第40会 意思と意志

奥に薄暗い書斎が見える。

お、いるね。

一回いないことがあったから怖いんだよね。


「やほー。」


「来たわね。」


「フリフリのドレスだね。」


「なぁに?

チャイナドレスの方が癖だった?」


「リーフェからヘキという言葉が出る日が来るとはなー……。」


「髪切ろうかしら。

前髪後ろ髪ぱっつんが好きなんだっけ。」


「言うな言うな。

リーフェがする必要はないの。」


「あら、私じゃ見る価値もないと?」


「違う違う、そういう意味じゃない。

今の髪型が似合ってるからいいの。

リーフェの髪さらさらだから切るのがもったいない。」


「髪なんてすぐ伸びるじゃない。」


「この世界でもそうなの?」


「結構あなた次第なところはあるかしら。」


「変なところで管理者権限があるな……。」


「まぁいじめるのはやめておきましょう。

面白いけど。」


「面白くないー。」


「そうそう。

今日は風の魔法を教えてあげようと思ってね。」


「ほう!」


「ちょうどお掃除したかったし。

そこに集めた埃があるから向こうの塵取りに飛ばしてごらん?

あなた要領いいから出来ると思うわ。」


「あら、どうもどうも。

では。」


「ここに座ってから、ね。」


「目の前じゃないのか。

難しいことをおっしゃる。」


テーブルのセットの椅子に座ると埃の方を見る。


「やってごらん?」


「うーん……。」


さわさわ風が吹いたと思ったら

埃が散る。


「あっ、ごめん。」


「……初回でここまでやるんだ。」


「え? ゴミ散っちゃったけど。」


「まず一つに、風を呼べたこと

埃に一発で当てたこと

風属性なだけはあるわね、センスがいいわ。」


「珍しい。

リーフェあんまり褒めてくれないのに。」


「それはあなたのせい。

私はいいものはいいとしか言わないわ。」


「ソウデシタ。」


「さ、埃を寄せま」


と、風が渦巻いて埃がまとまる。


「ちょっと……。」


「およ、言われてないことやっちゃった。」


「簡単に期待を超えるのやめてくれない?

びっくりしちゃうわ。」


「結構疲れるね?」


「慣れてないからでしょうね。

そもそもは疲れ以上に出来すらしないのよ。」


「えーと、部屋はこうだから

風はこっちからで手を寄せるように……。」


埃が塵取りに収まる。


「お、行った。」


「ちょ、ちょっと……。」


「ダメだった?」


「早すぎよ!

本当に初めて?」


「起きてるときに魔法なんて使えないよ。」


「よねぇ……。

そもそもフェーパで私の攻撃が通らない時点で怪しむべきだったわね。」


「あれって本気だったんでしょ?」


「本気は本気だったんだけど

後で形跡を見たら全盛期の半分もなかったけどね。」


「あれでなの?」


「私も衰えたわね。

まぁ歳も2000歳を超えているからでしょうけど。

とてもじゃないけど星を壊すほどの威力なんて出ないでしょう。」


「大丈夫大丈夫。

練度は高くなってるはずだから

身体に負担がかからないとか

効率がいいとか改善はされてるわけで

若いから何でもいいってことはないでしょ。」


「あなたも年を取ったわね。

説得力があるわよ。」


「たはは。」


「あなたって普段からそんな調子?」


「どんな調子でしょ。」


「そうねぇ。

そうする必要がない人にも無作為に優しいところかしら。」


「別に僕は優しくなんかないですよ。

え? そんな風に見える?」


「見えるわね。

だから現実世界ではしゃべらないんでしょ。」


「防衛?」


「いらないんじゃないの?」


「何かの拍子に目が行くことがある。

憎らしいことに。」


「あなた、自分の性別分かってる?」


「だから嫌なの。」


「ふぅん。

女の子になりたいとかはないんだ?」


「ちっちゃい頃の話を持ち出すない。

……待てい、何で知っている。」


「暇でその辺の扉をばたんばたん。」


「最近結構来てるよね!?」


「精神状態が良くて来るっていうのもまぁまぁ珍しいけどね。

いい声もってるじゃない。」


「嘘だぁ。」


「自信ないのね。

まぁ私も自分の声は嫌いだけど。」


「僕も自分の声は嫌いかな。」


「どういう風に嫌い?」


「可愛くないし格好いいわけでもない、かな?」


「そういうもんかしらねぇ。」


「滅茶苦茶アニメ声のリーフェが言う?」


「……それが嫌なのよ。

もっとハスキーな声の方が良かったわ。」


「あら、意外。」


「ここって管理者はあなたよね?

