第七話 チート覚醒
「あ〜、終わった」
ジェボールは会議室に一礼した直後、人格を入れ替えた。そして、開放感とともに、ミネルバが来るのを待った。
待ちだしてから数分後、ミネルバは会議室のドアから出てきた。
「ふぅ、今のあなた、良かったわよ。あのカルデアを打ち負かしてしまうなんて」
「あのカルデア?」
ジェボールが分からなかったのは何故カルデアの頭に“あの”という言葉を意味深につけたのか、ということである。
ミネルバはさっきの表情から一変させて、優しい無邪気な顔を見せた。
ーーああやっぱ。俺みたいな人って、他にもいるんだな。
何故だか理由はわからないけど、急に安心したような感じに包まれてしまった。自分だけじゃない、ということに安心したのだろうか。
ジェボールはゆっくりと呟いた。
「ふぅぅ、よかった。早く終わってくれて」
「どういう意味よ」
その呟きに、隣にいたミネルバは、興味津々そうな言い方で反応した。ジェボールは、少し口角が上がるかのような感覚を覚えた。
異世界に来て、初めて感じる、この温かい感覚。
「あ、そうそう。言い忘れていたことがあったわ。この後、中庭に来なさい」
急に会議中の表情に戻ったミネルバ。これは何か直感的に、重要なことを言わんとしているのではないか、と思った。
ミネルバは唇の前に人差し指をかざして、何かの怪しい呪文のようなものを静かに唱えている。
ーーふぅん、なんでだろ。
ジェボールは不思議そうな面持ちを浮かべながらも、ミネルバの後についていく。ついていくと、とてつもなく疲れる感じがする。キツい。
つまり、それが意味することは、「王宮内は恐ろしいくらい広くなっている」ということだ。
「おい、まだかよ」
「なあに、案内も兼ねているのよ。
なんか、うざい。それもそのはずであろうか、ミネルバは、うざがられるように意識した言い方をしているようである。
「中庭は、ここよ」
会議室からかなり歩いたところに、きれいに装飾された中庭があった。中庭、といえども決して小さなものではなく、木々がそれなりにたくさんあった。面積も生前に住んでいたアパートの部屋と同じぐらいの広さがあるようにも感じられる。そして、その木々は、あまり軽んじられてはいないようである。それらはひと枝ひと枝丁寧に剪定されていた。
「狭いけど、なんか解放された気分だな」
「そうね。でも、もっとスカッとさせてあげる。そうね、言葉で言うと難しいけど、火炎と電雷の魔術を与えたの」
「チート能力、ってやつね、俗にいう」
そうね、と軽く頷いてから、ミネルバはジェボールに近づいた。そして、ジェボールの額にそっと手のひらで触れる。
ーーこれなら、被害を出さずに具現化させられることができる。
「いいわよ」
ミネルバは言った。続けて、教えるかのように、彼の耳元で囁いた。
「右手をかざして、こう言いなさい。『電炎 出でよ』って叫びなさい」
「電炎 出でよ」
言われるがままに右手を大きくかざし、言われるがままに呪文を唱えてみる。するとーー、
「は、すげぇ」
見事にこの二人の目の前に雷が現れた。と思うと、その雷が地面に突き刺さり、あっという間に火花が散る。そして瞬く間に、小さな火花が巨大な炎へと変貌を遂げた。
その炎が、そのままの勢いで燃え広がっていく。
「危ない、焼けちゃう」
「大丈夫よ。氷蓮華!」
ミネルバが呪文を唱えると、すぐに雪が出現した。そしてその雪が氷の塊になり、巨大な花のような形を作る。そのまま大きくなり続ける。
大きくなり続けた氷の花が、炎に対して溶けずに、耐え忍ぶ。それどころか、氷の花はなおも大きくなり続け、一方で炎は小さくなっている。そしてその勢いで、炎がポン! とキレの良い音を立てて消えた。
「簡易的な消火活動よ」
ーーす、すげえ。
恐ろしいパワーで炎を消してしまったミネルバを見て、ジェボールは恐ろしさに言葉を飲み込んだ。炎の威力さえすごかったのに、それを相性の悪い氷で消してしまうミネルバの力の恐ろしさに。
「私が与えた力だから、あなたの現時点での力は私より弱いか、私と同等くらいの強さを持つ。だから、あれは当然の結果だったのよ」
ミネルバとしては謙遜したつもりなのであろうが、ジェボールにとっては彼女が鼻を高くしているかのように見えた。
「すげぇな。俺って」
「ええ、すごいのよ。だからさっきので
言いながら、ミネルバは手のひらを上に向けた。そしてその手のひらから、竜のようなトカゲのような、謎の生物が出てきた。
「キメラ、っていうのよ。キメラに勝てたら今日の公務はおしまい」
そう言い終わるのと同時に、手のひらにいたキメラが動きだした。
ーーひゃーやだよ。怖いよ。
そうこうしている間にも、キメラは小さい足を懸命に動かしながらジェボールの元へ静かに歩み寄ってくる。
もうがむしゃらに、
「電炎 出でよ」
と叫ぶ。
すると、幻さながらに幻想的な美しさを持つ雷が手の上から出現した。危険だけど、美しい感じがする。
雷は炎へと変貌しゆく。そして、周りにあるものをどんどん焼いてゆく。火災が起こったようである。炎は広がり、キメラの居場所ばかりか、その四方にさえ広がりゆく。
キメラの逃げ場所は失われる。炎の渦が、キメラの体の周りでじわじわと渦を巻き続ける。キメラの行動を奪うように。
「これが、俺のーー」
恐ろしい光景なのに、なぜだかわからないけれども魅了された。
「私ね、あなたのことがーー」
「えっ、なになに」
何かを思い出したかのように静かに言い出そうとしたミネルバの話に、興味津々に首を突っ込もうとするジェボール。
ジェボールは、ああいう話を期待していた。
「なんでもない」
ミネルバは恥ずかしそうに叫んだ。
キメラは、すっかり焦げて焼け死んでいるようであった。死体は暑そうにまだ煙を出している。
キメラの体に、ジェボールはそっと触れた。
「いいのかな、俺の能力のためだけになんの罪もない動物を殺してしまうなんて、いいのかなぁ」
「私は蘇生することもできるけど、あなたの成長の結晶よ。持っといてみたら」
次の瞬間、なぜかジェボールは人類の限界の高さを超えるくらい飛び上がった。そのせいで、頭を中庭天井のガラス板に向かって思いっきり頭を強打してしまった。
降りてくるジェボール。頭には、漫画でしかみたことがないような、巨大なたんこぶがちょこんと静かに主張をしている。
「アチっ、痛ぁ、アチ、アチ、いってー」
ジェボールは手を摩り、頭のコブを優しく撫でた。
その様子を見て、ミネルバはウフフ、と声に出して笑い出した。
しかし、このあと恐ろしい事態が起こることを、彼らはまだ知らない。知らなかったのかは定かではない。
少なくとも、ミネルバは知っていたのかもしれない。彼女はー一瞬だけ表情をこわばらせたから。
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