第2話
王立学園に通いだして、半年。
あいも変わらず婚約者との交流は月に2回、2週間に一度のペースで行われる。夜会などの前には、その都度顔を合わせるのみ。
会話が弾むことも、甘い視線を向けられることも無く、淡々と過す日々で。
慣れてしまった……と言うのは語弊が有るけれど、事ある毎にへし折られる私のふわふわした期待は、今や完全に一つも無い状態で。
「今日は、何の本を読んでるんだ?」
「………っ!?」
カチャッ…。
2週間に一度その二人きりの読書タイム。その後、お茶をして解散がほぼ定番の婚約者の逢瀬。
突然投げかけられた質問に、思わず動揺したのは許してほしい。
今まで、読んでいた本の感想なんて一度も聞かれたことが無かったのに、どうしてそんな事を聞くのか、不思議で仕方が無かった。
「あ、え…と。お、お恥ずかしながら、恋物語でして……」
「恋物語……?女性はそう言った物語を好むのか?」
「そ、そう…ですね。私は好きです。自分じゃない自分になれる気がして、知らない世界を探検できたり、共感したり感動したり色々出来るから……」
……は、恥ずかしい。何で今更、こんな会話になっているのか、誰か教えて!!
「違う自分か……。他には?最近はどういった本を読んでいる?」
「お菓子作りを少し……。孤児院の寄付にと、子供達にあげる分の参考に…」
「お菓子を作るのか?マリーナ嬢がか?」
「ええ。はい。お恥ずかしながら少々」
「ふ〜ん。意外だな……」
「………!!」
え、わ、笑った!?声を上げてじゃないけど、『ふっ』って、感じで口元が綻ぶ程度だけど!!
婚約者になって、初めて自然なカインの笑いにマリーナは、萎れていた恋心がムクムクと湧き上がるのを感じていた。
なんの心境の変化か、今日のカインとは会話が続くし、機嫌も悪くは無さそうだと心が浮き立っていた。
いけないいけない、調子に乗っては駄目だわ。カイン様は、私に興味なんて無いもの。だから、ちょっと笑ったぐらいの事で、動揺しちゃ駄目よ!!
それから数日後。通っている学院にて。
「マリーナさん、ロードスター様がお呼びよ」
教室にて、次の授業までを友人と談笑している所で、婚約者からのお呼び出し。
その言葉に、教室が一瞬シンとなる。
曰く、ロードスター侯爵家子息とエヴァーソン伯爵令嬢は、不仲である。
曰く、ロードスター侯爵家子息とエヴァーソン伯爵令嬢との仲は、最早修復不能の段階である。
曰く、ロードスター侯爵家子息とエヴァーソン伯爵令嬢との婚約関係は破綻している。
曰く、ロードスター侯爵家子息とエヴァーソン伯爵令嬢との婚約解消は、間近である。
総評として、エヴァーソン伯爵令嬢は、ロードスター侯爵家子息の名ばかりの婚約者である。
これが、カインとマリーナの婚約を周囲が見た評価で、マリーナ自身もこの意見には概ねそうだと思っていた……つい、先日までは。
「カイン様、なんの御用でしょうか?」
「ちょっと、マリーナ嬢に頼みたいことがあって。少し良いか?」
まだ、授業開始までは十分程の余暇があった。
「はい。大丈夫です。……この場では難しい内容ですか?」
「ああ、少し……ついて来てくれるか?」
カイン様の言葉に頷き、その後を歩く。
出てきたのは、非常階段の踊り場で。
「最近、身の回りに変わりは無いか?」
質問の意図が解らず、首を傾げる。
「いえ、特には……」
「そうか。それならいい。頼みというのは、これから先、学園内でなるべく俺の側にいてくれないか?」
……えっ!?な、何を急に仰るのです!?カイン様!!