変えてくれない?」


「印象がなー。

無理じゃない?」


「かーえーて!」


「駄々っ子か。」


「やって!」


「どうしたらいいの。」


「明晰夢。」


「こういう時は許可するんだ!?」


「私だって元人間とは言っても、

妖精でも精霊でも神でもないんだから。」


立ち上がって手のひらをリーフェに向ける。


「わくわく。」


服が小さく揺れる。


「体感がないんだけど、どうかな。」


「あー、あ……。

ちょっと! ヘリウムガス吸ったみたいな声になってるじゃない!」


「うっふふふ。」


「笑うな!」


「アニメ声を加速させてしまった。」


「もーどーせー!」


「はい。」


「あー、あー……。

戻ったわ。

もう。」


椅子に座りなおす。


「私で遊んでない?」


「夢とはわかっているんだけど制御って種類によるんだよ、たぶん。

印象ついてるものは変えられないのかもしれないね。」


「フェーパで殴ってやろうかしら。」


「やめなさい。

あのさ、リーフェって王女様だったんだよ……ね?」


「一応は。」


「どこまで合ってるんだ?

僕が2000年前に行ったわけでもヨーロッパなんぞ行けるわけでもなし

あ、パラレル?」


「の、一種かしらね。

確かに私は前人間時代エシェンディアではあったからね。」


「自分で言うのもなんだけど、御父上と母上は僕が……。」


「殺したわけじゃない。

それはあなたの経験であって私の本流じゃないわね。

別にあなたが悪くないという比喩でもなくてね。

私の経験でも聞きたいの?」


「あ、それはさすがに申し訳なく。」


「あなたの経験とは全然違うんだけど?」


「そうなの?」


「滅茶苦茶に強大な国になったわ。

お父様もお母様も私に王位を継承した後も、

だいぶ高齢になるまで存命だったわ。」


「エルバンタール……は?」


「私の経験では返り討ちね。

全然歯が立たなかったわ、うちの国はそれほど大きかった。」


「史実に残ってないのは?」


「そこもパラレルだから。」


「個々の経験が本流としても時間としては側流なのか。

残酷だねぇ、時間って本当に平等。」


「私にしてみたらこれだけの情報でそこまで理解できるあなたが異常。」


「これも側流だったら?」


「怖いこと言うわね。

あなた、自分で自分を否定しているって気付いてる?」


「時間の中では本流は神の意志だけだと思わないかい。」


「個人がパラレルの本流と仮定するなら神なんていない?」


「いる。

僕はいるって信じてる。

人には根拠は説明できないんだけど確実にいらっしゃる。」


「あなたが神に愛されているだけだとしたら?」


「まさか。

ひどい傲慢だ。

当たり前を当たり前と感じたら終わりだ。

宗教の意味はないよ?

僕は宗教が苦手だからね。

それでも、それっぽいことを感じるくらいには人生を助けられて生きてきたんだ。」


「前世が天使だったら神に愛される使いである。」


「だったら、こんなに人に冷たい人じゃないんじゃないかい。

優しいってみんな言うけど、そんなに興味がないだけかもしれないでしょ。

冷たくされたり裏切られたりしても許すほど出来た人間でもない。」


「争いごと嫌いだもんねー、あなた。」


「その場は許すよ?

二度と付き合い持たないだけで。」


「え? その場でも許すんだ?

私だったら自分の全力を以って反撃するけど。」


「めんどくさいねぇ。

もう関わらない。

僕ほど人嫌いの人間もいないんじゃないかい。」


「あー……。

あなた仙人とか言われてなかった?」


「言われてたね。

変なこと知ってるな。

その時って心壊し切ってこっち来てなかったような。」


「扉をばたんばたーん。」


「やめなさい。」


「今日はこれをお茶菓子に出すわね。」


「やや、よもぎ餅!」


「……あなたの悪いところは自分の意見をあまり言わないところかしらね。」


「余計なことは言うくせにね。」


「そうかしら。」


「言うは知性、言わぬは品性。」


「お爺様と話しているみたいだわ……。」


「なんだいそれは。」


お互いが小さく笑いながら紅茶をいただく。

だいぶ寒くなってきたけど今日もゆっくり時が流れる。

歳はとったけど感謝だけは忘れないように。

自分は生きているんじゃなくて

生かされているんだから。

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