第8話 戦夜

 雨が降り続ける街の大通り。


 建ち並ぶ商店やビルには明かりがともされ、夜を賑やかにしようとしているが、街には一人の少女以外、人と呼べる者はいない。


 コンビニの軒下で座り込み、仮眠をとっている詩子。


 実際、現実世界でドランクと交戦し、満足な回復もしないまま、世界夜セカイヤへ来て戦わなければならなくなったのだ。


 戦える能力が覚醒しただけで、元からの戦士というわけではない。


 疲労はピークに達している。


 ────その眠る詩子の左頬に一枚、桜の花びらが触れた。


 !


 すると詩子の背後にあったガラスが派手に割れ、店内の商品棚がひっくり返って雑誌や雑貨類が散乱した。


「ちっ」


 舌打ちするドランク。


 寝込みを襲い、強烈な蹴りを放ったが、直前、詩子は回避した。


 素早く体勢を立て直し、構える詩子。


 見ると、ドランクは一体ではなく二体並んでいた。


 さきほど倒したものと服装や体型など、すべて同じである。


 世界夜セカイヤへ来る前と変わらない。


「まとめて、やっつけてやる」


「待ちな、姉ちゃん」


 攻撃を仕掛けようとする詩子を、ドランクたちが制した。


「このまま二対一で戦うのもいいが、せっかくだ。もっと面白くいこうぜ」


「面白く?」


「ああ、こんな風にな」


 すると、左右のドランクがぐにゃっと柔らかくなった。


 柔らかくなった二体のドランクはくっつき、粘土を混ぜ合わせるようにしてね回って、一つとなった。


 衣服も込みで混合されたそれは、四肢を現してその姿を見せた。


「何よ、これ……」


 嫌悪の表情で呟く詩子。


 そこに現れたのは一言でいえば巨人。


 三メートルほどの長身をもつ筋骨隆々の体型をした、性器のない裸の男性巨人である。


 肌は変に赤黒くて熱っぽく、浮き出た血管が気持ち悪さをかもし出していた。


 それだけでも十分に嫌悪の形だが、その数倍、詩子にとっておぞましきものがあった。


 それは、巨人の前面にある詩子の裸身。


 両手両足こそ巨人の身体と同化して見えないが、それ以外は一糸まとわぬ、白い肌をした詩子の身体であり、肉の十字架にかけられた聖女のようであった。


 裸身の詩子は瞳を閉じて眠っている様子で、頭が右側に倒れ、雨に濡れた黒髪が肌にはりつき胸を隠していた。


「どうだ? おもしれえだろう」


 元ドランク。


 頭部のない巨人は全身から声を発し、詩子に言った。


「……」


 答えず、猛然と駆け出す詩子。


 身体から黒い霧のような、夜にだけある空間のエネルギー、夜気ヨキを現し、左右の手に集中させた。


「やっ! はっ!」


 かけ声とともに右、左と投げる動作をすると、夜気は細長い槍となって放たれ、巨人の両膝に突き刺さった。


「くふっ……」


 その痛みに声をもらす巨人。


 だが、その出所は裸身の詩子からだった。


「……」


 イラッとしながらも巨人の手が届く範囲に接近した詩子。


 丸太みたいな巨人の右拳をかわすのと同時に、その腕を夜気で作った剣で斬りつけた。


 さらに詩子は反動を利用した回転で巨人の両足、左腕のつけ根を斬ると、巨人から距離をとり、構える。


「あっ……、んんっ……、つうっ……」


 巨人への攻撃は全て裸身の詩子が反応した。


「……」


 ひたいに怒りの四つかどが見えそうな形相でにらむ詩子。


 本来であれば両手両足を切断されている攻撃だが、前回同様、身体から離れることはなかった。


 そして、前回と同じならば巨人の身体は半透明となり、その存在力が薄くなっているはずだった。


「!?」


 だが、巨人の両膝に突き刺した夜気の槍は消し飛び、巨人の身体が一回り大きく、濃くなった。


 まるで一段階強化したように。


「驚いたか姉ちゃん。無理もねえ。攻撃されて強くなるなんざ、普通はねえからな」


「どういうこと」


「ネタばらししてもいいが、聞いたら姉ちゃん、絶望するぞ?」


「いいから言いなさい!」


「分かった、分かった。順を追って説明する。まず、ここは世界夜。街で暮らす連中の精神が住む世界」


「そうみたいね」


「人は精神体でいるはずだが、おそらく都市神が俺らから引き離したんだろう」


「……」


「でな、この世界夜、じつは夜獣やじゅうっていう現実世界の恐怖が形なった化け物が出るところでもある」


「え?」


「知らなかったか。その夜獣な、恐怖が強ければ強いほど、夜獣も強くなるみてえだ。なら、ちょっとその力を手に入れれば有利になるよな」


「まさか……」


「ああ、いまの俺は魔族であり、夜獣でもある。そして、翔太くんの魂は俺の中にあり恐怖している。それは俺に対してというよりは、姉ちゃん、あんたが傷つく恐怖だな」


「私?」


「そうさ。大事な姉ちゃんが傷つけば死んじまうかもしれない。そんな恐怖が俺に力を与えるってわけだ」


「でも私は────」


んだよ。見えているわけじゃねえし、翔太くんがそう思えばいいんだからな」


 そう言いながら右手の親指で自身の胸元を指す巨人。


 そこには翔太の魂があり、裸身の詩子があった。


「そんな……」


 詩子が攻撃すれば、裸身の詩子が痛みを訴え、それを翔太の心が姉のものと錯覚して恐怖し、巨人を増強させる。


 攻撃しなければドランクから翔太の魂を取り戻せない。


 しかし、攻撃すればドランクが有利になる。


 どうすれば……。


 苦々しい思い出で巨人を見る詩子。


「だから言っただろう? 絶望するって」


 巨人は愉快な様子で詩子に言った。

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