が、エレナは空中で体を捻り、リュカオーンの右前足の勢いを利用して、より高く跳躍する。



「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



そしてそのまま、2本のダガーでリュカオーンの顔に斬撃を浴びせる。


着地したエレナがその場から離れたことを確認すると、今度はフレデリカが魔法で追撃を行う。



「轟雷を操りし天の主よ、その力、一条の光となりて、彼の者に降り注がん!!ライトニングボルト!!!」



黄色く光る閃光がリュカオーンの体に直撃し、大きな爆発を起こした。


エレナはイノチの前に立ち、少し距離を取ってフレデリカと共にその様子を伺う。


しかし…



《その程度か…?》



晴れゆく煙の間から、リュカオーンの身体が徐々に姿を現していく。


真っ黒な毛皮には、特に怪我はなく、ダメージを受けた形跡は見当たらない。



「固ったい毛皮ね…!」


「確かに…雷も効かないみたいですわ…」



二人は悔しげにそうこぼした。


リュカオーンは、尻尾をふらふらと動かしており、まるで戦いを楽しんでいるかのように見える。


おそらく、まだ舐めプされている…


エレナとフレデリカはそう感じ取ったのか、青筋を立ててリュカオーンを見据えているようだ。



《今度は俺からだ…我が影よ、彼の者を惑わせん…イリュージョン。》



リュカオーンがそう唱えると、リュカオーンより体の大きさが一回りほど小さな影が3体現れる。



《貴様たちにはこいつらで十分だ…やれ。》



その言葉と同時に、その影たちはイノチたちにキバをむいて襲いかかってきたのである。

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