短編55話  数ある尊かれ女子

帝王Tsuyamasama

短編55話  数ある尊かれ女子

(それにしても…………)

 今日も廊下を女子友達としゃべりながら歩いているだけで、(主に男子から)視線をたくさん向けられている式城しきしろ 結子ゆいこちゃん。

 身長は女子の中では高めな方。長くてつやつやしている髪をポニーテールでまとめている。

 男子は学生服、女子はセーラー服を着る決まりになっているこの中学校。

 女子はみんな同じセーラー服を着ているはずなのに、結子ちゃんは背筋がピンとしているのはもちろん、字はきれい、運動神経もいい、武道もやってる、音楽もできる、手先は器用で料理もできる、友達も多い、テストは当然のように順位一桁連発(同級生百五十人中)、声もりんとしてかっこよく、ひとつひとつの仕草がしなやかというか様になっているというかなんというか……

 とにかく学生たちからとうとかれまくってるそんな生徒会長が、僕花館はなだて 雪津ゆきつの前を歩いている。

 四限目である家庭の時間が終わって給食準備の時間になり、教室へ帰っているところ。この時間は給食の準備に関わる学生以外は休み時間のようなものになる。今週は僕も結子ちゃんも給食当番ではない。

「あぁ~、歩いてる姿を後ろから見れるだけでも尊いわ~」

「はぁ」

 僕の横を歩いている中磯なかいそ 劉喜りゅうきが今日もこんなことを言っている。

「だーもうっ! 中学三年ってことはもうこの尊き存在と共に学生生活を送れるのも今年で最後ってことだ! 思い切って告って告白してみよかな?!」

「それ何回目……?」

「今度こそは本気だ! 夏休みにあの女神様と一緒に過ごせると考えたらいつ告白すんの!? 現在でしょ!」

(う、う~ん……)

 こんな感じに他の男子も思って、結子ちゃんに告白してるのかな。

(告白、かぁ~……)

 この話が出てくるたびに思い出すんだよなぁ、幼稚園時代を。

 僕は今日も結子ちゃんを見ながら幼稚園時代を思い返していた。



「ぜったいおよめさんするからつきあってください!」

「およめさんなります」



(僕に十年先の未来が見える力があったら、絶対あんなこと言わなかったよなぁ……)

 僕が結子ちゃんに勝てる要素ってなんだろう……スポーツテストの握力は勝てたことを覚えているけど……。

(その時も結子ちゃんはくやしがるとか嫌味ったらしくとかじゃなく、本当に素直にまーっすぐ僕のことをすごいと言ってくれた。とびっきりの笑顔で)

 うん。僕も一般中学男子だから、中磯のその尊い気持ち、わかる。すんごくわかる。


 教室に帰ってきた僕らの三年一組たち。とりあえず僕は自分の席に座って結子ちゃんを見てみると、ほんと結子ちゃんは必ずと言っていいほど、休み時間の間だれかとしゃべってるよなぁ。

(そして決して崩すことのないその背筋っ)

 あのセーラー服は添え木が入ってるのかと疑いたくなるほどいっつもピーン。

 休み時間だけでなく、登校中も下校中もだれかとおしゃべりしている。きっとどんな話題でもおしゃべりできるほど知識豊富なんだろうなぁ。

「お、なんだよ花館も女神様見てんじゃねーか!」

「あー……うん、まぁ」

 そりゃ見ちゃうよ。好きだもん。

「でも残念だったな! お前よりも先にこの中磯劉喜様が告白してやるぜー! しし式城さあーん!」

 ……僕は卒園間近、つまり幼稚園の年長で告白したから、中磯は今からタイムマシンに乗って年中に戻るつもりなのかな。


 午後の授業が終わった。あとは部活の時間だ。

 明らかに肩を落としている中磯の姿がちらっと視界に入ったけど、音楽教室の鍵を取りに事務室へ向かうため、僕は教室を出た。


(っていうかしゃべってなくても笑顔だもんなぁ)

 もちろん授業中とかは真剣な顔だし、体育でマラソンとかがあったら疲れているような顔をしているのも見たことがあるけど、ぼーっとしている顔だとかふてくされている顔だとか、そんなの見たことないような……僕の記憶力がだめなだけかもしれないけどさ。

(で、このピシッよ)

 小学校のときから僕も結子ちゃんのまねをしてたまにピシッと歩いてみるときがあるけど、これをずーっと続けるとなるとなかなかしんどくて。ほんとすごいよ結子ちゃん。

(あっ、こっち向いた!)

 そりゃこんだけの近さでこんなにもじろじろ見てたらねぇ。

「あ、あはー、げ、元気?」

 無難なセリフを飛ばしてみた。

「はい、元気です」

 あーもういちいちまぶしい笑顔しちゃってこのこのっ!!

「雪津さんは今日のご調子、いかがですか?」

「ああうん、僕も元気だよ」

「それはよかったです。雪津さんの元気はわたくしの元気の源です」

(なーだーあーぐぁー!)

