第3話 覚醒

「離しなさい……」


 呟くように言いながら立つ詩子。


 頭から血を流し、ややうつむいて目元は見えない。


 意志の強さは感じられるが、正直なところそれ以上、動けるようには思えなかった。


「お姉ちゃんはそのままにしてていいぜ。翔太くんは俺が歴史的な存在に変えてやるからよ」


 構わず声をかけるドランク。


 どうせ何もできやしない。


 さっき、力の高まりを感じたが、それは詩子もそれなりのものを持っていたからにすぎない。


 仮に、そこから飛びかかってきたところで、非力なただの女子高生を相手にどうとでもできる。


 むしろ心配なのは周囲の人間。


 なんだなんだと、二十人近くの視線を感じる。


 下手をすれば通報され、警察なども来るだろう。


 その対処、逃走が面倒になるなと思っていた。


「離しなさい……」


「だから────」


「離せ!」


「!?」


 一瞬、訳が分からなくなかったドランク。


 左頬ひだりほほを殴られていた。


 見ると、それは詩子の右拳だった。

 

「うおおおおー!」


 詩子の叫び声。


 右脇、左腹に拳撃を打ち込まれ、さらに右太股の蹴りから下腹部への回し蹴りを受けて、ドランクは体勢を崩され、尻餅をつく格好になった。


 非力なはずの女子高生が大男を倒す。


 一見すると信じられない光景だった。


 だが、鍛えにくい部位への速さとキレがある攻撃が筋力の差を補い、それを可能ににしたのだ。


「やるじゃねえか、姉ちゃん」


 言いながら立ち上がるドランク。


 尻餅こそついたが、大きなダメージにはならず平然としている。


 詩子は左のスニーカーを脱ぎ捨て、ドランクの手が届かない位置まで離れ、構える。


 目は鋭く、肩にほどよい力が入り、攻撃も防御も瞬時に対応できる雰囲気があった。


 そのたたずまいはまさに武術の達人だった。


 翔太は詩子の後ろにまわって、隠れるようにしながらドランクを見ていた。


「さっきぶん投げたのがきっかけで、何か能力に目覚めちゃったかなー」


 頭を左右に倒して首を鳴らすドランク。


「しかも一つじゃねえ」


「……」


「時間があれば遊んでもよかったが、それはまた今度な!」


 言うのと同時に跳んで、ドランクは右拳を振った。


 素早くしゃがんで避ける詩子。


 それを見越した突き上げる左拳。


 詩子は両腕を十字にして自分の左方向へ受け流しながら、ドランクの左拳の勢いを加速させるように引き寄せ、懐に入って足を払った。


「ぐはっ」


 半回転する形で、ドランクは背中から路面に叩きつけられた。


 そのすきに詩子は翔太の手を引いて、ビルのそば、戦いに巻き込まれない位置へ移動させた。


「姉ちゃん……」


「……」


 怯える翔太だが、詩子はドランクから視線を離すことなく、その手を戦いに向けた。


「いってー、技のキレすげえな」


 言いながらゆっくりと起き上がるドランク。


「仕方ねえ、少し本気を出すか」


 あらためて詩子を見る。


 その詩子は頭から流れた血のあとを残したままだが、目には困難に立ち向かう炎があった。


「動くな!」


 ────不意に男の怒鳴り声がした。


 見ると制服姿の警官三人が拳銃を構えたまま、ドランクと詩子を包囲していた。


 通報を受け、出動したものだ。


 しかも、回転式拳銃のほか、一人は黒い樹脂製の、玩具おもちゃのような物を持っていた。


 これは玩具や偽物などではなく、スピール。


 実弾ではなく、魔法を撃つことができる銃である。


 場合を想定しての装備だと容易に推測できた。


「いやあ、参ったな。随分と早い登場じゃねえか」


 頭を搔きながら呟くドランク。


「両手を頭にのせろ!」


 スピールを持つ、リーダーとおぼしき警官が叫んだ。


「だが、ピンチはチャンスってな。よ、お巡りさん。そのスピールには麻痺の魔法が装填されてんのか?」


 ドランクは気にした様子もなく、その警官に訊いた。


「う、動くな!」


 動揺まじりの叫び声。


 銃を持ち、警官も訓練されているとはいえ、三人とも標準的な体型である。


 数では多くても、大柄なドランクを相手にしては返り討ちにされるのではと感じてしまう。


 変な汗が流れる。


「ま、いいか。どうとでもなる」


 そう言うと、ドランクの身体は突然、バランスボール大の球体になった。


 肉体だけでなく、衣服も込みである。


「!?」


 突然のことに一同、驚きをもって注目する。


 するとその球体は、容積を等分した四つのボールになって分かれた。


 ボールはみるみるうちに大きくなり、見覚えのある形になっていった。


「ふう、生まれ変わったぜ」


「ある意味な」


「それも四つ子だ」


「たのしみだな」


 そう言い合うドランクたち。


 そのボールからそれぞれドランクが現れた。


 体型、服装も一緒で、コピーしたようだった。


「どうだ、おもしれえだろう?」


 四人のドランクはニヤッと笑った。


「な、なに、な……」


 銃を構えたまま、人間の領域をこえた行いを見て、ガタガタと震えだす警官。


 しかも、一人でさえ脅威に感じていたのに、四人となって、数でも上回ってしまった。


「どうしたんだ、お巡りさん」


「顔色、悪いな」


「スピールも持ってるのに震えているぜ」


「せっかくだから、楽しもうや」


 言いながらウインクすると、ドランクたちは一斉に襲いかかった。

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