第6話



 女は、永年の思いの丈を込めて、男に詫びた―――。



 ずっと謝りたかった……ほんとに……。あなたの気持ちをなんら考えず、ひどすぎる事をした……めちゃくちゃに傷つけてしまった………ごめんなさい――。

 今さら謝って許されることじゃないし、あなたにすれば謝られたくもないだろうと思う。記憶から、そして人生から消してしまいたいような女だと思う――。


 

 それでも――許されるはずも……なくても………。

 女は深く頭を下げ――――、心から詫びた―――――。


 どれぐらい、そうしていただろう。

 やがて顔を上げた女は、ある事に気付いた―――。



 男の腹部に黒い影がある。そのまま放っておくと命に関わることになる。自分のように――。



 女の魂は、思った。


 私はあの頃、あなたにたくさんのものをもらった。素敵なものばかりだった。好きでたまらない人に好きと言える事。手をつなぐぬくもりも、髪を撫でられて微笑んでもらえる安らぎも、触れ合って溶け合う悦びも―――。



 何もかも、あなたがくれたものだった。それを私は無慈悲に踏みにじり、かなぐり捨てた―――。

 

 だから、せめてもの償い、ささやかな贖罪として――


 女は男の腹の中に手を入れ、テニスボールほどの黒い影を抜き取った。

 

 これは、罪滅ぼしに私が持っていく――。




 あなたは、まだまだ死んではいけない。


 お父さんに早く会いたいなと指折り数えてる娘さんの想念が、この部屋にちゃんと届いてる。娘さんにとってあなたは、お金になんて代えられない大切な人だから。


 あなたを取り巻く未来の無数のピースも断片的に見える。


 そのなかに、やがて成長した娘さんの幸せを、涙をこらえながら祝福するあなたの姿が垣間見えるから――。そして娘さんやお孫さんと一緒に幸せな時間を過ごすあなたも見えるから―――二十年前、二人で町を駆け回っていた時のような屈託のない弾けるような笑顔で―――。



 

 だから生きて――――。

 




 ―――そろそろ最期に肉体に戻らなければいけない時がきたようだ。



 それを悟った女は、もう一度最期に男を見つめた。

 

 私の人生で私を一番愛してくれたのは、あなたでした―――。


 ほんとにありがとう―――。


 さよなら―――幸せに―――。





 そして男の部屋から、光の渦が消えた―――。








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