 ごめん、直撃しすぎてちょっと言葉にできないよ。

「し、失礼しまーす……」

 事務室に着いたけど、僕はドアノブをうまく操作できていなかった。


「次の演奏会はまだ先なので、二・三年生は一年生の練習に付き添ってあげてください。特に基礎を重点的に練習してください。基礎合奏用の楽譜もさらえるようにしてください。以上です」

 ふぅ。僕の出番はここまで。

「ありがとうございました」

 と、結子ちゃんの声が音楽教室に包まれると

「ありがとうございました!」

 吹奏楽部員たちのありがとうございましたが辺りに響き渡った。

 結子ちゃんは吹奏楽部の副部長までなっちゃってる。生徒会長じゃなかったら部長だったと思う。

 役職やパートリーダーとかは、去年引退したひとつ上の先輩や先代パートリーダーの人が任命していくんだけど……

(なんで僕が部長なんだろ)

 先輩たちが会議のとき、ほとんどの先輩が僕を部長にするのがいいだろうって思ったらしい。

 とにかくこの吹奏楽部では、僕が結子ちゃんをサポートできる数少ない瞬間だと思う。ってちょこっと思いふけっていたらもう結子ちゃんの周りに後輩が数人。

「先輩、今日の日誌はペットTpなんです。見てくれますか?」

 ひとつ下である二年生の後輩、三富みとみ 桂梨奈かりなさんが部日誌を持ってやってきた。身長ちっちゃめ。髪は肩よりも短い。

 ペットっていうのは動物のじゃないよ。イントネーションはペ→ッ→ト↑って感じかな。トランペットの略。ラッパのあれ。

「うん。じゃあ準備室で」

 僕は三富さんと準備室へ向かった。


 先生が使うような灰色の事務の机みたいなのがあって、僕と三富さんが横に並んでイスに座って部日誌に向かっている。僕はくるくる回るやつ。三富さんは普通の木のイス。

「へぇー、ボーンTbパートと先輩を替えっこして一年生を見てみたんだ。おもしろそうだね」

 ボーンはトロンボーンの略。前後に動かして吹くやつ。

「おもしろかったです! あ、そこでもゆい先輩結子先輩の話になったんですよー。きれいだねーって!」

 女子からも後輩からも尊まれているゆい先輩……。

「僕のクラスメイトも今日告白したらしいよ」

「ええっ!? ほんとですか!?」

 ぁ、近くにいる他の部員がびくってなった。

「部活行くときには肩を落としていたけど」

「ですよねー」

 うわ~そのトーンは……。

「はい、ありがとう。見ました」

「ありがとうございまーす!」

 僕が確認したことを確認者欄のところに名前書いて、ぱたっと部日誌を閉じた。三富さんは元気に準備室を出ていった。

(あ、よく考えたらこれも僕の出番だったね)

 みんなの前でしゃべるの緊張しちゃうからさぁ。


 部員たちがさようならーとあいさつをしては続々と帰っていく。

 僕は~……と、特にすることがないなぁ。でも音楽教室を最後に出るのは僕だ。鍵閉めて事務室に返さないといけないから。

「雪津さん」

 と、ここで結子ちゃんが準備室にやってきた。そのままさっき三富さんが座っていた木のイスを持ってきて、

(近っ)

 僕の左隣に座った。

「きょ、今日も無事終わってよかったなぁ~」

 やっぱり無難なセリフしか出てこなかった。

「はい、そうですね」

 その手の重ね具合すらもピンッ。

「あの、雪津さん」

「な、なに?」

 さらにちょっと肩を寄せてきてっ、

「今日、ピアノの習い事が、先生の泊まりがけのご用事によりお休みなんです。一緒に帰りませんか?」

「ぅえっ!?」

 習い事が多い結子ちゃんと一緒に帰ることができるなんて、なんという幸運!

「も、もちろん」

「よかったっ」

(この近距離でその笑顔は凶悪!!)


 一緒に事務室へ鍵を返して、げた箱で靴を履き替えて、玄関ポーチを出た僕と結子ちゃん。

 さすがに部活が終わった後、それも鍵を返した後というほど部活終了のチャイムが鳴ってから時間が経っていたら、結子ちゃんを尊みる視線もほとんどない。

 静かになったグラウンドの横を一緒に歩き、正門を出た。

(そして帰っているこの時ですら笑顔!)

 ほんとすごいや、結子ちゃん。ってああやっぱこっち向かれちゃった。

「ま、毎日習い事大変だね。今日は休みになったけど、なにかしたいことは?」

「……今、したいことをできています」

「今?」

 そんなに見つめられると天に召されてしまいそうなんですけど。

「先生が『次のレッスンは用事があってお休みにします』とおっしゃったときから、わたくしは『雪津さんと一緒に帰るっ』と、心に決めていましたから……」

 ごめん。やっぱり天に召されたよ。

「な、なんだか僕なんかにそこまで想ってくれて、申し訳ないようななんというかははっ」

 どきどきしっぱなし。

「そのように思わないでください。それとも、わたくしは雪津さんの重荷になってしまっているのでしょうか」

 げっ、あの女神の笑顔から視線が少し下がってしまった!

「あぁあそんなことないよ! ご、ごめん、僕は単純に結子ちゃんの役に立ちたいって思ってるだけで、僕にできることはなんだろうって考えてるだけっていうか、うん、だから結子ちゃんはなにも気にしなくていいから!」

 ほっ、ちょっと笑顔が戻った。

「ありがとうございます。これからも……その……」

(うわっ!)

 ちょ、僕の右手が結子ちゃんのすべすべした左手とっ!

「雪津さんに……ふ、ふさわしい、およめ、さんに、なれるよう……頑張りますから……ねっ」

「……まだ強くなるんだ……」

 僕はただただ握っている手を強めながら女神様のちょこっとてれた笑顔を眺めることしかできなかった。

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