第十八話 それぞれの戦いへ
「ようやくですか、ジェボールさん。早く戦いましょうよ」
王宮前でしばらく立っていたケルセウスは、ようやくその目にジェボールの姿を認めることができ、ものすごく喜んだ。いや、ものすごくなんて生半可な言葉じゃ言い表せないほど。
前夜から待っていたのだ。
「出てきてやったよ。で、平和に行こうz……」
ジェボールの言葉を遮って、ケルセウスは後ろに従えた数多くの配下たちに向けて、力強い声で命じた。いや、脅した、と言う方が的確かもしれない。
「戦いの始まりだ。今からお前らには、王子の手助けをする奴らを全て殺して欲しい。もし全員殺せなかったらみんなの首をもいで飾る。それが嫌なら続けーっ!」
ケルセウスの配下たちは数多けれど、皆共通して一つ、ぶるっと身震いした。そして、刀や剣や槍など、各々が各々の武器を構える。
王都側勢力も、カルデアとヴォレリアを中心に、それぞれの武器をいつ敵が襲いかかってきてもいいように構える。そして、足腰の姿勢を低く落とす。槍が中心である。
ジェボールは、何度もこう忠告した。
「間違えても、殺しまではするな。殺さぬように、痛みつけておいて、俺から注意を剃らせておいて欲しいんだ。殺すなよ」
その言葉の矛先となった一人の男が、真剣な目を作る。峰打ちだ、あくまで。だから、せめて相手の鎧をひっぺがす程度でいいか。幸い彼には剣技のうまさ以外にも、手先の器用さと言うもう一つの得意スキルがあるため、その辺の調整は、多分うまくいく。
うまいこと峰打ちで(精神的、社会的)ダメージは入るだろう。裸にしておけば、死なない程度にダメージは入る。
ケルセウスの望みは、多分ジェボール王子とのタイマン。つまり、それを崩せば敵の首謀者であるケルセウスから襲いかかってくるだろう。
なんとしても、力量の分からないケルセウスとの戦闘は避けたい。
「ああ、また昨日みたくなったな」
カルデアは、ジェボールとケルセウスが二人きりになった時、迎撃を続けながらヴォレリアを言葉で励まし続けた。
「さぁて、と」
「迎撃開始だああああああああああああああああああああああァ! かかって来いいいいいイイイイイィィィ!」
ヴォレリアとカルデアは、いささか獣じみた恐ろしい声で叫ぶと、剣をブンブン振り回した。相手は、多分自分たちよりかは雑魚だろう。だから、それなりに煽っておいても、別に問題はなかった。むしろ挑発しておいた方が、効果的に死なない程度にやれる。
カルデアの、《ベルナロク》が、敵のなんのこだわりのないようなみすぼらしい刀や槍や剣を物ともせずに攻撃を弾いていく。
ーーこの程度なら、死なない。
核心のある攻撃を続ける。ヴォレリアも、昨日よりかは早く調子を取り戻し、剣を回して相手を脅すように挑発する。挑発に乗ってしまった敵を、鎧を切るように器用に迎撃する。ーーを繰り返し、なんとかやっていった。
戦える。これなら、殺さずに、うまいこと。
ようやくこの戦い方が二人ともの板についてきた頃、棍棒を持った巨漢の男が、彼らの前に立ちはだかった。巨漢というよりも、筋肉で巨大になったような、という方が正確かもしれないか。まあそんな巨大な男が二人の前に立ちはだかった。
横幅だけでぴったし痩せた男の横並び二人分。かなり太い。
「お前ら、俺は彼の方のために邪魔になるような君たちを殺めるつもりなのだが、それでもいいかい。いいなら、潰すよ。駄目なら、戦うよ。本気で」
男は棍棒を振りかざしながら重々しく言った。今まさにいい終わり、カルデアの頭上に棍棒が落ちようとしている状態である。
ーーこいつ、ヤバい。
剣を持ち、男の腹にその剣のつかを突き刺す。ちょうど肋だったらしく、男は持っていた棍棒を思わずつるりと放し、真上にある彼の口は、血を吐いていた。
棍棒は、割と近くの方で、ドーンという轟音とともに、僅かな地ならしを起こして落ちた。
巨漢は、その様子を見て言った。
「俺はね、彼の方に殺すよう命じられたんだ。殺されるように命じられたわけでは、決してない。そのことを忘れんなよ」
「おお〜。
ヴォレリアは、いつ攻撃が来てもいいように、剣を構えながら精一杯巨漢の敵を煽った。煽ることで、相手を自らこちらへ仕向ける策略である。
予想通り敵は、その巨大な筋肉で強化された腕を、まるで先程の棍棒のように振りかざす。地面に当たると、その度にやや揺れを感じる。そして、強う風も周囲で巻き起こる。
「俺はね、俺一人の力でやれるんだよ。あんたらを殺すのなんて、本気だったら朝飯前、もうクッソ簡単なの。だからね、俺は今ここで君たち全員を一人で倒す」
