この僕にしあわせを
しんちゃん
第1話 この僕にしあわせを
舞い上がりたい気分だった。
僕の背中に翼があれば、風を切ってエベレストの頂上にだって行けてしまいそうだ。でも寒そうだからやめておこう。
「ごめんね、この科目の教書忘れちゃったんだ。見せて貰っていいかな?」
席替えの時に僕は神様にお祈りをする。
好きな女の子の隣になれます様に――確率自体はスマホゲームの最高レアを当てるよりは高い筈だ。でも……絶対に僕みたいな目立たない奴の隣にあの娘が座る訳なんて無いって、心の何処かで諦めていたのかもしれない。
「うん、勿論いいよ! どうぞ」
教科書を開いて、合わせた机の真ん中に置き、左右からそれぞれの手で支えながら内容を読む。たったそれだけの事が、相手が僕の好きな人というだけでこんなにもドキドキする。
まるで、教科書を通して手を繋いでいる様な感覚。ヤバいヤバイ! 顔が近い! くそっ……可愛すぎる……。
あんなに願っていた状況の筈なのに……。
ふぅわりと香るシャンプーの匂いに、ゴソゴソという身じろぎの度に触れる肘の感触に、壁に掛けられた時計を見る為に、何気なく視線を動かす度に眼に入る横顔に、ドキリとさせられる。
身が持たない! このままでは心臓の病気になって死んでしまう!
僕は悩んだ。
告白という単語がちらちらと頭に浮かぶ。
友達の何人かがその一大イベントに挑戦し、殆どの物は砕け散り、少数の勇者が偉業を為した。
成功すればバラ色だろう。
失敗すれば次の席替えまで地獄だろう。
期末テストを終えて、長期休みに入る直前がベストタイミングだろうか? しかしそれまで保つのだろうか?
「やっちゃったなぁ……机にプリント忘れちゃったよ」
言い訳をする様に呟いて、部活が終わった後に忘れ物を取りに教室へと戻る。ここ最近はずっと、あの娘の事で悩んでいて上の空だったかもしれない。しっかりしないとな。
夕焼けの赤い光が差し込む廊下を歩き、自分のクラスへと向かう。
しんと静まり返った学校の中は少し怖い。いつもは騒々しい程に賑わっているから、その静と動のギャップに心が違和感を訴えているのかもしれない。
教室のドアをスッと引く。
数年前に建て直されたばかりの校舎は綺麗で、小学校の時の立て付けの悪いドアとは違って音も無く開いていく。
「っ……」
喉が引き攣った様な息が漏れた。
あの娘がいた。
こちらに背を向ける様に立って、男と抱き合いながら唇を――
一瞬だけ男と目が合ったけれど、その瞬間に僕は廊下を駆けだしていた。
あいつは隣のクラスの……確かサッカー部の奴で……背中はともかくお尻にまで手を……クソッ! クソッ!
気付いたら自分の部屋のベッドで布団にくるまって僕は泣いていた。
喉の奥から熱い塊が次から次へとせり上がって来て……僕の顔から零れてくる。
何も――僕は何もしていないのだけれど、僕の恋が確かに終わったのだと自覚できるまで――僕はシーツを噛みしめながら声を押し殺して泣いた。
この僕にしあわせを しんちゃん @sunnosuke1981
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