4話 チュートリアルガチャ①
目を星マークのように輝かせて、イノチはアリエルの方をジッと見つめている。
その様子は、まるで『ワクワク』という言葉が頭の上に浮かんでいるかの如くである。
「…えぇと、ではチュートリアルガチャを引いていただきます。手を前にかざして"ガチャガチャ"と言ってみてください。」
「はい!!」
アリエルの言葉に少しの間も空けずに、イノチは今まで出したことがないほど素晴らしい返事をして袖をまくった。
その返事を彼の上司が聞いたら、泣いて喜ぶであろう。
イノチは右手を自分の前にかざして、一度大きく深呼吸をする。
そして、閉じていた目をゆっくり開くと、咳払いを一つして、その言葉を発した。
「ガチャガチャ!!」
すると、右手が白くまばゆい光を放ち出した。
そのまま流れに身を任せると、目の前に四角い画面のようなものが現れる。
「…おぉ、すげぇ…」
ゲームで表示されるステータスウィンドウのような、大きめの絵画くらいの画面。
一番上には"チュートリアルガチャ"というタイトルがあり、その下では排出されるキャラクターや装備のラインナップが定期的にスライドしていく。
画面の中ほどから下部にかけては、1連、5連、10連のアイコンが3つ表示されている。
それらを見上げながら感嘆の声をあげるイノチに対して、アリエルは渡した黄金石を使うように促した。
「先ほどお渡しした黄金石をつかってガチャを引いてください。使い方は単純で、回したい回数のアイコンをタップしていただくだけで、必要な黄金石が消費され、ガチャが始まります。ちなみに今回は10連が対象です。」
「了解です…ちなみになんですけど、チュートリアルガチャでは、どこまでのレアリティが出るんですか?」
めざとい奴だなと思いながら、アリエルは回答する。
「チュートリアルガチャでも、最大レアリティURまで出る仕様にしておりますよ。」
「マジかよ…」
イノチは体が震えるほどの喜びを感じていた。強烈で本能的な喜びが、まるで電気が走ったかのように身体中を駆け巡る。
ブルブルと武者振るいを感じながら、イノチはゆっくりと目を閉じた。
(今日は1体URを当ててしまっている…凡人ならば、今日はもう当たりはこないと思い、諦めているところだろう…が、しかし!)
イノチは右手を自分の目の前でグッと握る。
(今日の俺は神に愛されているはずなんだ…いける…絶対にいける!!来る予感がするんだ…根拠はないけど…URが俺を呼んでいる気がする!!!)
そこまで考えて、カッと目を見開くと、「行くぞ!」と気合を入れて、10連のアイコンを右の人差し指でタップした。
画面はいったん暗転し、再び明るくなる。
すると長い白髪とひげを携え、上半身は筋肉質の裸を見せつけ、下半身に真っ白な布を巻きつけた男が、担いでいた大きな砂時計を反転させる。
反転した砂時計がフォーカスされて、落ちていく砂の中から輝いた光の球が飛び出してくる。
(白、白、白…お!金色!…あとは白、白白……ん?演出が少し変わった!)
8個目に差しかかった時、先ほどの白髪白ひげの男性が姿を現し、砂時計を大きく振り始めたのだ。
(こっ…これはもしかして…!きたんじゃないか!?)
期待を寄せるイノチの視線の先で、シェイクされている砂時計が虹色に輝き始める。
その光はどんどん大きくなって、最後には画面いっぱいに広がっていった。
画面から飛び出すほどの輝きを、イノチは腕で防ぎつつ、目を凝らして画面から視線を逸らさないよう注視する。
輝きがゆっくりと収まっていくと、画面には虹色に光り輝く球が浮かんでいるのが見えた。
「これ絶対キタ!!俺の本能がそう言ってる!!!URゲットの予感だぁ!!!」
大はしゃぎするイノチの横で、アリエルが何度も画面を確認しながら、驚いた表情を浮かべている。
「あっ…あれ?あれれれ…!?」
アリエルは、何度か天を仰ぎながら画面を見て、持っている本を開けて何やら確認し直しているが、その事実は変わっていない。
イノチの方はというと、嬉しさでアリエルの事なんか1ミリも気にしていないようである。食いつくように画面を確認しては、小躍りをする始末である。
排出された球は全部で10個。
深呼吸をして、高揚する気持ちを落ち着かせ、イノチはその色をひとつずつチェックし、レアリティを予想する。
(…おそらくだけど、金色はSRかな。他のはおそらくRだとして…装備やアイテムも一緒に出るって言ってたからな…できればこの虹玉…!これだけはキャラであってくれよ!)
