「霊が住む部屋」
フィンディル
「霊が住む部屋」
いやー、その話のあとはちょっと勝てないなー。だって怖すぎたもん今の話。順番が悪いよ。やっぱ大トリは駄目だって。まあくじだからね、わかったわかったしますします。
でも正直、私の話も全然負けてないと思う。いや純粋に話としてはそんなに怖くないかもだけど、今からする話は私が実際に体験したことだから。いや、いやそういうのじゃないって。本当の実話! ほんと、めっちゃ怖かったんだから。本当に体験したことだから。あーじゃあもうそれでいいから。
いやそんなもんあるわけないでしょ。私が実際に体験したことだって言ってんだから、タイトルなんかないって。いやそんなルールなかったでしょ。まあみんな最初に言ってたけど。あーわかったわかった、うーんとじゃあ「霊が住む部屋」ね。「霊が住む部屋」。いやいや、陳腐とかそんなんないから。陳腐も何もないでしょ、実体験なんだから。
うん、うん。めぐありがとー! ありがと、ほんとそれ。もー聞いた? 今のめぐ様のありがたい言葉。
はい、じゃあめぐが言ったとおり、空気を壊さないように静かに聞いてね。話します。えーと、「霊が住む部屋」。今でも鮮明に覚えていて、一生忘れられないだろうって出来事。
大学三年の冬の話、だから、五年前かな。当時、いつも仲良くしてる友達が三人いて。私も入れて四人で行動してるみたいなグループ。あー、もう縁切れてる。そうそう。で、ある日ね、宅飲みに誘われたの。それまでは外飲みオンリーで宅飲みなんかしたことなかったんだけど、そのときが初で。そう宅飲み。いやそれ二日目の夜に言うことー? でもまたしたいねー、このメンバーなら何回でもしたい。しようしよう。しかもあのたこ焼き器、一回しか使ってないんじゃない? もったいな。あ、ごめん脱線はなし、はーい。
えーと、大学時代、その子達に宅飲み誘われて。断る理由なんかなかったら二つ返事で行ったの。その友達のうちの一人の部屋ね。初めて行った。酒もつまみも用意してるっていうから、私は何も用意せずに。
着いたときにはもう夜。私以外はみんな居てもう飲み始めてて。暖房のガンガンきいた部屋で、私は上着を脱いでその辺に座って。「来てくれてありがとー」なんて言われてストロング系のお酒だったかな? もらって。キツめだなーと思ったんだけど、まあ飲んで。そこからは普通に宅飲みってことで特に何をするわけでもなく、だらだら話すだけの感じ。まあ「朝まで飲み明かそうぜ!」みたいな集まりだったし。話の内容は全然覚えてないけど、単位がどうとか就職活動がーとか、恋人がどうとかバイトがどうとか、そんなんだったかな。
そうやってだらだらしてたら、私、眠くなってきちゃったんだよね。夜だったし、アルコールも入ったし、その部屋暖かったし。ぼーっとしちゃって。で、場もちょっとダラけてきてたのもあって、いつもは人の家ではしないんだけど、そのときはごろんと横になったの。目をつむるとめっちゃ気持ちいいんだよね、こういうときって。それで、目をつむったまま適当に話に反応してたら、いつのまにか眠っちゃってたの。
といってもがっつり眠ったわけではなくて、十分くらいかな? で、目が覚めたの。ただ眠ってるような眠ってないような中途半端な状態? 夢うつつっていうのかな。そんな感じで。みんなは相変わらず話しこんでて。でもみんなはもう、私は眠っちゃったと思ったんだろうね。みんな私に背を向けて話してるの。まあ私寝ぼけてるから、話の内容まではわからなくて。人の家で寝ちゃうなんて初めてだなぁなんて思いながら、そのままぼーっとしてたの。
しばらくそのままだったんだけど、さすがにちょっと飽きてきて。だって何言ってるのかわからないし。寝ぼけた顔をちょっと動かして、部屋の様子でも眺めることにしたの。来てわりとすぐに寝ちゃったし、ほら、その友達の部屋は初めてだし。観察みたいな感じで、あーこんな部屋なんだー意外と可愛い部屋なんだーと思ったりして。それもすぐに飽きちゃうんだけど。みんなは変わらず話してる。
