第九話 どんな声明を出すべきか
「王子。どのようにあらせられるんでしょうか」
「何があったかだけだ」
きりりと答える。すると、家臣のような方々は、ジェボールの方の道を、皆揃ってすらりと開けてくれたのだ。
ジェボールは彼らに浅く軽いお辞儀を返し、騒ぎの震源地へと足を進めていく。震源地へと近づけば近づくほど、災難が原因の喧騒はより耳障りになっていく。
「どんな災難があるんだい、ミネルバさん」
ジェボールは尋ねてみた。
「はははははははははははははははは、はい、王子。部屋を開けますね」
部屋の前を守るかのように立ちはだかっていた女性召使いが、ビクビクと怖気付いているかのように答え、そっと手にドアノブを掴んだ。
ジェボールは、彼女の手首を掴んで、ドアノブから離させた。
「俺が開ける」
女性はゆっくりドアノブから遠ざかった。
ジェボールは、深呼吸をしてみせた。緊張している。何か、国の大事に関わることを、するということになるのである。その責任感からか、ドアノブを掴もうにも掴めなかった。
ふー、スー、スー、スー。
ゆっくりと、時間をかけて、緊張をほぐすために、呼吸を整える。周りにいた人々も、緊張感が写ったからなのか、じっと王子の方を真剣な目で見つめている。
ゆっくりと、ドアを開ける。
部屋の中で、ミネルバは、非常にゆったりしていた。安楽椅子に腰掛けていて、まるで、何事もどんとこい、いうような感じで。
「ミネルバさん、どうしてそんなにゆったりしてんだよ。ねぇ、俺だよ。教えてよ」
「あら、王子。ーー教えてということについてなんだけれど、これについては私だけで対処させていただきたい。これはね、政道をうまく理解していないあなたを思ってのことなのよ」
ミネルバは、安楽椅子から立ち上がり、そっとドアの近くにいるジェボールの方へと歩み寄った。そして、耳元で囁く。
「今から私の言うことについて、あなたは決して驚かない。冷静に対処する。いいわね」
ジェボールは、その陰鬱な言い方に、おじけづいた。これから、ミネルバが、国家を揺るがすほどの重要なことを語らんとしているのは、言うまでもなくすぐ分かった。
ミネルバの、鋭い目。これは、いつもは目にすることができないものである。
「実はね、この王都の統括下にあるテイントス村の住居が盗難被害にあったの。金銭や食料を、目にある限り奪い尽くした。ーーそんなことが、見えた」
「見えた。てことは、もう起こってたってことだろ」
その反応に、ミネルバはいささか怪訝そんな表情を返した。そして、そんな顔のまま頷く。
「あああ。つまんない。正解よ。ビビるなとは言ったけど、本当にビビんないなんてさ。あっちには、熱湯風呂というのがあるんでしょう。」
「関係ねぇだろ、で、続き」
ミネルバはそう焦るなと言うように、ぐいぐい踏み込もうとするジェボールを、そっと長い手で制した。
ミネルバは彼の表情を窺う。
ーー大丈夫そうね、話して。
再び口を動かしだす。
「もともとテインスト村にはこのような盗賊被害が多発していた地域だった。しかし、なぜ今日になって話題になったか。ーー王都を、襲うと言う狼煙を、確認できる最後の襲撃にて言い放っている。そのことを考えて私が部屋に閉じこもっていたら、みんな察したみたいね。フフフ」
「てことゎ、知ってんだな、おもての騒ぎを」
じっくりとジェボールはつぶやいた。
ジェボールは、ミネルバに近づいて、言った。
「俺に詳しい話を聞かせてくれ。狼煙ってこたぁ、助けってこともあり得るだろう」
しかし、ミネルバは顔を顰めた。そして、顔の前で手をひらひらとうちわのように仰いでみせた。ここから察するに、どうやらジェボールに呆れているようである。
ミネルバは少し考え込んだ。言うべきか、言うべきではないか。
彼は、熱い目をしている。
彼女は、決めた。
「いいわ。で、あんたの言ったこと。これはね、狼煙を見られる守衛の言ったことです。文字にできたのよ。助けではない、これは脅迫。王政に向けた」
真剣な表情を一切歪めずに、ミネルバは脅すように言った。
「分かったよ、俺、国民に伝えるから。今何が起きているかって言うことを」
「ちょーっと待った」
ミネルバはジェボールの意見を言うのを遮った。
ジェボールは、不服そうな表情でミネルバを睨みつけた。
「いつここへ襲いかかるかって言うのは、まだわからない。だからね、まだ国民には伏せておきたいのよ。混乱させても、なんの出しにもならない」
ジェボールは、自然と納得してしまった。でも、認めたくない。こんなに俺が張り切っているのに、それを他人に止められるなんて、それは嫌なのだ。前世から幸福にも受け継いだと思われるプライドが、今は不幸なものとして立ちはだかってきやがる。まるで予想外だ。
ジェボールの心は、激しく揺らいだ。ミネルバの言うことには、説得力がある。話しただけで、人をそのような行動へと導かせる話術がある。もしかしたら、この人に言われたら、守衛の人は、俺を殺したりもしてしまうのではないか。ミステリアスで、掴みどころがない。強いようにも見えるし、か弱いようにも見えるのだ。彼女の纏うオーラにはそれと言った厳密な概念なんていうものは存在せず、煙のように見えたり見えなかったりする。不思議な人だ。
従わなければいけないのが、悔しい。あっちでは従わずに良かったのに、こっちでは絶対的とある種のものに従わなければならないのが、悔しい。
でも、今は従うしかないのである。
「分かったよ。でもさ、やっぱ『予想外の事態』、があるってのは否めねえじゃん。だからさ、対策だけでも、俺はさせたいんだよね」
「うーん、確かにそれもそうよね……」
腕を組む二人。
「そうだ! やらなきゃ」
二人は拳を握る。
ミネルバは、張り切って言った。
「では、対策を立てましょう。王子の言うことだと聞いたら、皆動くでしょう」
「おー」
ジェボールも、その波に乗ってみた。
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