第六話 初体験本格的王室的任務

「王子、今日は会議にご出席いただきましてありがとうございます。私が議長を務めます、カントルニア・ヴォレリアです。よろしくお願いします」


 ちょうどジェボールの左前の席に座っていた男性が、立ち上がって丁寧に自己紹介した。こちらは先程の彼よりかはジェボールにとって好印象なオーラを纏っている。

 ヴォレリアは王子と自然と目を合わせた。ふと急に、優しい笑みを向けてきた。


 ーーヴォレリア、やっぱ良い人だわ。


 ヴォレリアに感心しつつも、ジェボールは会議に出ている面々を確認した。ほとんどが男で、厳しい眼差し。そして、知らない人ばかり。つまりこの現状から判断すると、まだしばらくこの生活には馴染むことができないだろう。なんでさっきウキウキしたんだろう、と不思議になった。多分みんな心も厳しいわ。そうジェボールは確信した。

 少なくてもヴォレリアだけは良い人のようである。それは、直感ではなく、ジェボールの前世寄りの審美眼がそう判断した。しかし、その他は皆怒っているような顔をしている。怒らせたら、いけなさそうだ。


「それでは本日の会議の面々を紹介させていただきます。まず先程も言いました通り議長は私カントルニア・ヴォレリアです。そして、主導権を握るのはジェボール王子です」


 急に自分の名前を呼ばれて、ジェボールは軽く混乱した。何をすれば良いか分からず、ただひたすら「こんにちはこんにちはこんにちはこんにちは……」と呪文のように呟きながらお辞儀をたくさんしてしまった。

 しかし戸惑っている間にも、今日の会議の面々は紹介がされていく。


「続いて風水鑑定士のインデレ・ミネルバさんです」


 ーーふぅん。ミネルバさんも今回の会議に来ているんだぁ。


 静かに感心する。


「そちらにいるのは、王室護衛人のカルテア・ジェームズです。王子の隣の、あの背の高い人」


 奴だ。カルデア・ジェームズというのが、あいつの名前である。

 カルテアは、まるで人格を入れ替えたかのように、丁寧に会議場を見回し、ゆっくり一礼している。


 ーーすげーな。


「王子の席の反対側の方々は、王室会議記録隊の方々です。本日の会議の結果を、この後も詳しく吟味してくれます」


 ヴォレリアの紹介が終わったらしい、と反射的に彼は察した。ヴォレリアが息を整えているかのような仕草を見せる。ジェボールは何故か気が楽になる。

 しかし、その直後に楽な気持ちはぶち壊される。何故なら、隣から低い声が何かいう声が聞こえてきたからだ。

 よく耳を澄まして聞いてみる。


「カルデアより言わせていただきます。民たちの集落はもとより、こちら王都への盗賊の襲撃が増加しています。民たちの集落の盗賊は倒さなくても良いんですよ、支援さえできれば。でも、政治の中枢を担う王都にまで勢力を拡大されると、こちら側も理解し難い事態になってきます。その点について王子はどのように思われますか」


 ーーくぅぅ長い。


 堅苦しいというイメージを投影して正解だったような人柄である。わざわざ具体例まで上げてしまう、完璧主義。そういう感じだ。

 しかし、ジェボールにはもう一つの問題があった。


 ーーどういうことだ、盗賊被害ってのは。


 まずそれが理解できないのだ。いったいこれはどういうことなのか。


 ーークソ、逆行転生トレースってのはぁ、うざってえなぁ。


 まぁ良いや。とりあえず自分の意見を主張してみなきゃ、状況は変わらない。まずは動いてみることにしたジェボールは、いきなり、


「僕は、相応の支援さえできれば、王都の盗賊はそうやけになって制圧する必要はない、というふうに思っているんですけど、どうですか」


「支援さえできれば……か。いつもの王子なら、『盗賊を皆殺しにしてやる』と答えますよね。私はその意見に賛成なんですが、更生しちゃったんですか」


 そう言うカルテアは心底残念そうな顔を作ってみせた。

 カルデアの愚痴に近い小言は続く。


「はぁ。いくら相手も生きているからって、殺さないんですか。盗賊達やつらのせいで飢餓が起きて失われる命があれば、私はすぐ殺すんですが」


 生前のジェボールはものすごく暴力的な人だったらしい。そしてその暴力的思想が、カルテアとは見事に意気投合できたようである。

 でもやはりその考えは、今のジェボールにとっては賛成し難いものだった。

 カルデアはジェボールの葛藤をも知らず、なおも述べ続ける。


「王家の人々の仕事は、国をより良くすることです。暮らしやすく、貧民も富豪も皆それぞれ幸せを得ることができる。そういう王都では、最近の被害では店の襲撃が深刻なんですよ。そういうので支援が成り立つんですか」


 その表情はもはや切実なものと言っていまっても良かった。王子の理解を嫌でも募ろうという恐ろしい面持ちだった。そして彼が言っていることも事実だった。


 ーーどうしよう。


 ちらり、とジェボールはミネルバの方へと目をやった。ミネルバは無表情で、何か考えているように見えた。占い師みたいな、謎めいたオーラを纏っている。

 ふと、それを察したかのようにミネルバが静かに挙手をした。


「私は、盗賊が全てが全て悪者なのかという疑問を持っております。その疑問に答えられるようになってから、盗賊達みんなを倒すと確定させてください」


 ぎくっ、というような驚きを見せるカルデア。


「いやっ、私は盗賊はみんな悪者だと思うんです」


「でも、相手の境遇すら知らず盗賊という名の下にいるのみのものを王族の独断と偏見のみの理由で殺してしまったらどうするんでしょうか。私は、天に向かって『カルデア・ジェームズの指示であなた達を……』と祈ることでしょう」


 カルデアの言葉が止まる。

 ミネルバの方に再び目をやるジェボール。そこでジェボールは、ミネルバの奇妙な動きを見た。


「僕は、盗賊みんなを殺害したくはありません」


 そのままの本音を吐いた。


「ね、王子もそう言っているでしょう。だから、現時点では盗賊を大虐殺しないものとしたいと思います。いいですね」


 ミネルバの迫力ある言い方に、カルデアは気圧されたようである。ただ何も言わず、頷いた。


「ということで、本日の会議は終わりです。ありがとうございます」


 ヴォレリアは静かに会議を締めくくった。


 


 

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