で、何か面白いのないかなーと探してたら、ちょっと気になるところを見つけて。部屋は小さい1Kだったから、リビングとキッチンだけなんだけど。みんなリビングで話してるから、キッチンは電気がついてないの。あ、私はそのときキッチン側に脚を向けて寝てたから、脚越しにキッチンを見たのかな。夜だし真っ暗なんだけど、ある一か所が私、気になったの。よくわからないけど、何かありそう、いや居そうな雰囲気。不思議だよね、一人だったらそんなところ見たくないなって思うのに、みんなが居たら恐怖より好奇心が勝っちゃうんだから。あ、わかる? だよね。みんなの会話の音を聞きながら私、そこをじーっと見てたの。
そしたら、どのくらいかなぁ五分くらいかなぁ、見てたら。そこがもっと暗くなるような感じがしたの、いや暗くなるというより、んー、黒くなるという感じ? 真っ暗なそこが、黒くなった。なのに私、面白い、くらいに思って見続けてたのよ。どうなるのかなーなんて。
すると、シミのようにじわじわ、じわじわと広がっていくの。黒いのが。で、それがもうしっかり“黒い何か”として捉えられるくらいに大きくなったとき、気づいたんだよね。これは広がってるんじゃない、うごめいてるんだって。うごめきながら大きくなってるんだって。それに気づいたら私、怖くなってきたの。何で大きくなるのって。何だか呼吸もうまくできなくなってきて、どうしようってみんなのほうを向くんだけど、みんなは話に夢中なのか全然気づいてない。もうその“黒い何か”はしゃがんだ子供くらいの大きさになってるのに、と思ったとき。“黒い何か”の中から、手が出てきた。
黒いものに塗れた手、いや、黒いものそのものかもしれない。手が一本、出てきた。やだって思って、そこでやっと気づくの。体が動かせないことに。金縛りってやつかな、息苦しくて声も出ない。さっきまでは顔を動かせたのに、もう動かない。首を回そうとしても、何かに押さえつけられてる感覚。目だけ動かして、みんなに訴えかけるんだけど、届くはずがない。
どうしようと思ってまた“黒い何か”を見ると、顔のようなものも出てきた。髪の毛みたいにだらだらと黒いものが垂れてる、顔のようなもの。そして、直感的に察したの。こっちを見てるって。こっちに来るって。でも、声が出ない。喉が閉じてしまってるのかな、息が漏れるだけ。
そして本当に“黒い何か”は近づいてきた。
ゆっくりと、ゆっくりと、手が伸びてくる。私の方に。ずずずず、ずずずずって、顔が這ってくる。黒いものを垂らしながら。逃げないと! 逃げないと! 必死にそう思うんだけど、体はぴくりとも動かない。息苦しさがいよいよヤバくなってくる。私、最後に来たからさ、キッチンに近いところで寝てて、あんまり距離がないの。脚なんか、その気になればすぐに掴まれてしまいそうなくらい。どうにか脚だけでも動かしたいけど、やっぱり駄目。みんなはずっと話してる。助けてって言いたいんだけど、喉がひっ、ひって鳴るだけ。
手が、顔が、リビングに入ってくる。黒い塊が這ってくる。みんなさすがに気づけよ! って思うんだけど、やっぱり変わらない。みんな、さっきから何も変わらない。明かりの下で見るそれはヘドロみたいだった。人間がヘドロに溶けたような何か。それが私に向かって手を伸ばしてくる。息苦しい、死んでしまう。
もう、すぐそこまで来てて。“黒い何か”の手がぐわって開いた。足首を掴まれるって思った。引きずりこまれるって思った。殺されるって思った。黒い顔がにたぁ、って笑った。失禁した感覚があった。残り数センチ。ああ、掴まれる。もう駄目。胸が燃える感じで、空気を求めて口はパクパクするし、涙が溢れてるのに目は乾ききって。手が触れるか触れないかまで来る。“黒い何か”を肌で感じとれた、それだけで毛穴が開ききった。あはは! みんなが一際大きく笑った。
