第9話 終夜
「さあ、どうする姉ちゃん」
楽しそうに、そして挑発的なドランクの声に、詩子はその発生元である巨人を睨みつける。
「そもそもなんで俺が、
「……」
「そして、姉ちゃんが目覚めた力についても分かったぜ。
「……」
「それに対しても翔太くんは恐怖していたぜ。なにせ平凡な女子高生だった姉ちゃんが、いきなり、大声をだしながら戦っているんだからな。化け物になったと思ったんだろうよ」
巨人はさらに詩子の心を乱そうと言い放つ。
だが、詩子の反応は予想とは違うものだった。
「────は?」
そう言ったかと思った瞬間、詩子は巨人の懐に入り、左脇腹に夜気をともなった右掌底を打ち込んだ。
すると巨人は、すうっと力が抜け、両膝をついた。
「なに?」
裸身の詩子は沈黙したまま、ドランクが驚きの声を上げた。
それが攻撃ではなく、巨人の力を緩めたものだったため、裸身の詩子は痛みの声をださなかったのだ。
「こらー、翔太! 姉ちゃんが嫌いですって。ふざけんな!」
姿勢の低くなった巨人に向けて、詩子は叱りつけるように言った。
「姉ちゃんはあんたを助けたいから頑張っているの! 負けないように大きな声を出しているの!」
キッとした顔の詩子だったが、ふっとその表情が柔らかくなった。
「もう帰ろう。母さんが待ってるよ」
「……」
「カレーライス、また食べよう。約束どおり、今度は姉ちゃんが作ってあげるから」
微笑んで言う詩子。
暗い雨の中にあって、詩子の笑顔は弟をいつくしむ姉のものであり、明るい太陽のようだった。
「ふ、そんなセリフを言ったところで────」
言いかけて、巨人は体内の異変に気づいた。
胸部にある翔太の魂が光を発したのだ。
決意に満ちたその光は強烈で、巨人の身体を貫いていき、粒に変えながら滅していった。
「くっ……、翔太、その力を光の側に変えたか!」
裸身の詩子を取り込み、存在力を補充しようとした巨人だったが、意味を成さなかった。
一方的に巨人の身体が消えていく。
光を発しているのは詩子がもっている魂も同じだった。
だが、その光は優しく穏やかで姉を慕う愛情にあふれていた。
「翔太……」
詩子は胸元に両手をあて、それを感じとると、目から涙がこぼれた。
「ふふ、どうやらここの俺は消えるしかないようだな。
巨人としての形が崩れていき、身体が透明になっていくドランク。
「しかし忘れるな。俺の身体は現実世界にもある。再び自由を得て、翔太を手にいれるてやる。それまで、つかの間の平和を堪能するがいい────」
そう言い残すと、巨人のドランクは完全に消え去った。
そして、小さな光球となった翔太の魂の欠片二つが一つとなり詩子の胸に吸い込まれた。
「姉ちゃん、先にいくよ」
翔太がそう言った気がした。
「ええ、私もすぐにいくわ」
それを見上げながら笑みを浮かべる詩子。
気がつけば雨は止んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「!」
「!」
「主の反応、大きいわねイブ」
「そうね、ヤエ」
「……」
「……」
「終わったようね、イブ」
「そのようね、ヤエ」
「詩子と弟、そのまま現実世界へ帰ったわね、イブ」
「ここへ寄ることもなかったわ、ヤエ」
「……」
「……」
「最後に会いたかったわ、イブ」
「私もよ、ヤエ」
「せめて幸せを祈りましょう、イブ」
「そうしましょう、ヤエ」
「……」
「……」
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