KAC20219 ソロ◯◯
霧野
ソロモン
我が名はソロモン。かつてイスラエルの王であった。国を大きく発展させ、その名は諸外国にも広く知れ渡り、数百人もの妻を得て、神殿まで建てて栄華を極めた生涯であった。
が、現在は猫をやっている。
なに? 意味が分からん?
それを今から語ろうというのだ。まったく、現代人はせっかちで困る。
そもそもかつての我が王国が大きく繁栄したのは、神に授けられた知恵のおかげであった。結婚した時に神様にたくさん贈り物をしたら、その晩、神が夢枕に立たれた。
『そ〜ろもん、プレゼントいっぱいありがと。お返しにひとつ、何でも好きなものあげるよ♪』
『じゃあ、りっぱなおうさまになるために、あたまがよくなりたいれす』
『物、って言ってんじゃん。しょうがないな、では知恵をこの指輪に詰めて……と。おっけ〜☆ キミ、頭は良くないみたいけど志は立派じゃん。頑張れよ〜』
以上のような成り行きで、私は知恵の指輪を授かったのだ。
おかげで、世界のあらゆることを理解し、どんな動物や植物とも会話が出来るようになり……
なに? 話が長いと? 早く猫の話に戻れ? ………ふうむ。ならばよかろう。うんと端折ってやるから心して聞くがよい。
我が肉体が滅したとき、私の魂はこの指輪に封じられたのだ。今まで幾人かの人物がこの指輪を手に入れ、私はその人物に乗り移ったり移らなかったりしてきたが、いつしか指輪は人の手を離れ、草の間に隠れ土に埋もれて川へ流れ海を渡り、この地へ辿り着いて猫に喰われた。
なに? 端折り過ぎだと? ふうむ。現代人のなんと我が侭なことよ。世が世であって余が余であったならば、なんらかの刑に処しているところだ。ここが現代で我が猫の身であることを神に感謝するのだな。
まぁあれだ。海に流れたところで魚に喰われ、その魚を漁師からかっぱらったこの猫が喰ったので、私はこの食いしん坊な猫の腹の中にいるわけだ。わかったか?
「でもソロモンさん。この子、ほんとうの名前はアイというのよ。子猫の時に拾ってそう名付けたの。アイはどこへ行ったの?」
アイならここにおる。別に追い出したわけではないし、これから何かしでかそうというわけでもない。ただ成り行きでこうなったのだ。お、アイが撫でて欲しいと言っておるぞ。
「それは教えてもらわなくてもわかるわ。撫でて欲しい時、アイはいつも頭をすりつけてくるんだもの」
———— ふうむ。気付かぬうちに、頭をすりすりしておった。猫の身体はまだ慣れんな。
ともかく、こうしてこやつの、いやアイどのの身体に入ったからには、アイどのが死ぬまでここにおるということになる。なにせ、この指輪を排出するには、その……なんだ。サイズ的に難しいというか……
「う○ちとして出せないってこと?」
なっ、なんと。
「さすがソロモンちゃん。話がわかるわね」
そなたこそ、飲み込みが早いな。普通は飼い猫が話しかけてきたら驚くものだろう。しかも中身はソロモン王だぞ。
「私はね、目の前にあるものをそのまま受け入れるだけ。猫も人も同じ。アイがここに居てくれるなら、どうでもいいの。たとえあなたと一緒でもね」
……ふうむ。なんと、かつての私が死の間際になってようやく辿り着いた心境に、はやくも達しているとは。感心した。そなた、名をなんと……みどり、か。アイが教えてくれた。アイが言うておるぞ。『みどりちゃん、大好き』、だそうだ。
「まあ。うふふ、ありがとう。私もよ」
———— おおおお、心地好い。顎の下を掻かれるのはなんと心地の良いことか。おおお、そこそこ。耳の横もなかなか良いぞ。ふうむ。猫の生活も悪くないかもしれぬ。たとえこの身が、ちょっと太った、灰色と薄茶色と白がぼんやり入り混じった、冴えない猫だとしても。
そういうわけだから、これからよろしく頼むぞ。みどり殿。
「よろしくね、ソロもん♪」
なんだか我が名がドラえもん的なノリで呼ばれている気がするが、まあいい。ときにみどり殿、この屋台の向こう側、あそこの木の上に男がひとり潜んでおるぞ。そなたを観察しておるようだ。
「あらやだ。ストーカーかしら」
声をかけてくるといい。刺激せぬよう、手土産でも…それ、その売り物のぶどうでもひとつ持っていってやれ。私はここで何喰わぬ顔で見張っている。怪しい者であれば、私が守ってやろう。よいよい、そなたのペットの身体を借りておる身だ、恩は返さねばな。
———— ふうむ。なかなか礼儀正しそうな男だ。和やかなムードではないか。お、男がこっちを見たぞ。冴えない猫だなって顔をしてやがる。どれ、ひとつ睨んでやるか。ふはは。さぞや気まずかろう………おーい、そこの木よ。おーい、こっちだ。猫だよ。
「ん? なんだい? 君、アイじゃないな」
「我が名はソロモン。訳あって今日よりアイどのと同居しておる。ところで貴殿の根元に腰掛けているその男、どんな男だ?」
「喋れるんなら自分で聞けばいいじゃないか」
「普通、人間は猫が話しかけたら驚くものなのだ」
「それもそうか。こいつは今さっき、調査員とかなんとか言っていたよ。みどりさんについて調べているそうだ。この男はな、私の枝に登る際、いつも木肌を傷つけぬよう気遣ってくれるから、悪いやつじゃないと思うぞ」
「……そうか。ストーカーではないのだな。安心したよ、ありがとう」
ふうむ。安心したら眠くなってきた。ぽかぽかと良い天気だし、アイどのも先ほどから喉をゴロゴロいわせているし、私もソロソロお昼寝しようか………
KAC20219 ソロ◯◯ 霧野 @kirino
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