第十七話 犠牲者
ジェボールは自分の部屋に戻った直後、バァと大きなため息をついた。何度この部屋でため息をついたことだろうか。ただ、この部屋は考え事に大変向いている。
ベッドがあり、豪奢な装飾が各地に施されていて、派手だ。しかし、それがより一層自身を現実から隔離し、自己の世界への没入を楽なものへとしてくれている。
ーーあれか、尊厳死だぁ? 笑わせるなよ、ミネルバさん。
あれを尊厳死だとすると、どうしても自分が命を奪ってしまったことになってしまうのだ。ジェボールは、それがたまらなく嫌だった。
ジェボールはベッドの上に寝転んで、しばらくはぼんやりと天井のシャンデリアを見つめた。蝋燭の上に揺らいでいるようないい味を出して揺れる炎は、落ち着きを唯一彼に与えてくれるものだった。目の保養になる。
考えをさらに巡らすことにした。ジェボールは、人殺しになりたくはないのだ。たとえ明日あいつ、ケルセウスを殺したとしても、どこかで反乱が起き、さらにたくさんの犠牲が及んでしまう。
逆にもしも相手がジェボールを先に殺せた場合、そうしても、やはり王室支持者による反乱で敵側にたくさんの犠牲が及ぶ。
難しい問題だ。犠牲者は、現に確認した時点で敵味方合わせて三名くらい。三人の死体が、この王都に転がることになるのだ。それは気持ち悪いことこの上ない、普通の人は。
尊厳死なんかじゃない。あれは、ただの無意味な死だ。死んでもなんら誰かに影響がない、死。これが三名に共通している。
本当は殺したくなかった。カルデアとヴォレリアにも、本当は誰かを殺させたくなかった。それが、誰にも言えなかった、ジェボールの心の底から出た本音である。これ以上敵味方関係なしに、王都に死体を増やしたくはない。これは名誉ではなく、自分の心のためだ。殺してしまったと言う罪悪感に、一生押しつぶされてしまう、そんなのは嫌だ。
たとえあの男の命を奪ったのがケルセウスでも、こいつを殺める気にはならなかった。
シャンデリアの炎が、その迷いを察知したかのように一瞬だけ激しく揺れた。自分でも変だと思うけど、なぜだかシャンデリアにも共感された気がした。
ジェボールの悩みは、打ち明けたいけど、理解してくれるようなものはおそらく王宮内にはいないだろう。これが、たまらないくらいの喪失感を生み出してきやがった。
ただ、唯一この悩みを理解してくれるような、優しい(?)心の持ち主が、彼には心当たりがある。理解はしなくても、少なくとも聞いてはくれるだろう。
インデレ・ミネルバである。
ミネルバの部屋を探して、王子は自室を出て行った。
★
「ミネルバさん、聞いて欲しいんだ」
ミネルバの部屋を急に尋ねると、ミネルバは大変な驚きを見せた。ミネルバも自分の机で何やら真剣なことを考えているようである。
ミネルバは訊いた。
「どういうことよ、さっきの会議であなたは十分話したと思うんだけど。さらに話したいことがあるの? もしかして私にしかできないやましい話とか?」
しつこくまとわりつくミネルバを追い払うイメージを脳内でイメージしながらジェボールは冷静になって口を開いた。
「いや、あのさ。やっぱり戦う以外の方法もあるんじゃないのかな、て。そう思うんだよ」
「ないのよ。戦う以外の方法もあるかもしれないけど、その道のりはとてつもなく長い道のりになるでしょうよ」
「あともう一つ」
ジェボールは人差し指を立てて、つぶやいた。
「あんたはあの男が尊厳死だ尊厳死だ言ってるけどさ、あれは尊厳死なんかじゃない。ただの犠牲者だ。罪もない人間だからね」
その言葉に、ギクリとミネルバは揺れいだ。確かに尊厳死ではないかもしれない。でも、あれは尊い一つの命をこの王都のために捧げてくれたのだ。
自分の考えを曲げる気など、さらさらなかった。なのに、自分の考えを曲げたくなってしまう。
「確かに、あれは尊厳死ではなかったかもしれない。でも、あれは名誉ある死ではあったのよ」
「一緒じゃん」
ははは、と苦笑いしながら、ジェボールはつっこんだ。確かに、そうかもしれない。
現在も両者は、板挟みになって思惑は揺れ動いていた。両者は、双方の思いをわかりはじめたのである。より終わりづらくなってしまった。ジェボールに対してはお互いの意見を知りたかっただけなのに。
「私はね、尊厳死だった、という考え方をやめることにした。でも名誉ある死であったのは、変わらないわ、何度も言うけど」
ああこの人には伝わらない、と諦めて、ミネルバの部屋を出て行った。その背中には哀愁が少なからず多からず漂っているように、ミネルバは感じられた。
もう少し考え続けよう、と二人ともは共通して思った。
★
哀愁漂う背中で、ジェボールは自室に戻った。ベッドに寝転がり、再び考えようとした。だけど、眠気が襲ってくる。睡魔が、睡魔がヤバい。
いつの間にか無意識のうちに、ジェボールはベッドの上で目を閉じた。そして、じんわりやんわりと外界からシャットアウトされゆく。
いびきを描かずに、眠りに落ちる。
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