向かい合う、カインの目が真っ直ぐにマリーナを見つめる。その視線がいつに無く真剣で、切実な願いを込めたような色を宿していた為、マリーナは戸惑う。
「あ……あの……?」
「既に、マリーナ嬢の耳にも入っているかもしれないが、最近ある女生徒の事で困っていて。寄るな、と、幾ら言っても伝わらなくて。だから手っ取り早く追払うのに、マリーナ嬢には俺の側にいて欲しい。君しか頼れないんだ」
その話は、勿論マリーナの耳にも届いている。その令嬢は、コロン男爵家の庶子で、母親の死後父親のコロン男爵に引き取られたとか。学園入学当初、この国の第一王子ジュリアス様に纏わり付き、婚約者の令嬢を初め高位貴族の令嬢達に大顰蹙を買ったとか。
最近は、狙いを変えたのかジュリアス王子の側近候補たるロードスター侯爵子息……カイン様に狙いを定めているのだとか。
けれど、貴族の婚約は比較的早い年齢に結ばれることが多い。
それは、その先の教育を優先させるものであり、当主とその伴侶の教育を急ぎ盤石を図るためでも有る。
それは、そうでしょう。婚約者が居るのに他の女性に頼るなんて、浮気を疑われても仕方が無いもの。
それに、そんな事を頼れるのは私がカイン様の婚約者……だからか。
そう言う事でしか側に寄れないと言うのは、それはそれで切ない物がある。けれど、他でもない婚約者の頼みなのだ。断る理由は、マリーナの中に無かった。
「わかりました。いつお伺いすれば良いですか?」
もしかしたらこれで関係が改善……は、無いなしても本格的な解消になるまでの婚約者としての義務として承諾した。
「来てくれるか。ありがとう!」
だからか、何故か心底安堵したかのような微笑みを浮かべ、カイン様が喜びを顕にした。
初めて見た。カイン様のこんな笑顔。
笑うことあったんだ……。
「昼は迎えに行くから、帰りは君が俺の所に来てくれるか?」
「は、はい。では、お昼に」
ドキドキした。今まで見せてもくれなかった、砕けた表情に柔らかさを感じる視線。
ソワソワとした居心地の落ち着かなさと、フワフワとした心地の中で、『いけない、自惚れちゃ、また手痛い言葉を返されてしょげるのは自分なんだから!!』と、浮つく心を宥めるのに必死だった。
昼休み。約束通りにカインはマリーナを迎えに来た。
「マリーナ嬢、迎えに来た」
やってきたカインは、やや疲れ気味の表情で。
「何か、ありましたか?」
「例の女生徒を振り切るのにな。中々諦めてくれなくて困った」
「ふふふ…慣れないことは大変ですね」
「他人事だと思ってるのか……?」
「あら、失礼。何せ、私は名ばかりの婚約者ですから」
「……………」
失礼な、大変に失礼な事を言った自覚はあった。可愛げの無い、媚も売れない女の棘のある言葉だと。
けれど、私だって昔は可愛げぐらいあったと思う。それを片端からへし折ってきたのは、他ならぬカイン様の言葉の数々で。
だから、このぐらいは軽く受け流して貰いたいのよね。
チラリ、見上げたカイン様は、何を考えているのか伺いしれない表情で、眉根を寄せて苦い顔をしていた。。
食堂は、身分によって区分けがされている。一番日当たりの良い、ゆったりとしたスペースは王族の。次いで公爵家、侯爵家。伯爵家、子爵家。男爵家、一般と続く。
高位身分のブースには、その身分の者の同伴で有ることが必須で、私はこの日初めて上の階級の区画にお邪魔した。
メニューも、多少の違いが有り高位身分の区画では給侍が動いてメニューや配膳を行ってくれる。伯爵家の区画では、一般同様自分で全てを行うというのに、随分と優遇されている様だった。
お昼は、パンとサラダと仔羊のテリーヌとを頂き、目の前で昼食を共にする婚約者に目を奪われていた。
食べる姿は、絵になるほど優雅でスムーズな動き。見ていて飽きない……と、言いたいけれど目を奪われたのは容姿ではなく。
スパゲティー、仔羊のロースト、サラダ、パン、スープ、そしてまたスパゲティー……。
それを、マリーナが食べ終わるのとほぼ同時に完食するのだから、何処にこれだけの量が入るの!?と、なったとしても、し方が無いことだ。
「何だ?マリーナ嬢はそれだけか?」
「え、はい。これで十分です……」
「……折角だから、デザートも食べるか?」
「………でも(予算が!)」
「今日は俺が誘ったんだから、そのぐらい出すよ。ほらメニュー。今の時期のお薦めはこれなんだと」
指差して見せられたのは、桃のパフェで、小さなガラスの器に桃とクリーム、プリンの入った物だった。
「では、これを……」
薦められた桃のパフェを頼んだマリーナは、デザート到着でまた固まった。
カインの目の前には、マリーナと同じく桃のパフェ……に、並んでチョコレートブラウニーの姿も。
まだ、食べんるんですね……。
じいっと凝視したのは、何も食べたかったからではない。決して違うんです!
カイン様の食べる量に驚いて、思わず『そんなに食べるの!?』って、見ていただけなのよ!!
「何だ、食べたいのか?」
それを、何を思ったのかカイン様が一口切り分けて、私の口元に差し出して来たのです。
「え…あの、ちが……!?」
必死に弁明をしようとする唇に触れたブラウニー。もう、返すことは出来ませんよね?
一部口に入りかけているし、これ以上の抵抗をする術を私は持ち合わせてはいませんもの!!
恐る恐る、開いた口に押し込まれるブラウニー。
恥ずかしい!恥ずかしすぎます、こんな事!!
「どう?味は?」
味なんて、味なんてわかるわけ無いじゃ有りませんかーーー!!!
「……お、美味しいです」
マリーナは、決してカインに恋心を抱かない様に蓋をしてきたのに、その蓋をあっさりと打ち破ったのは、他ならぬカインだった。
結果、真っ赤に染まった顔を俯かせるマリーナが出来上がる。
「ふふっ…可愛いな。マリーナ嬢」
だ、誰のせいだと思っているんです!?カイン様!!
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