第5話 異夜

 真っ暗な空間の中を揉まれ、身体を引き延ばされた感覚をおぼえる詩子。


 やがてその感覚は薄れていく……。


 ────床に立った感触。


 詩子はゆっくりと目を開けた。


「ここは……」


 そこは建物の中だった。


 中世ヨーロッパを思わせる内装をしていて、窓はステンドグラスがあるため教会のような雰囲気がある。


 ただ、ものすごく広く、縦二十メートル、横五十メートルほどあり、四階の天井まで吹き抜けになっていて、特に家具のような物はなくガランとしている。


 そのど真ん中、大理石の床の上に詩子は立っていた。


 状況がつかめず見回すことしかできない。


 すると、詩子の目の前、二メートルほどのところで、桜の花びらが舞い上がり、二人の少女が姿を現した。


「初めまして。私はイブ」

「初めまして。私はヤエ」


「どうぞ、お見知りおきを」


 スカートを軽く持って、二人の少女は上品に挨拶をした。


 イブと名乗った子はあおい目をした金髪ロング。


 ヤエと名乗った子はあかい目をした黒髪ロング。


 年齢は十歳ほどに見え、双子といってよいほど容姿も似ていた。


 お互い、黒を基調としたゴシックロリィタの衣装を身につけ、小さな魔女といった印象があった。


「あ、私はたきぎ詩子。よろしく」


 慌てて自己紹介をし、お辞儀をする詩子。


 ゆっくり顔を上げ、改めて二人を見た。


「あの、ここはいったい……」


「ここは、現実世界と世界夜セカイヤはざまにある館」

「そして、我らが主が住まう場所」


「あ、えっと? 世界?」


「現実世界はあなたが住んでいる世界」

「世界夜はその人々の精神が住んでいる世界」

「その間がここ」

「どちらにもつながっている」


 無表情で淡々と話すイブとヤエ。


 ひとまず、聞きなれない世界夜というものがあって、人の精神が住んでいるらしいと、詩子は認識した。


「私たちは都市神とししんから、あなたに協力するように言われている」

「遠慮なく言ってちょうだい」


「都市神? 協力? そう言われても……」


「都市神は文字どおり、都市を守る神のこと」

「それと、あなた、男と戦ったんでしょう?」


「! そうだ、翔太!」


 はっと思い出して言う詩子。


「落ち着いて」

「あなたの弟は、我が主が保護しているわ」


「え?」


「いまは安静にしなければならないから面会はできない」

「でも、魂から無事を感じ取れるはずよ」


「……」


 言われて詩子は胸元に集中すると、そこには確かに覚えのあるあたたかさ、やんちゃで活発な鼓動があった。


「翔太……」


 手をあて、より深くぬくもりを感じ取る。


「ただ、このままだとあの子は眠ったまま」

「魂を取り戻さなければならない」


「!」


 その言葉にぎくりとする詩子。


 自分のほかに、三体のドランクが翔太の魂を持っている。


「都市神のはからいで、その男、三体は世界夜にいる」

「逃げられないようにね」

「その男たちから、魂を回収しなければならない」

「それができるのは、あなた」


「私……?」


「そう。私たちはこの館から出ることはできない」

「主を守らなければならないから」

「それに、魂を回収するのは現状、あなたが適任」

「身内であるから、術者でなくても魂の保持が可能」


「……」


 ちょっと話をまとめる詩子。


 この二人は館の主を守る職務のようなものを負っているらしいし、その主がいま翔太を保護しているのであれば、結果、翔太を守ることにもつながる。


 それならば良いかもと詩子は考えた。


「でも、回収って、どうすれば……」


「かんたん」

「倒せばいい」


「倒す?」


「魂は、男の肉体が器になって所持できている」

「その肉体が活動停止すれば、魂は解放される」


「えっと……、活動停止って、つまり殺すってこと?」


「行動としてはそう」

「だけど、世界夜の三体を仕留めたところで、男は死なない」


「死なない?」


「魂を持たない方の男は、現実世界で探理官たんりかんによって逮捕・拘束されている」

「だから、三体に対し殺害行動をしても、一体は残っているから死滅するわけじゃない」


「なる、ほど……」


 いちおう理解したつもりだが、混乱しそうになる。 


「ちなみに、操られていた女は救急隊員によって運ばれたわ」

「いまは病院」

「それに、男は魔物だから、まだましかもしれない」

「正確には元人間だけど、いまは完全に魔の一員」


「魔物……」


 そう言えば、そんな人いたなと考えつつ、ドランクも人間を辞めたことを言っていたと、詩子は思った。


「そのため、世界夜では都市神が、区画を制限し対魔の雨を降らせている」

「弱らせるためにね」

「だけど、男も回復するから、それでは不十分」

「行動しなければならない」


「……」


「大丈夫。あなたならできる」

「あなたの持つ能力、タタカイノキオクと夜気ヨキがあれば」


 すると、イブが右手を前に出して詩子のスニーカーを現した。


 ドランクとの戦いで脱いだ物だった。


「都市神からよ」


「ありがとう」


 それを受け取り、履き直す詩子。


「拭いた方がいいわ」


 言いながらヤエは、しゃがんだ詩子の額にハンカチを持った右手を伸ばし、残る血を吹きとった。


「ありがとう」


 ヤエにも礼を言い、詩子はスッと立ち上がった。


「早い方がいいわね」


「ええ」

「行くなら、あの大扉から出るといいわ」


「あれね」


 ヤエの指す大きな木製の扉に向かって歩き出す詩子。


「雨は対魔のもので、あなたが濡れることはない」

「魂が全て回収されれば、この館に転送され、現実世界に戻れる」


「分かったわ。それじゃあ」


 顔を向けて言うと、詩子はその思い扉を開けた。


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