第3話
―――どれほど彼を傷つけたのか、そんなことは考えずに気持ちは新しい恋に向かっていた。後に思い返すと自分でも寒気がするような冷酷で残忍な女だったと思う。
ただ、浮き立つ気持ちをよそに先輩からはいつまで経っても、「付き合おう」という言葉は出なかった。食事とセックスの回数が増えるだけだった。
だから、いつものように食事に行った時「私たち付き合ってるんですよね」と聞いた。確認のために。確証を得るために。
「いや、そういうのではないんだ……」
あっさりと言われた。
「じゃあ、私たちって何なんですか」と言う言葉を飲み込んで、黙り込む私をよそに先輩は伝票を持って立ち上がった。
大学生の彼のように、黙り込む私に寄り添ってくれる素振りは微塵もなかった。
一人取り残されたテーブルで、お冷の入ったグラスを見つめ続けた。そうすれば 今のこの惨めな状況からなにがし救われるとでもいうように。
グラスの中で氷がカランと、音を立てただけだった。
――呆然としながら家にたどりつき、ひとしきり泣いた後、自分の馬鹿さ加減を嗤った。
なんのことはない。遊ばれたのだ。大人の遊び慣れた男に。
そして面倒な事にならない内に、きっぱりと捨てられた。
これからは何事もなかったかのように職場の人間として接せられるだけだろう―――。
一人になった途端――大学生の彼にした事の残酷さに気付いた。
なぜあれほどまでに残酷な事ができたのだろう……、紛れもなく己がした事なのに、信じがたい思いで振り返った。
社会に出てからの私の変わっていく様を、彼はひしひしと感じながらも、昔の二人に戻れる時がきっと来ると信じて、私の傲慢で無慈悲な態度に耐えてきたのだろう……。
ほんの興味本位で近づいてきた相手に夢中になり、誰よりも私を――こんな愚かな女を大切に想ってくれた人を切り捨てた。自分のためだけに流してきた涙が、初めて彼を想って流れた――。
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