第十六話 戦う以外の方法
ーー俺が、もっとしっかりしてて、あの時、能力を発動させておいたらーー。
罪悪感が心に深い靄をかけてしまった。
★少し前★
「しょうがないと言えば、しょうがなかったわねーー」
気が重そうなくらい調子のミネルバの言葉が、耳に入った。いつになく真剣なムードだ。あの時よりも、数倍。
ジェボールは、立ち会った。
「あの男性は、残念ながら私の力を持ってしても心肺の蘇生があまりできませんでした。この言葉から、全てのことを察していただけましたら幸いです」
ジェボール含む面々は、神妙な面持ちを浮かべて、男が寝そべっているのを見つめた。その男は、腹にナイフが刺さっていたが、そのナイフは抜いてあった。
それでもなお、刺された場所からは、血が赤く白い衣服に染み込んでいることがわかった。ナイフはその付近に投げ捨てるように置いてあった。そのナイフの刃先にも、痛々しいこと極まりない赤黒い錆の匂いのする血がついていた。
ジェボールはその男の胸に触れた。ぶっちゃけこの世界には人体という概念がないのかもしろないし、人体という概念はあっても心臓という概念は存在しないかもしれない。ただ、
この男の胸からは、揺れを感じなかった。
ーーししし、死んでんのかよくそッ!
悔しさの量といったら甚だしいこと極まりない。俺のせいだ俺のせいだ俺のせいだなんでなんでなんでなんで。ふざけるな。
あの男は、死んでいた。心臓のような生命の中枢を担う器官が停止しているのは直感で感じられた。でも、彼が死んでいるなんていうことは想像したくなかった。だとしたら、明らかにジェボール自身が遠回しに殺してしまったようなものになるから。
涙が、出てきた。しかし、この涙は決してこの男の死を悼むようなものとは言い切れなかった。自身が殺してしまったという申し訳なさによる自責の念が生み出した、強制的に作られた涙なのである。
「死んでしまったのか、我らがナイフに気付いてさえいれば良かったんだが……」
「戦いに夢中であなたを狙ったナイフに気づかなかった、僕たちの責任です。王子の責任だとは、間違っても思わないでくださいね」
カルデアとヴォレリアも、涙を瞳に浮かべている。どうやら責任感に襲われたらしい。
ミネルバも、話し出した。
「あの方を救えなかったのは、私の責任です。そして、あのかたは尊厳死に値します。まぁ生きているよりいいことはないんですけどね」
その言葉を合図にしたか如く急に敵は退いていく。驚くほど静まり返る、戦場。
涙が、彼らを襲った。これらの話だと、みんなに責任があるということだ。みんなが自身の利のために、殺してしまったということになる。
でも、もし俺でもミネルバさんでもヴォレリアでもカルデアでもない奴が犯人だったとしたら。
ーー今回の首謀者だ。
あいつは、ナイフを持っていた。それに、人を殺すこともなんとも思っていないような目つきをしていた。現に初対面にして「明日殺す」と告げたのだ。
ケルセウス。あいつがあの男を殺した。
でも、殺し合いというやり方は、ジェボールは気に食わなかった。どちらか一方が、リーダーが死ぬことによってそのチームも芋づる式で皆殺しになってしまうからだ。憎いのは、ケルセウスだけなのに。
戦いを、望んでいなかった。戦う以外に恨みを晴らす方法があるだろうか。あれば、積極的に実践したい。
その要望を皆に伝える。
「とりあえず宮殿に戻りましょう。話したいことがあります」
王子の先導で、王宮内に戻る面々。
★
王宮内会議室。ここで、今日についての伝えをすることになる。
ジェボールは話し出した。
「俺は、戦う以外のやり方でしたいんです。これ以上、この国になんの罪もない死体を増やしたくないし、平和にしたい」
単刀直入どストレートに始まった会議。ジェボールの言葉に、会議に出席した人間は、驚きを隠し切れてはいなかった。ミネルバまでもが、驚いている。
カルデアが、表情を怒りにしながら、冷静な回しで挙手をした。
「でも、あいつらは殺すしかなかったんですよ。あなた、王子だって、私とヴォレリアが盗賊を数人殺したときは称賛のような行為をしてたじゃないですかっ……!」
「あれは仕方なく、だろ。でもね、さっきの男はね、襲い掛かろうとしていなかった。戦いの渦に巻き込まれただけの、ただのなんの罪もない群衆だよ。そういう奴の命は、人の手で奪うべき命ではないと思っている。異論はないかい」
カルデアどころか、皆が一斉にシーンと黙り込んだ。ジェボールの言っていることにも、確かに一理はある、あくまで一理はあると思ってしまったからだ。
カルデアの脳内では、今も反論の感情が渦巻いている。でも、なぜ言えなかったのかが、不思議で不思議でしょうがなかった。
ヴォレリアも、立ち上がった。
「確かに王子のおっしゃる通りだと思います。なんの罪もない人間は老衰か病魔で死ぬべきで、時間いっぱい生きるべきでしょ。これ以上戦ったら、なんの罪もない市民だけでなく、僕ら王子側の人間だって死んでしまうかもしれないんですよ。嫌です、そんなの」
ジェボールとヴォレリアはアイコンタクトをした。
お互いの目は、うるうるとしていた。
ーー俺がもっとしっかりしてて、あの時、能力を発動させておいたらーー。
後悔の念と自責の念という対局戦場にある二つの感情が、心に襲いかかってきた。心に、黒い暗いもやがじんわりとかかっていくような感触。お世辞にも、いい気持ちはしなかった。
「もう発言はないんですか、なら私が言いたいです。あの男は、何度も私がいう通り尊厳死に値します。王室の重要因子である王子を守り、己をその命を絶やすくらいでした。王室にとって、名誉ある死と言うことが言えるでしょう」
ミネルバの同じ主張。今回だけは、とてもじゃないけど納得がいくようなものではなかった。
ジェボールはそっぽを向いて部屋を出た。
「おっ、王子……」
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