じわり、と嫌な目つきで笑うと、男は棍棒をアリとあらゆる角度へ乱射し続ける。ど温度音という地響きが、集中力を乱す。
「お前、名前はなんだ」
ふと、何気なくカルデアが訊いた。
「名前? ーーすぐ死ぬのに教えるのか。厄介だなぁ」
「いいや、俺らがすぐ死ぬからこそ訊いておくんだ」
無論これは嘘だ。死ぬなんて考えていない。名を訊いておいて、ジェボールの記憶にある名であれば、ジェボールからお手柄お手柄とされるからだ。
「俺は、イグンサ。ーーこれで十分だろ」
イグンサ。覚えた、こいつはイグンサ。
カルデアはじろりといやらしい笑いを作った。ヴォレリアも味方だけど、流石に少し引いてしまった。
イグンサは、腕をブルンブルン回す。疲れたからなのだろうだが、かなり周りでは風が起こった。
★
ジェボールは、ケルセウスの目を静かに見つめた。ケルセウスの目も、しっかりとしたけんまくで、ジェボールを見下すように見ていた。
何もせずに、ただ、じっと。相手からかかってくるのを、双方は待っていた。相手からかかってこなければ、もうずっと待つだけである。ーーというのがジェボールの思惑である。
一方、相手がかかってきたら、自分の技でフルボッコにし、圧倒的な実力差を見せつけてやり、絶望感と劣等感その他もろもろの負の感情を与えさせる。ーーというのがケルセウスの思惑であった。
しかし、無論それは叶うはずがない。お互い仕掛ける気なんてさらさらないのだから。
「かかって来いよ。俺はひっじょ〜に退屈してんだ。お前の実力を見てみたいんだよな」
ジェボールはちゃらけた目でケルセウスの方を見て、独り言を呟くかのように喋った。ただもちろん独り言なんかではなく、ケルセウスに矛先の向いた、れっきとした「煽り台詞」である。さらに不敵な笑みと合わせることで、煽り度も上がるだろう。
ケルセウスも、負けじと独り言を言うかのように煽る。
「あああ。昨日晩ごはんを我慢してまであなたとの対面を待ったのにな〜。ジェボールさんはやっぱそこんところを理解してないようだな」
ジェボールの怒りの沸点は、マックスへと達してしまった。そして堪忍袋の緒がプチっと切れるイメージが流れた。
一瞬、怒りの表情が現れそうになったが、すぐに揉み消し、いい感じの笑顔を作った。
ジェボールはケルセウスへ歩み寄り、握手するように促すポーズを取ってみせた。
「これからは、僕らの二つの群は、仲良くいきませんか。殺したくはありません。戦禍を作らずに、戦をやめて、手を取り合いたいですよ」
「よ」と言った瞬間、ジェボールの瞳には怒りの炎が宿った。そして、手のひらを上に向け、
「電炎 出でよ」
と叫んだ。
雷が手のひらの上に生じ、その雷の力によって、炎が生成された。手のひらの炎を、にっくきケルセウスに向かって振りかざし、捨て台詞程度に話す。
「俺はね、殺したくはないんだ。あんたが敵だとしても、味方だとしても。でもな……」
よりケルセウスに炎を近づける。
「あんたの投げたナイフのせいで、うちの国民が一人死んだのを目撃した」
「それはあなたが避けたからじゃないんですか。僕はあなたに向かって投げたんです。それを避けて死んだ男へと導いたのは、あなたでしょう」
ケルセウスの着ていた黒衣が、バチっ、と火花を散らした。ジェボールがケルセウスに炎のある手のひらで触れたのだ。ケルセウスもろとも燃えるのを期待した。
「俺はな、だからこそお前を生贄にして肩をつけたいんだ。ーー言っている意味が、わかったか」
ジェボールは、死にゆくザマを見られるつもりでケルセウスに焦点を合わせ、しばらく観察した。黒衣はすっかり燃え、ケルセウスの姿もない。
嬉しかった。これであの時の恨みを晴らせる、と思うと。
ーーしかし、それはとっても甘かった。
ジェボールの方に、ナイフが飛んできた。右肩をさこうとするような、右上からのナイフ。咄嗟の判断で避け切れたが、なぜ?
ナイフが飛んできた方を見ると、ケルセウスが浮いて立っていた。先程ジェボールが生成した炎で焼いたはずの黒衣を身につけて。
「甘いね。あんたに、僕は殺せないかもよ」
その楽観的な言い方が、癪に触った。そしてすぐに、ナイフがまた飛んでくる。流石にこれは咄嗟の判断があっても避けられぬスピードで襲ってきた。
ーー俺は、死ぬんだ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
死を覚悟した、その時ーー
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