第7話 夢夜

 ────これは夢。

 姉弟がいた過去。




「翔太~、お風呂に入るわよー」


「おー!」


 詩子の声に、翔太は元気よく返事をした。


 平日。


 学校や保育園から帰ってきてからの、いつもの様子。


 詩子は高校一年生だが、翔太は五才の保育園児。


 背丈は年相応ながら、単発の髪型よく似合っていて、いかにもイタズラ好きな雰囲気があった。


 警備員だった父はすでに他界し、いまは保険会社に勤める母と三人で二階建ての自宅に住んでいる。


「母ちゃん、やっぱり残業?」


「ええ。さっきメールがきたわ」


 脱衣室で制服を脱ぎながら話す二人。


「明日は一緒にご飯、食べられるかな?」


「たぶんね」


 そう言いながら脱ぎ終えると、姉弟は揃って浴室に入った。


 ふたり入るにはキツイ広さの浴室で、詩子は翔太の身体を洗うのを手伝った。


「ほら、次は髪よ。目を閉じて」


 詩子は石鹼を洗い流すと、翔太を促した。


「髪は自分でやるから、いいよー」


「だーめ。あんたに任せると雑にしちゃうんだから」


「ちぇー」


 意見を却下され、翔太はしぶしぶ両目を閉じた。


 シャワーで濡らし、シャンプーをかけ、手際よく翔太の髪を洗う詩子。


 その間、翔太はイスに座りながら両手を両膝にのせながら力強く耐えている。


 再びシャワーを浴びせ、シャンプーを洗い流すと、翔太の顔をタオルで拭いてやった。


「はい、おわーり。あんたは先に温まりなさい」


「ふー」


 ようやく解放された、といった感じで息をもらすと、翔太は静かに湯船につかった。


 詩子はイスに座り自分の身体を洗いはじめる。


 その様子をじっと見る翔太。


「姉ちゃん、彼氏いんの?」


「ブッ!」


 不意の質問に驚く詩子。


「い、いないわよー」


「そうなの? その巨乳はシゲキテキだと思うけどなー。告白もないの?」


「あーりーまーせん。身体が目当てなんていやよ。恋愛は、お互い好き同士で成立するんだから」


「姉ちゃんが、好きな人もいないの?」


「いないわね」


 即答し、詩子は続きを洗い出した。


「ふーん」


 すると翔太は湯船からそっと出ると、詩子の背後に回った。


「それじゃあ、しばらくの間、俺のもんだな!」


 そういうと翔太は後ろから詩子の胸を鷲づかみにした。


「!!」


「やっぱすげえなー、姉ちゃ────」


 言いかけて、凄まじい怒りのオーラを感じ、顔が青ざめていく翔太。


「こーらー!」


 詩子のカミナリと強烈なゲンコツの音が家中に鳴り響いた。





 ────入浴を終えると、詩子と翔太は部屋着になり、手早く夕飯の準備をすませて、居間のテーブルに向かった。


「はい、いただきます」


「いただきます……」


 入浴での余韻が残り、少しほほを赤らめる詩子。


 翔太は頭にくらったゲンコツの余韻でしょんぼりした表情をしていた。


 テーブルには母親が作り置きしたものを温め、ご飯にかけてできた、カレーライスがあった。


 スプーンを手に取り、姉弟同時にそれを口へ運ぶ。


「うまい! めっちゃうまい!」


 落ち込んでいた顔を一瞬で吹き飛ばすうまさに、翔太は次々と母のカレーライスを口に入れた。


「慌てないの。まだあるんだから」


 詩子の声が耳に入っていない様子で、翔太の手が止まることはなかった。


「仕方ないわね……」


 呟いて、詩子は翔太の気持ちも分かると思った。


 母の作ったカレーは本当においしい。


 市販のカレールーを使用したものだが、母の手にかかると魔法がかけられたかのように、おいしく感じられ、安心を覚える。


「おかわりー!」


「はい、はい。いま持ってくるわ」


 差し出された皿を受け取り、立ち上がる詩子。


 台所へ行こうとすると、翔太が声をかけてきた。


「今度、姉ちゃんもカレー、作ってよ」


「私の?」」


「そう。前に作ったのは覚えているけど、味を思い出したい」


 意外な申し出に驚く詩子だったが、すぐ笑顔になった。


「ええ、いいわ。作ってあげる」


「やったー!」


 両手を突き上げ喜ぶ翔太。


 それを見ただけで、詩子も嬉しくなった。





 ────あたり前に暮らす姉弟のひと時。


 それは幸せに満ちた、かけがえのない時間。

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