そして私は“黒い何か”に足首を掴まれた。
叫んだ。叫んでた。理性も何もかも無視して、内臓を全部出してしまうほどの勢いで叫んだ。生きたいって気持ちはすごいね。恐怖とか、金縛りとか、全部壊すんだから。
気づいたら、みんな私の顔を覗きこんでた。三人とも。すごく驚いてた。すごい顔だった。一人の友達が少ししたらはっとして「だ、大丈夫?」って言ってきて。そしたら他の二人も焦った感じで「すごいうなされてたよ」とか「心配でみんなで起こしてたよ」とか言ってた。叫んで喉を痛めたからかな、しばらく私はずっと咳きこんでた。汗ビッショリかいて。
まあ、つまり夢だったんだよね。私が見てたのは。全て夢。とんでもない悪夢。みんなは会話なんかしてなくて、DVDで映画を見てたんだって。どの映画だったかとかはわからないけど。で、映画を見てたら私がうなされはじめたって。わー何だか恥ずかしいなーって思ったんだけど、恥ずかしいと思ったときに私、失禁のこと思いだして。やべー! って思って。おろおろしてるみんなを押しのけてトイレに駆けこんだんだよね。夢どころじゃねー! って思って。
結果はセーフ。それも込みの夢。そっちが危機一髪だったよね。私もう、危ねーとか、喉ヤバいとか愚痴こぼしながらトイレ出て手を洗ってたんだけど、鏡を見て気づいたの。さぁって血の気が引くのがわかった。
首筋に、手の形の痕ができていた。はっきりと。そう、私は確かに“黒い何か”に首を掴まれたんだ。“黒い何か”はただの夢じゃなかったんだ。みんなに起こされずにあのまま掴まれたままだったら、私は死んでいたかもしれない。私が見たのは、命を落とす悪夢だったのかもしれない。
…………はい、っていう話! 本当の話だからね? 本当の話。どう? お、怖かった? 怖かった? よしよし。実話ってのが大きいけど、他の話にも負けてないよね。私、あの部屋には幽霊が住んでたんじゃないかって思ってるんだよね。本当にこれはね、怖かった。うん、似たようなことはもう起こってない。だから話せるんじゃん。あーんー、それは私もわかる。足首を掴まれたはずなのにどうして首なんだって、それは私もあのあとで思った。首繋がり? みたいな。でも仕方ないじゃん、実際そうだったんだから。そのまま話してるんだから、そりゃあ辻褄が合わないこともあるって。ねーめぐ様。めぐ黙っちゃって、どうしたの?
うん、え、それから? そこ気になる? それからーは、えっとね、挨拶もなしにそのまま帰っちゃった。もうその部屋に居られないって思ったから。私も悪いなとは思ったけど、「今どこに居るの!?」ってすぐ電話がかかってきて、そこで謝ったから大丈夫。あー、さすがに霊に襲われたから帰りましたとは言えなかったけどね。あ、でさ、次の日くらいに上着そのままにしちゃったの思いだして、その子に持ってきてってお願いしたんだけど「取りに来てよ、また宅飲みしよう」の一点張りでさ。でもその部屋に行くの怖いから、適当に理由つけて断った。上着もそのまま。ん? そうそう、何でわかるの、それからも何度か誘われたよ。でもあのメンバーで宅飲みするのも怖くなっちゃってて。あのときの三人の顔も忘れられなくてさ。そうやって全部断ってるうちに疎遠になって、就職で離れ離れになって、それっきり。本当にそれっきりだって。っていうか、めぐ何でそこが気になるの? えー何でーそこじゃないでしょー。そんなに怖かった? じゃあほら誰の話が一番怖かったか優勝者決めようよー。ねー、ほらほらー。
え、本当にどうしたの?
「霊が住む部屋」 フィンディル @phindill
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