画面には『TOUCH NEXT』と表示が浮かんでいて、結果の確認を促しているようだ。
イノチは、手をすり合わせて乾きかけた唇をぺろりと舐め上げると、
「それじゃあ…結果発表といこうかね!」
そう言って画面には触れる。
◆
「おいおい…誰かガチャの排出率いじったのか!?」
「…いや!そもそも俺らにそんな権限ないだろ!…できるとすれば上の方たちだけだぜ!」
数人の男たちが、視界いっぱいに取り付けられた画面の中のひとつを見ながら、何やら言い合いをしている。
「チュートリアルでは、"R"までって言われてるのによぉ…どう報告すんだよ…これ!」
一人の男が、バンッと目の前のデスクを叩いた。
すると後ろから、とても澄んだきれいな女性の声が聞こえてきた。
「なにかありましたか?」
「あっ…上官殿…それが…」
男たちは焦ったように振り返り、目の前にいる女性に状況を報告する。
「じっ…実は今ログインした初心者のチュートリアルガチャで、なぜかR以上が排出されてしまいまして…」
「…ほう、それはそれは…」
声の主は特に焦る様子もなく、ひとつの画面に目を向ける。そして、ゆっくりと口を開いた。
「…安心なさい。この事は私から上に報告しておきましょう。あなた方は仕事に戻りなさいな。」
「はっ…申し訳ございません。よろしくお願いします。」
男たちはそれぞれの仕事に戻っていく。
それを見届けると、その女性は再びその画面に目を向けて、人知れずニヤリと笑みをこぼした。
「…フフフ、おもしろくなりそうね。」
その視線の先には、小躍りするイノチの姿が映し出されていた。
◆
イノチが触れると画面が暗転し、左下に『NOW LOADING』という表記が現れる。
「さてさてさてさて…期待してるよぉ〜頼むよぉ〜」
体をクネクネさせ、お尻をプリプリさせているイノチは、傍から見ればただのキモいオタクにしか見えないだろう。
未だに驚いた表情を浮かべるアリエルを尻目に、ウキウキしながら結果を待つ。
そうしているうちに、『NOW LOADING』の表示が消え、画面が切り替わた。
先ほどの白髪白ひげの男性が再び現れて、最初の白い球をひとつ持ち上げる。それをいきなり天高く投げ上げると、いきなりそれに雷を落とした。
画面の中の演出であるはずなのに、いっぱいに広がる閃光と爆発の衝撃が、体を通り抜けていく。
「…すげぇ…やっぱ、体感型というだけあるな…ガチャなのに、本物みたいだ。」
そう呟きながら、その結果を注視していると、ひとつ目の結果が表示される。
おそらく初期の装備品だろう。
『ロングソード(N)』と表示され、大きくNEWと表記されている。
「最初はこんなもんか…次いこう。」
そう言って、画面をタッチする。
すると再び、白髪白ひげの男性が現れて、同じ動きを始めた。
「…えっと…この演出はもういいや。」
イノチは画面の右下にある『スキップ』ボタンを連打し始めた。
「なっ…!!演出をスキップされるおつもりですか!?」
「だって…一回見たらもういいじゃん?それより結果が大事だよ…結果が!」
アリエルが驚きながら声をかけるが、イノチは大したことじゃないといった感じで、スキップを連打している。
その内、演出の途中で画面は暗転し、結果が表示された。
「『木の盾(N)』か…つぎつぎ!」
アリエルは、恐れ多いといった表情を浮かべながら、天を見上げた。
その後もイノチは演出をスキップしていくと、あるところでその手が止まった。
画面には白髪白ひげの男性が、金色の球を持ち上げ始めている。
「よし!まずは金色の球の結果を、じっくり拝ませてもらおうか!!」
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