人生ソロプレイ

牧田ダイ

第1話

 先月、離婚した。

 会社員の彼と、フリーランスのイラストレーターとして働く私。

 色々なところが合わなくなっていった。

 決まった時間に働く彼と、仕事によって働く時間の変わる私。

 子供が欲しい彼と、仕事に集中したかった私。

 ご飯が好きな彼と、パンが好きな私。

 お互い好きなら気にならないと思っていた2人の違い。

 実際はそれらが2人の好きを弱めた。

 当時の2人の浅はかさに呆れを通り越して笑ってしまう。

 ストレスを溜め合う生活に、このままではお互いを嫌いになって終わってしまう。

 そうなる前にと2人で話し合い、離婚を決めた。

 お互い納得の上だし、円満離婚になるのだろうか。

 離婚が決まった時に、私はなんだかすっきりしていた。


 2人で住んでいた家に私が残り、彼が別の家に移ることになった。

 1人の生活が始まった。

 彼がいなくなり、彼の荷物が無くなり、広くなった部屋に最初は少し寂しさを感じたが、空いたスペースに好きな家具や雑貨を置いていくと、楽しさがそれを打ち消した。

 好きな時間に起きて、好きな時間に食べたいものを食べて、好きな時間に仕事をする。

 その時々の仕事の量に左右されたものの、誰にも気を遣わず、自分の好きに生きる生活は私の心に充足感を与えた。

 私には1人が合っていたのだ。


 1人になって半年が経ち、この生活にもすっかり馴染んだ。

 今日は画材を買いに行くと決めていたので、朝ご飯を食べてから出かける準備をして家をでた。

 私はイラストをアナログで描いている。デジタルの方が楽で速く仕上がるのだが、アナログの方が温かみのあるイラストができあがると私は感じている。実際にお客様からは、心が和むイラストという評価を多く頂いている。

 そのため、こうして画材を買いに行く必要が出てくるのだ。

 でも私は画材を購入するついでに、気になっていたカフェや雑貨屋さんも見ることにしているので、むしろ楽しみなことなのである。

 いつもの画材店で画材を購入し、店の近くにあるベンチでお昼を食べる場所を調べる。

 スマホを見ると、ゲームの通知が入っている。このゲームは農場を運営するシミュレーションゲームで、初めて1年ぐらいになる。

 アプリを開き、作物を収穫してまた新たに植える。

 ふとフレンドの欄を見てみると、元夫のアカウントのログイン履歴が2時間前になっている。

 まだ続けていたのかと驚いた。てっきり私がやっていたからプレイしていると思っていた。

 とんだ自惚れだなと笑ってアプリを閉じ、お昼を調べる。

 良さげなところを見つけ、そこに決めた時に急に声を掛けられた。

「久しぶり」

 元夫だった。

 突然のことに本当にびっくりした。

「あ、あぁ……、久し……ぶり」

「何してたの?」

「画材を……買いに」

「そうなんだ。じゃあ今からお昼?」

「そうだよ」

「もしよかったら……、一緒に行ってもいい?」


 私が選んだお店に元夫と2人でいる。

 正直1人で来たかったが、突然すぎてうまく断ることができず、OKしてしまった。

 それぞれ料理を選んで注文する。

 料理を待つ間に彼が聞いてくる。

「最近仕事はどう?」

「……まあまあ、かな」

 曖昧な返事を返す。

 その後料理が来ても、会話は彼の質問を私が曖昧に答えるというものだった。

 私も何か聞いてみようと思って考えたが、浮かばない。

 あぁ……、そうか……、私はもう彼に興味がないんだ。


 料理を食べ終わり、食後のコーヒーを飲むときに彼は表情を変え、

「話があるんだ」と言った。

 真剣な表情に戸惑いながら、

「何?」と聞き返す。

「実は……頼みがあって」

 彼はうつむき一呼吸おいてまた私の目を見て言った。

「また僕と暮らしてくれないか?」

 それを聞いた私はそんな予感を感じていたこともあり、冷静だった。

「どうして?」

「この半年、1人で暮らして、問題ないと思ってた。でも……、何かが足りなかった。うまく言えないけどそんな気持ちがずっとあったんだ。それで、何が足りないか考えてみたら、君がいない。やっぱり僕は君が好きで、そばにいてほしいって気づいたんだ。だから……、また僕と暮らして欲しいんだ」

 彼の表情はずっと真剣だ。全部本当に思ったことなのだろう。

 でも、私の心には響かない。

「そう……、でもそれは無理だわ」

 彼の表情が悲しみを帯びる。

「どうして……?」

「私は今の生活がすごく幸せで、何も足りないものなんてない。だからそれをあえて変えようなんて思わない」

「君が幸せに生きる邪魔はしない!君の意見を最大限に尊重するって約束する。ただ一緒に暮らしてくれるだけでいいんだ」

 彼は必死に頼み込んでくる。

「私を必要としてくれることはすごくうれしい。でもだめよ。第一あなたはそれでいいの?私に合わせて自分を抑え込んで。私だったら絶対に嫌。私は生きたい」

 彼の表情は歪んでいる。

「1人になってやっとわかったの。私には1人が合ってるって」

 コーヒーを飲んで伝票を手に取る。

「だからあなたとはもう暮らせない」

 彼の目を見て言い、席を立つ。

 彼の横を通る時に立ち止まり、

「ゲームでなら、都合が合えば付き合ってあげるわ」そう言ってレジへ向かい、お会計をして店を出た。

 彼が今どう思っているのか、どんな表情をしているのか、そんなことは私の頭には一切なかった。なぜなら彼はもう、私の人生には関係ないのだから。


 人生ってゲームと似てると思う。

 マルチプレイを好む人。ソロプレイにこだわる人。

 私はゲームでは、ソロプレイヤーにこだわろうとは思わない。

 でも、私の人生はソロプレイで充分だ。











 

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人生ソロプレイ 牧田ダイ @ta-keshima

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