紅、夕涼み、風に飛ばされて

いずも

第1話 メタセコイア並木を駆け抜ける

「なあ相棒。俺は本当にお前が相棒で良かったと思うよ」

 コードネーム”エル”は煙草の煙を吐き出すように呟く。


「おいおい、どういう風の吹き回しだ? ボスにこっ酷く叱られたのかい」

 コードネーム”アール”がおどけた様子で応える。


「そんなんじゃないさ。ただな、こうも長い間一緒にいるのに、感謝の言葉の一つもお前にはかけてこなかったと思い返してな」

「かーっ、むず痒いねぇ。お前と俺の仲じゃねぇか。今更そんな居住まいを正したところで何も変わりゃしねぇぞ」


「俺たちは初めて出会った時からいつも一緒だった。見た目も瓜二つで生き別れの双子じゃないかと、すぐに意気投合したんだよな」

「そうそう。背格好から何から何までそっくりでな。ホクロの位置までおんなじだったのにゃ流石に笑ったよな。ああ、こう思ったさ。『俺の相棒はこいつしかいない』ってな」


「二人に出来ないことなんてなかった。どんな仕事だってやり遂げた」

「ああ。ボスは何でもかんでも簡単に引き受け過ぎなのさ。割りを食うのは俺らだってのに」

 アールはやれやれと肩をすくめ、しかしすぐに周囲を見渡してボスの不在を確認する。

 こういう小心者なところも似ているんだよな、とエルは心の中でほくそ笑む。


 何かを察したかのように、アールはニヤリと口を緩ませる。


「ははーん、わかったぞ。さては次のターゲット、俺をおだてておいて自分の負担を軽くしようって魂胆だなぁ。おお、危ない危ない。あやうく騙されるところだったぜ。そうだろ、なぁ。……なぁ、そうだと言ってくれよ、相棒ぉ」

 エルの曇りゆく表情を見て語気が弱まっていく。


「……わかっちまうか」

「馬鹿だな。俺たち、どれだけ長い間一緒に居ると思ってんだよ」


「……次の仕事、俺が一人で請け負うことになりそうだ」

「はぁ!? なんだって!?」


「ボスがそう言ってた。お前が疲れ果てて夢の中にいた時に、はっきりと聞いちまったんだ」

「お、おいおい冗談きついぜ。お前が? 一人で? 俺がいなけりゃ何も出来ないのに?」


「アール、今のは言い過ぎだ。それはボスを侮辱するのと同じだ」

「いいやお前はわかっちゃいない。お前は……ああ、駄目だ。そうだな、お前ならわかるよな。俺がただ嫉妬の炎に包まれているだけだって」


「ふふ、そしてすぐに自分で気付いて反省するところもお前らしいな」

「……なぁ、次の仕事はそんなにヤバいのか?」

 アールの表情が真剣になる。

 それを見て、エルも居住まいを正す。


「わからない。だが、俺はボスを信じている。ボスは不可能なことは言わないはずだ。ただ……次の現場は、随分遠いらしい。いつ戻ってこられるか」

「そんなに遠いのか。……俺もボスを信じてるよ。お前を選んだなら、お前にしか出来ない仕事なんだろうな。だったら、応援するさ。なんたって相棒だからな」


「最高の、だろ」

「言うねぇ」


「おっと、ボスがお呼びだ。じゃあ、そろそろ行くぜ。別れの言葉は――やめとくか」

「ああ、ここでそんなしんみりしてたら本当に今生の別れになっちまう」


「じゃあちょっくら行ってくるわ」

「おう、またな。相棒」



------



「おい新人、この前言ったとおりに軍手は持ってきたか」

「はい!」


「じゃあここに被せな。トラックの燃料タンクはむき出しじゃ危険だからな。キャップに軍手を被せることで燃料漏れや汚れを防ぐんだ」

「了解っす!」

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