第5話
「ちょっと!どういう事よ!!」
突然、次の授業の移動中荒げた声を掛けてきたのはセリーナ・コロン。ピンクのゆるふわな髪は肩に掛かるくらいに整えられ、水色の瞳は怒りに揺れていた。
「え…と、何かしら?」
怒りの理由はさっぱり分からない。
彼女は何を怒っているの?
「何、じゃ無いのよ!どういう事なの!?最近、カイン様と放課後デートしているんですってね!?」
それが何だというのかしら?
カインとマリーナは、婚約者同士だ。その二人が余暇や放課後をどう過ごしていようと、セリーナには一切関わりの無いことで、それを避難する意図がわからない。
マリーナはカインに好意を抱いているし、最近のカインはやたらとスキンシップも増えて「好きだよ」「俺には君だけだ」何て囁きをして、マリーナを動揺の荒波に放り込んでくれる。
良好な婚約者同士の交際関係。それの何処が問題だというのか。
「それが何か?」
本当に、『意味がわからない』と、首を傾げ返事をすれば、セリーナは目の端を吊り上げて怒鳴りだした。
「何が、じゃ無いって言ってるの!!いい!?私はこの世界の
そう叫んだセリーナは、マリーナをドンッと突き飛ばし、駆け去って行った。
押された拍子に少しばかりよろけたものの、特に転んだりすることは無かった。一体、彼女の今のあれは何だったのかと、その場に居合わせたクラスメイトは顔をしかめていた。
「何なの?あの子……。エヴァーソン嬢、あんなの気にしてはダメよ?」
「本当に!あの人の言動は理解に苦しみますわ!!」
それほど親しくも無い、令嬢達もマリーナを気使って励ます。普段、貴族の常識やマナーの欠如が目立つセリーナだったが、その辺りは、突然市井の生活から貴族に転身しこの学園に放り込まれた経緯を鑑みて、大目に見てやるにしても、編入からの期間はとうに一年を過ぎ、卒業への日取りも近ずぎつつあった。
それなのに、『下位の身分の者から上位の身分の者に話しかけてはならない』と言う、貴族の常識に則った作法を破る愚を侵し、あまつさえその婚約者との逢瀬に難癖を付けるとは、非常識も良いところだった。
昼食時、今日の午前中の出来事は既に学園中に噂で広がり、事の次第を確認したいと高等部の生徒会長を務めるこの国の第一王子アランドレと生徒会のメンバーと共にしていた。
マリーナの正面には婚約者のカインが座り、その右隣には金髪碧眼のジュリアス・スペルブルグ・エイル王子。その隣には赤い髪と青い瞳のオスカーが座る。其々の向かいの席には各々の婚約者が座り、周囲から見たら高位貴族の集まりで、ここだけ別世界のようで圧巻に見えることだろう。
「コロン嬢に、言い掛かりを付けられたんだって?」
食事も一段落の所で、向かいに座るカイン様と隣り合わせのジュリアス殿下が食後の紅茶を片手に『災難だったな』と言わんばかりの顔つきで訊ねてきた。
「ええ、そうですわ。昼休みや余暇の時間、放課後などにカイン様と過ごすことが気に入らないのか、難癖をつけられました。なんだかよくわかりませんが、コロン嬢は『この世界の
「『この世界の
セリーナの言葉を伝えると、カインもジュリアスもオスカーも顔を顰める。
「なんだか不可解な言葉ですわね。いち下位貴族、男爵家の出自如きがこの世界の
『馬鹿なの?』と、ツンと澄まし顔で切り捨てる言い方をするのは、第一王子の婚約者ローゼリア・スピリッツァー公爵令嬢。金色の巻髪に翡翠の様な翠の瞳。目の端がキリリと釣り上がり、表情を載せなければ一見すると不機嫌そのもの。赤や青といった原色系がよく似合う華やかな美少女である。
「盲言……確かに、自分が物語の
「言葉の通用しないかもしれない相手として、色々想定しておいた方がいいんじゃないか?特にオスカー、貴方そう言うの苦手でしょう?」
