29話 派生からの予想外
「こいつは…"アクアドラゴン"ですわ!!」
フレデリカが叫ぶと、アクアドラゴンは威嚇するように大きな咆哮をあげる。
空気を揺らすほどの咆哮。
イノチは肌がビリビリと震えるのを感じ、背中に冷たいものが流れていく。
目の前にいるドラゴンと呼ばれた生き物。
水面と同じく透き通った光沢のある水色の肌には、鱗がびっしりと張りついておりその胴体は蛇のように長い。
顔は蛇というよりも竜に近いだろう。
長い髭がゆらゆらと空中を漂っており、少し開いた口元からは鋭いキバが伺える。
それは水面から顔を上げ、イノチたちを品定めするように睨みつけている。
イノチでもやばいとわかるフレデリカの口から聞こえた単語が、頭の中をグルグルと回っている。
"ドラゴン"
西洋でいう伝説上の生き物であり、それらは多くの伝説の中で『邪悪の象徴』『聖なる存在』『守り神』などと称されている。
多くの物語で姿を現し、大抵は強大な力を持つ存在として恐れられているその"ドラゴン"が、イノチたちの目の前に姿を現したのだ。
「もっ…もしかして、俺ら…地雷踏んでね?」
蛇に睨まれたカエルのように、尻餅をついたまま動けないイノチ。その前でイノチを守るように構えるエレナとフレデリカ。
アクアドラゴンは、その三人を静かに見下ろしている。
「フレデリカ…あんた、ドラゴニュートでしょ…仲間じゃないわけ…?」
「ドラゴニュートとドラゴンは…全く別の種族ですわ…彼らは神に近い存在…おいそれと交流できるわけではないですのよ!」
二人も目の前の強大な存在から目を話すことができぬまま、どう切り抜けるかを考えているようだ。
すると、思いもよらない展開が舞い込んできた。
《お主たちは…何者か?》
「あっ…あれ?話…話しかけられてる!」
頭に響くきれいな声色に、イノチは驚いた。
動揺し、身構える三人に対して、アクアドラゴンからコンタクトをかけてきたのである。
その思いもよらない状況に、三人は目を丸くする。
「フッ…フレデリカ…あんたが話しなさいよ!」
「そっ…そんな…わたくしじゃ役不足ですわ!!」
「ドラゴニュートでしょ!」
「だから、別種族と言ったでしょ!」
言い合う二人を見据えながら、アクアドラゴンが再び話しかけてくる。
《お主らのリーダーは誰だ?》
「「…え…と…」」
そう問われて、エレナとフレデリカは声を合わせてイノチに視線を向ける。
それを見て、必死に首を横に振るイノチであったが、アクアドラゴンはイノチに視線を向け、語りかけてきた。
《お主らは何者だ?何用でここに来たのだ?》
「おっ…俺たちは…商人ギルドの依頼で『ダリア』って鉱石を探しに来たんです…決してあなたに…きっ…危害を加える気は…」
イノチは生唾を飲み込んで、必死に今回の経緯を説明した。
アクアドラゴンはそれを静かに聞くと、ゆっくりと話しかけてくる。
《ふむ…冒険者…アキルドの依頼か…奴は息災であるのだな…》
どうやらアクアドラゴンは、アキルドのことを知っているようで、懐かしげな表情を浮かべている。
「アキルドさんを…ご存知で…?」
《まぁな…奴の一族とは昔から交流がある…それも数年前から途切れておるがな…》
「…どっ…どうしてですか?」
イノチの問いに、アクアドラゴンは少し考えるように目をつぶる。そして、その経緯について説明を始めたのだ。
《もともと、我は『アソカ・ルデラ山』の守神として、この山に住んでおる。しかし、数年前に見知らぬモンスターに襲われて、ある呪いを施されたのだ…》
「ドラゴンに…呪い…ですか…」
《…さよう。その呪いのせいで、ここから動けずにおる。》
アクアドラゴンの話はこうだった。
彼はこれまで『アソカ・ルデラ山』で自由に気ままに過ごしていた。しかし、数年前に突然現れた黒い狼のようなモンスターに襲われたのだと言う。
そのモンスターの力はかなり強く、撃退はできたものの、戦いの最中に呪印を受けてしまい、ここに閉じ込められていると言うわけだ。
