第4話 乱戦

「う、うわああー!」


 迫る巨体に警官は思わず発砲した。


 だが、巨体の主であるドランクは、その銃口の射線上を避け、接近。


 警官の胸元を掴み上げ、路面に叩きつけた。


「っは……」


 その強烈な痛みに警官はそのまま気を失った。


 それは残った警官も同様で、三体のドランクは、ほぼ同時に制圧を完了させた。


 違うとすれば、詩子に向かった一体だった。


 格闘映画のような打撃のやりとりが繰り広げられている。


「はっはー、すげえな。全部さばいていやがる」


 笑いながら拳を振るドランク。


「……」


 詩子は最小限の動作でそれを受け流し、対処していた。

 

 攻撃に転じたいところだが、スピードを重視した拳を振ってくるため、その隙がない。


 攻めへの苛立ちがあるうえに、ドランクはまだ三体いる。


「苦戦してんな」


「加勢するか?」


「大丈夫だ。ガキの方を頼む」


「了解」


 戦いながらドランクたちが会話すると、一体が跳躍。


 だんっ、と重量感のある着地で翔太の目の前に降り立った。


「いやあ翔太くん、久しぶり」


「ひ……」


 怯えながら見上げる翔太。


「!」


「おっと、姉ちゃんは俺の相手だ」


「邪魔はさせねえ」


「そのまま運動してな」


 攻撃は続き、翔太との間をさえぎるように、二体が並んだ。


 目の前のドランクを倒しても、もう二体を相手にしなければない。


 だがその間に、翔太はさらわれてしまう。


「うおおおおー!」

 

 叫びながら詩子は後方へ跳んだ。


 そして後ろ回りに路面を一回転して起き上がると、その手には警官のスピールがあった。


 左膝をつきながら構え、引き金をひく。


「ぐっ……」


「がっ……」


「あっ……」


「ぬっ……」


 四者それぞれ麻痺の魔法を撃たれ、その場に倒れ込む。


 とくに翔太の前にいるドランクは思いっきり後ろへ倒れた。


「翔太!」


「姉ちゃん!」


 お互い呼び合い駆け寄ろうした。


 だが、ドランクたちはそれを阻止した。


「うあ、うあわー」


 翔太の身体が宙を飛び、三体倒れているドランクの頭上で停まった。


「悪いな姉ちゃん」


「俺は人間、辞めたからよ」


「少々の魔法じゃ利かねえんだ」


 本来であれば一時間は動けないはずだが、ドランクはかけられた魔法を自力で解いていた。


 三体は仰向けになると、右腕を上げ、手の平を空中の翔太に向けた。


「あ……」


 すると翔太は意識を失い、ガクンと脱力して両手足をだらりと下げると、身体から半透明の翔太が現れた。


「お巡りさん、やっつけちまったからな」


「今度は探理官たんりかんがやってくる」


「あいつらプロだからな。戦うにはリスクがある」


 半透明の翔太は気化したように変化し、三つの右手に吸い込まれていく。


 それは間違いなく、翔太の魂だった。


「四方に散れば最低でも一体は逃げ切れるだろ」


 思いっきり後ろへ倒れていた一体も起き上がり、右手の平を翔太の身体に向けた。


「ダメ!」


 瞬間的に飛び出し、詩子は強烈な蹴りを放った。


「ぐっ……」


 首の骨が折れるのでないかと思われる一撃に、ドランクは大きく体勢を崩した。


 そして詩子が着地するのと同時に、吸い寄せていた翔太の魂が接触。


「……!」


 詩子の胸の中へ入るように納まった。


 空中にいた翔太の身体は静かに落下。


 ドランク三体が仰向けになって空いた路面に下りた。


 その様子はただ眠っているかのようだった。


「とことん邪魔してくれるな、姉ちゃん」


「とはいえ、どうする」


「俺らだけでも逃げるか?」


 その三体も話しながら起き上がる。


「ああ、そうした方がいいな」


 首元をさすりながら、蹴りをくらったドランクが言った。


「一番、必要なのはだからな」


「生きていれば、都合がいい程度だし」


「身体は姉ちゃんに任せるとするか」


 翔太の魂を持った三体を背中に、持たない一体は詩子に身体を向けた。


「もたもたしていると結界を張られる。俺が、おとりになるから行け」


「おう」


「あばよ」


「じゃあな」


 別れの言葉を言いながら魔力を溜め、三体は空へ飛び立とうとする。


「待ちなさい!」


 詩子は飛びかかろうとした。


 ────その瞬間。


 突然、世界は変化した。


 ビルや道路など、街にあるものが消え、まわりに広がるのはただ真っ暗な空間。


 境目といものが感じられず、空も大地もないが、立っている不思議な状態。


 肉眼で見えないはずだが、その姿ははっきりと分かった。


 いるのは詩子と三体のドランクだった。


「なんだ、結界か?」


「にしてはおかしい」


「あいつがいねえ」


 周囲をみまわしながら話し合う三体。


 これが魔法犯罪などを取り締まる探理官によるものなら、ドランク四体全員を捕らえるはずだが、そうなっていない。


 共通しているとすれば、翔太の魂を持っていること。


「姉ちゃん、何かやったのか?」


 一体に問われたが、詩子は警戒しながら首を横に振った。


 おそらく詩子が何らかの能力でも発動させたと考えたのだろうが、詩子にも心当たりはない。


 状況がつかめず途方に暮れる。


 すると、ドランクの一体がスッと消えた。


 どうした? と聞く間もなく、一体、また一体と消えていく。


 残るは詩子、ただ一人。


 その詩子も、身体がゆっくりと透けていき、その空間から完全に消えた。

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