金魚
1
今年の夏は、葬式が多い。母が亡くなったり、教え子が亡くなったり。ミーンミーンと鳴く蝉も、これから仲間の葬式か、と思うくらいにうるさかった。
教え子である内海 月子が火葬場へと運ばれてゆくのを見送って、俺は葬儀場の外の喫煙ルームで煙草を吸っていた。比較的穏和な顔をしている俺は、煙草を吸っている姿が似合わない、と言われる。そもそも、少しでも大人っぽく見られたいがために吸い始めた煙草だったが、最近は禁煙していた。今ぐらいは、神さまも許してくださるだろう。
内海が入院した当初は1週間に1回ほど病院を訪れていたが、それがやがて1ヶ月に1回になり、半年に1回になり、1年に1回になり、気がつけば6年もの月日が経っていた。もう、最後に彼女のお見舞いに行ったのがいつだったか、思い出せない。
先日、公園で会った少年が遺族の席にいて驚いた。もちろん少年も驚いた顔をしていた。そして内海、という苗字と彼女との関係性から、少年が俺のクラスの不登校児であることを思い出して、愕然とした。しかも、少年ではなく、少女だったのだ。
白い煙の向こうに、ムーンタワーが見える。今から22年ほど前に完成したムーンタワーは、ついに取り壊しが決まったらしい。残念なことだ。こんな小さな街にこんな立派なタワーなどもったいなかったということだろう。
そういえば、今日は花火大会だ。ベランダからムーンタワーと花火、悲しみを肴にして、お酒でも飲もう、と思った。
「先生、お久しぶりです」
俺を呼ぶ声に振り返ると、雨郷が立っていた。喪服姿の彼女の目は真っ赤に腫れている。制服以外の服装は初めて見た。今どきの女子大生らしく、化粧をしている。マスカラを塗り直したようで、赤い目以外は綺麗だった。
それにしても、彼女はこんな顔だっただろうか。
「久しぶり。卒業式以来だね」
灰皿に吸殻を捨てる。彼女は何故かその動作をじっと見ていたが、すぐににこりと微笑んだ。
「突然メールを送っちゃってすみません。でも、どうしても先生に会いたくって」
照れ臭そうに笑う彼女は高校時代の彼女そのもので、安心する。なんだ。さっきのは見間違いか。
「いや。俺もちょうど、色々と話したいことがあったから」
月子のお葬式の後に会えませんか、とメールが来たのは、一昨日のことだった。雨郷が卒業したときに流れで連絡先を交換したことをすっかりと忘れていて、危うくゴミ箱に捨ててしまうところだった。
「積もる話もありますし、私の元バイト先の店にでも行きましょうか」
「元? 今のところは駄目なの?」
「はい。今のファミレス、たらこスパゲッティがないので」
明太子スパゲッティはあるんですけどね、と続ける。
別に、お昼ご飯を食べる訳では無いのだが。
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