記憶

『ねぇ、しっかりしてよ、お兄ちゃんっ!』

早速、玄関と部屋を隔てている扉の向こうから、ユミちゃんの懇願するような声が聞こえてきた。

思わず、足を止めて息を殺し、その場に立ち止まる。

『忘れちゃったの?あのこと。』

『なんだよ、あのこと、って。』

『お兄ちゃんっ!』

困惑したような、ケイタさんの声。

対して、苛立ちを隠せない、ユミちゃんの声。

2人のやりとりからして、ひとまずは浮気ではなさそうだと安心したものの、何故だかひどい胸騒ぎがしていた。

耐え切れずに、扉を開ける。

と同時に、ユミちゃんが叫ぶように、言った。

『バイク事故のことだよっ!』


ケイタさんは、私の突然の登場に驚いたのか、ユミちゃんの言葉に驚いたのかわからないけれども、私とユミちゃんを交互に見ながら、ポカンと口を開けている。

そんな状況にお構いなく、ユミちゃんは続けた。

『1年前のバイク事故で、アヤさんは亡くなったんだよ!バイクもメチャクチャに壊れたの!何で憶えてないの・・・・しっかりしてよっ、じゃないと、私・・・・』

言いながら、ユミちゃんはその場に泣き崩れる。

私は、頭に隕石でも落ちたようなショックで、動くことができなかった。

そうだ。

私、あの事故で死んだのだった。

いつものように、迎えに来てくれたケイタさんのバイクの後ろに乗ってここに向かっている最中、居眠り運転の車に突っ込まれて。

そう言えばあの時、確かに聞いた。

『お兄ちゃん、アブナイ!!』

っていう、ユミちゃんの声。

あの時、きっとユミちゃんは・・・・

「何言ってんだよ、ユミ。アヤならそこにちゃんといるじゃないか。」

呆れたように笑いながら、ケイタさんは私を指さした。

そう。

ケイタさんは【見えてしまう】人。

そして、生前の私も、そうだった。

私たちは普通に【見えてしまう】から、生きている人と亡くなった人の区別が全くつかない事もよくあり、周りからはしょっちゅう変な目で見られていたものだった。

ケイタさんが心配で、離れ難くて、私はつい現世に残り続けてしまった。

そして、生前と変わらずケイタさんとお話できてしまうから、いつの間にか忘れてしまっていた。

自分が、死んでいる事を。

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