顎に手を当てて思案するのはオスカーで、その向かいに座るのは従姉妹の騎士科専攻シャルロッテ様。薄い金色の髪を肩口に結わえていらっしゃる。薄い水色の瞳が細められると、獲物を狙う女豹の様に見え、しなやかな四肢の動きと剣技の腕前から戦女神に例えられることもしばしば。
「極力そういう者の相手をしなければ良いとは思うが……。学園に通っている手前、そうもいかないか。なるべく直接二人きりにならないとか、婚約者や友人を常にそばに置くとか考えられる自衛策は講じた方が良いだろうな」
「そうだな。……そう言うことだから、ローゼリア。今日から王宮に向かう馬車は同伴にしよう」
オスカーの方を見ていたジュリアスが思い付いたとばかりの表情でローゼリアの方を見て言う。
その言葉に、ボッと火がつかんばかりに顔を赤くしたのは話し掛けられたローゼリア当人で。
「……えっ?が、学園の外でもその様になさるのですか!?」
「同じ場所に向かうわけだし、学園との往復は一緒の方が良いだろ?あんまり離れてると咄嗟の時にボロが出る。良いな?」
「……はい、承知しました」
俯いて、弱々しげに答える姿に「ふっ…」とジュリアスが小さく息を吐いた。
昼食時の会話で凡その方針は決まった。今日、学園を休んでいたレティーナ・シュタインとカシウス・ライベルトにも後でその様に伝えるとの事で解散となった。
その後も何度かセリーナに絡まれもしたが、カインとマリーナの間に溝が生まれることは無かった。
「もう直ぐ卒業式ですね」
マリーナとカインはジュリアス達よりニ歳年上で今年卒業になる。
卒業後カインは国の内政に携わるべく王城での勤務となり、マリーナも王立図書館に勤務が決まっていた。
卒業を目前に控え、残り少ない学生時代の余暇を中庭のベンチで二人並んで過ごすある日の会話。
「あぁ、そうだな」
「卒業後は、内務部勤務ですか?」
「そうなる。昼休みもマリーの所とは時間も違うな。出退勤時間も違うし……早めに結婚しよう。それで、卒業後は一緒に暮らさないか?」
そっと頬に添えられるカインの長い指の腹が頬をなぞり、向けられた視線から目を反らせずにいる。
出退勤も、休憩時間もかち合わない他部門。そうなると、カインが仕事に出る前の早朝の時間か、退勤してからの夕刻以降の交流時間になる。今まで以上に接する時間が減り、交流も希薄に成りかねない。そうなる事を危惧しての提案だろう。
「……カイン様は、そう望まれるのですね?」
「君は望んでくれないのか?ツレない婚約者だ。拒絶されたら私は君を縛り付けてでも傍らに置きたくなる」
キラリ、光るカインの瞳にはギラギラとした熱が籠もり、マリーナの膝に置かれていた手をそっと掴むとその手の甲に口付けを落とした。
反対の手はマリーナの背の方に周り、抱込まれるようにカインの胸の中に押し込まれる。
「カイン様……」
「マリーナ、卒業したら一緒に暮らそう。離れないように、何時も会えるように……良いね?」
乞う様な声は掠れて僅かに震える。もしも断っても、きっとカインならばマリーナを自身の屋敷に連れ去るくらいはするだろう。
そんなことが易易と想像出来てしまう位、今のカインの瞳は危険を孕んだ熱が籠もっている。
耳元で囁かれる低い掠れ声も、吹きかかる熱い吐息も。熱の宿る薄紫の瞳もマリーナを捉えるには充分だった。
「はい……卒業したら、一緒に暮らします」
そう答えた瞬間のカインの瞳が甘く蕩けそうな程の目に変わり、二人はそっと重なるような口付けを交わした。
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