ソロに愛されて

サイトウ純蒼

ソロに愛されて

「これが念願のマイホームだ、ヨーコ!!」


タカユキは数十年というローンを組んで購入した新築のマイホームを前にして、改めて自慢気に妻のヨーコに言った。



タカユキはやり手の営業マンだった。

会社では群れることを嫌い、陰では「ソロ営業マン」と呼ばれていた。稀にある他者との共同プロジェクトではいつも、


(クズばかりめ! 俺だったらもっと上手くやるのに!!!)


と内心、悪態をつきながら仕事をしていた。




それでも20代後半としては破格の給与もあって、かねてからの夢であったマイホームを購入した。


(これで俺も一国一城の主だ)


タカユキは新しく出来上がるマイホームを眺めながらひとりにやついた。




「あ、引っ越し屋さん。今日はよろしくお願いします」


いよいよ迎えた新築への引っ越し日。

タカユキは早朝やって来た引っ越し業者を迎え入れた。


「あれ? ひとり?」


タカユキは引っ越し業者がひとりしかいないことに気付き尋ねた。


「ええ、私ひとりです。ソロ引っ越し業者ですから」


「はっ!?」


――引っ越しってひとりでできるのかよ!?


タカユキはその言葉に唖然となる。


「これでも私ベテランですからご心配なく」


自信たっぷりに言う業者を見てタカユキはとりあえず任せることにした。もしかして物凄い怪力の持ち主なのかもしれない。



「だ、ダンナさーん。ちょっとヘルプ!!」


だが案の定、引っ越し開始から30分足らずで業者の男からヘルプを求められた。冷蔵庫がひとりで持ち上がらないらしい。


「ひとりなんて無理、そんなの当たり前だろ。何で客が手伝わなきゃならんのだ」


タカユキはやや怒り気味に業者の男に言った。業者が答える。


「いや、それは契約者にある注意事項を読んでもらって……」



タカユキは持っていた引っ越しの契約書を改めて見る。


【……引っ越しに関わる荷物の指示などのを一部お客様にお手伝い頂くことがあります】


「これがどうした?」


「引っ越しに関わる業務をお手伝い頂くことになっています」


業者は悪びれずに言い切る。


「そんな無茶苦茶な……」


「いえ、ですから引っ越し代金3万円という超格安でお受けしている訳でして」


タカユキは契約を任せたヨーコに言う。


「何でこんなとこに頼んだんだよ!!」


「だってあなたが一円でも安くって言ったじゃない!!!」


タカユキはチッと舌打ちすると渋々引っ越しを手伝うことにした。




「お疲れ様。夕飯はここにしようか」


夕刻、タカユキ達は引っ越しを終えると近くにある中華料理屋に入った。


「いらっしゃーい!!」


中に入ると店主の大きな声が響く。夕刻の為かそれなりにお客で賑わっている。

タカユキ達は椅子に座って、やってきた店主に手際よく料理を注文した。


「疲れたわね」


「ああ、もうくたくただ」


結局引っ越しの半分以上を手伝わされた二人は、もう歩けないぐらいに疲れ果てていた。


「お腹もペコペコだ」


「ええ」



しかし注文してからかなり時間が経っても一向に料理が運ばれてこない。しびれを切らしたタカユキが店主に言う。


「料理まだ?」


店主が答える。


「ああ、すまんね。何せ私ひとりでやってるソロ店主なんで。もうちょいお待ちを!」


タカユキは再び唖然とした。

確かにホールにはアルバイトも他の店員もいない。店主がひとり忙しそうに厨房とテーブルを行き来している。

もう言い返す気力もなかった。タカユキは黙って自分のテーブルに戻った。




夕食を終え自宅に帰るタカユキとヨーコ。

まだ荷物が散乱する中、ふたりで机に座って必要書類などを確認していた。


その時不意にタカユキの携帯が鳴る。

タカユキは相手を確認すると、そそくさと別の部屋に行って何やら小声で話を始めた。



「誰?」


電話を終え戻ってきたタカユキにユーコが尋ねる。


「ああ、会社の人」


無表情のヨーコ。

そしてふうとため息をつくとタカユキに言った。



「そろそろ言おうと思っていたんだけど……」


タカユキはヨーコの顔も見ずに適当に相づちをうつ。


「……私、ソロになるわ」


「はっ?」


タカユキはヨーコが発した言葉の意味が理解できなかった。タカユキの言葉を聞いてからヨーコが机の下にあった一枚の書類を机に置く。



――離婚届


タカユキの頭が真っ白になる。


「これって、どういうことだよ?」


「どういうことって、そういうこと」


無表情のヨーコにタカユキが続ける。


「俺が何したって言うんだ?」


「自分に聞いてみたら?」


冷静に答えるヨーコ。

そして何も言わないタカユキに種類の入った封筒を取り出し机の上に置いた。



――ソロ探偵事務所


封筒にはそう記載されていた。


(これって……)


タカユキが恐る恐る封筒の中身を取り出す。


「!!」


それはタカユキが取引先の若い女性社員と写った写真などの証拠書類であった。

夜の公園でキスをする二人。一緒にホテルに入る写真等、もはや言い訳できないほどの証拠である。


「こ、これは違うって。俺は、だから相談されて、その、何だ……」


心臓がバクバクと鳴り頭は真っ白。震える声で言い訳をするタカユキだが、ヨーコは極めて冷静に言い返した。


「そんなことどうでもいいわ。それより……」


ヨーコはそう言うと机の下からソロバンを取り出しパチパチ弾き始める。


(な、何をしているんだ、一体……)


静まり返った新居に、ソロバンを弾く乾いた音だけが響く。



「はい」


ヨーコはソロバンで弾き出した数字をタカユキに見せた。


「これは、何……?」


状況が理解できないタカユキがヨーコに聞く。



「慰謝料。毎月払ってね」


愕然とするタカユキ。毎月の慰謝料にしてはあまりにも高額だった。


「いや、ちょっと待て、俺はだな……」


話を始めるタカユキにヨーコは机の下にあった一枚の名刺を取り机に置いた。



「これから私に話がある時は、この人を通して」


その名刺には弁護士の名前が記載されていた。


「いや、待ってくれって」


ヨーコは無表情のままタカユキに言う。


「もうあなたの身勝手なところや噓をつくところ、浮気もそうだけど夜がソーローなのもみんな嫌」


タカユキは頭をガンと叩かれたようなショックを受けた。

ヨーコは近くにあったスーツケースを持ち立ち上がる。


「実家に帰りますので。サヨウナラ」


ヨーコは新幹線のチケットをタカユキに見せるとそのまま新居を出て行った。



「ま、待ってくれよ……」


タカユキは誰もいなくなった新しく大きな家でひとりつぶやいた。



ソロを望んだタカユキ。

これで公私ともに本当のソロとなった。

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