第4話


 愚かさと寂しさから逃れるために、さらに愚かな事に埋没した。コンパなどで知り合った好きでもない男とたやすく寝た。なんの慰めにもならないのに。むしろ、そうすればそうするほど大学生の彼が思い出されるのに――。


 

 戻りたい――日増しにその想いが高まっていった。どこかで彼がまだ受け入れてくれるんじゃないか……そんな空おそろしい期待を抱いていた。もしも冷静な第三者が聞いたなら、その果てどない身勝手さに、きっと開いた口が塞がらなかっただろう。

 

 


 そして思い余って、一度だけ彼の家に電話をかけた。まだ携帯を簡単には持てない時代だった。

 

「もしもし」と出たのは、彼だった。


 少しの間を置いて、おそるおそる「……もしもし」と言った。この次に私はなんていうのだろう。あるいは彼はどんな反応をするだろう。そんなことを考えながら―――。


 しかし、そんなことに心を配る必要はなかった。電話は即座に叩き切られた。

 


 当然だ――どれだけ無思慮で愚かな私にも、わかった。




 時に思う―――恋ほど不思議なものはない。



 ほんの少し前、あれほど確かに激烈に存在していたものが、わずかな時間の後に脆くも崩れ、跡形もなくなってしまう。

 今もこの世にあまたの恋が存在し、そして消えていく。

 手に掬い取れるんじゃないかと想うほどの胸の中の熱いかたまりが、儚く霧散する。





 ―――風の噂で、彼が大学を卒業し東京で就職したと聞いた。

 

 25歳の時と30歳の時、同窓会が開かれた。

 

 浅はかな期待とともに出席したが、二度とも彼が顔を見せる事はなかった。


 人当たりが良くクラスでも人気者だった彼が顔を出さないのを皆が残念がっていた。

 私は一人思った――彼も皆に会いたいのだ。たった一人、彼が顔も見たくない女がそれを邪魔している――と。



 ―――女はひとしきり、そんなことを思い出していた。

 


 電車が、スピードを緩めていく。


 男が立ち上がった。ここが男が降り立つ駅なのだ。

 

 女は、男の背中を見つめた。

 

 男がふと立ち止まった。女は、あわてて顔を伏せる。

 


 少しのあいだ目を閉じ、早く電車のドアが閉まってくれるように祈った。


 おそるおそる女は、顔をあげた。

 

 閉じたドアの向こうで、男の背中が遠ざかっていった――。

 


 

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