ちなみに、今回アキルドの依頼である『ダリア』は、アクアドラゴンが時たま無意識に落とす涙の結晶のこと。
カルモウ一族とは直接は会うことはないが、供え物をもらい、『ダリア』を提供する間柄だと言う。
アキルドたちが今まで採集できていた『ダリア』が、ここ数年見つからなくなったのは、アクアドラゴンがここに閉じ込められていることが原因であったのだ。
「なるほど…しかし、そのモンスターは何なんなんだろう…ドラゴンに喧嘩を売るなんてさ…そいつも伝説級のモンスターなんだろうか…」
《我にもわからん…だが、この忌々しい呪印はたしかに強力だからな…我と同等以上の力を持っておると推測はできるな。》
「ドラゴンと同じくらいの力か…会いたくないもんだな…」
イノチが小さくため息をつくと、見計らったようにアクアドラゴンが口を開く。
《お主ら…強いな…》
「…え?」
《そこの茶髪と桜髪は特に…これなら或いは…》
「アッ…アクアドラゴンさん?何をおっしゃって…」
なんとなく…なんとなくだが、先ほどの話の流れから、イノチはずっと嫌な予感を感じていたのだ。
アキルドからの依頼。
考えてみれば、アクアドラゴンの話はその時に出てもいいはず…
しかし、内容は不明確なままに、ここにきてのアクアドラゴンとのエンカウント…
そして…新しいモンスターの情報…
(アクアドラゴンの…あの品定めするような眼…だめだ…すでにフラグが立ってる感ハンパない…)
そしてイノチの予想は的中する。
《お主らにひとつ…頼みたいことがあるのだが…》
はい、キタァーーーー!
派生クエスト、キタァーーーー!
そして絶対に討伐クエストォォォーーー!
イノチが心の中で叫び声をあげていると、話を聞いていたエレナが口を開く。
「要はその狼型のモンスターを倒して欲しいってことね!」
《娘よ…察しが良いな…》
こういう時だけ、妙に察しのいいエレナをジト目で見つつ、イノチは冷静に自分の考えをアクアドラゴンへと伝える。
「そもそもですけど…俺たちにそれを受けるメリットはあるんですか…?確かに『ダリア』は必要だけど、あなたと同等の強さを持つモンスターを、俺らが倒せるとは思わないんですが…」
《それについては安心しろ…我の加護を一時的にお主らに与えよう。それと報酬もちゃんと考えておるぞ。》
「それはなんですか?」
「BOSS…!御方がこうおっしゃるのですから、詮索し過ぎるのは…」
フレデリカは、アクアドラゴンに対して恐れおののいているようであった。
確かに"神に近い"と言っていたから、彼、アクアドラゴンは彼女にとって至高の存在なのだろう。
しかし、イノチにとっても重要な問題なのには変わりない。
突然の派生クエストで、内容がモンスターの討伐…しかもドラゴンからの特別な依頼だ。
おそらくだが、そのモンスターはユニーククラスのモンスターだろう。
それを考えれば、死ぬことさえあり得るのだから、簡単に受けれないし、見返りがなければ尚のことだ。
(まぁ普通に考えれば報酬は悪くないんだろうけどさ…)
心の中でそう思いつつも、毅然とした態度でアクアドラゴンへ再度確認する。
「いいや!ここはちゃんと確認しないとだめだ。こっちだって死ぬ可能性があるんだからな。ゲームとはいえ、よく考えてから行動しないと、あとで痛い目を見るぞ。」
「…しかしですわ…」
フレデリカは珍しくシュンっとなっている。それを見たイノチは少し可哀想に思いつつも、アクアドラゴンへと視線を戻した。
彼はイノチの眼を見て、ゆっくりと口を開く。
《お主のいうことはもっともだ…だから、ここにある『ダリア』は全てやるし、我が自由になったあかつきには、我の力をお主らに与えよう…一部でなく全てを…だ。》
「ちっ…力を与えるって…?」
《我はお主らとともに行こう。》
それは想像を遥かに上回る報酬であった。
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