第37会 想像と経験

奥に薄暗い書斎が見える。

また一人のようだ。

いつも変わらないのっていいよね。


「あら、今年は来訪が急に増えたわね。」


「前厄ではあったんだけどいい転機があったかな?

今日は何かあります?」


「そうねぇ……。

私と似た経験してみるとか。」


「似た経験?」


「再誕の経験はできないでしょうけど

私の想定している世界を見せてあげることはできるんじゃないかと思ってね。」


「ほう。」


「奥の部屋にカプセルを用意してるわ。

入ってごらん?」


「どこの部屋?」


「扉が光ってるから。」


「あいさー。」


静かに紅茶を飲んでいるリーフェを置いて部屋に向かう。

通路に向かうと以前のシミュレーター部屋近くの部屋の扉が光っている。


ここか。


入ると棺みたいなカプセル。

枕っぽいのが置いてあるから向きは分かるね。

横になると思ったより高さがある。

プシュー、とゆっくり扉が閉まる。

すると天面から深い水色の液体が!


「ちょ、死ぬ!」


閉じた天面の扉を叩くが響いている音がしない。

近くの人と言えばリーフェだが、向こうの部屋だ。


「お……、そういや夢だったんだった。」


水をすくって口に含んでみる。


「味がないけど苦しくないね。

肺に入れるのは怖いけど……。

こぽん……。

抵抗がない、なるほど。」


息ができる。

溺れることはないようだが……。

空間が水で満たされる。

変わらず息はできる。

さて、どうしたものか。


かこん……、かこん……。


水を通して何か聞こえる。

右を見てみると水中眼鏡をかけたように鮮明にデジタル時計が見える。


「2564……?

まだ数字が進んでるね。

なんだろう?」


かこん……。


数字が3223になったところで数字の進行が止まった。

水の流れる音がする。

水位が低くなってきた。

水が抜けると扉が開く。

服は濡れていない。

何の液体なんだろうか。

体を起こすと周囲が朽ちたコンクリートに覆われている。


「はて、こんな部屋だったかな。」


「エルシェン、レタンダ!」


「うん?」


声のした方に向くと黒い革の鎧を着た数人がこちらを見ている。


「……どちらさま?」


「カゾ、イザキダ!」


どうやら言葉が通じないらしい。

すると一人が何か機械を持ってくる。

腕輪のように見える。


「なぁにこれ。」


「アガサ。」


「アガサ?」


持ってきた人は腕をトントンと叩いている。

つけていいのかな。

はめてみる。


「くれる……わけじゃないよなぁ。」


「お? こちらの言葉に聞こえるな。」


「おや? 日本語に聞こえる。」


「日本だと?

旧暦2223年に滅びた国の名前が出たな。

日本人なのか?」


「一応も何も日本人なのですが……。」


「変わった服を着ているな。

滅んだ国の古代人ということか。

この世界に遺されたのだろうな。」


「この世界?」


「聞く。

お前は何年から来た?」


「2023年。」


その言葉を聞くと周囲がざわつく。


「あれ?」


「詳しく言っても通じないだろうな。

2223年に地球の9割が滅んだことを伝えておく。

残っているのはわずかな荒廃した陸地と数多の海だけだ。」


「……あ。

ここ何年ですか。」


「ちょうど1000年だ。」


そこまで聞いて理解した。

200年後の2223年に地球が滅んだんだね。

ちょうど1000年ということはそこから数えて1000年なんだろうね。

つまり2023年から1200年たってるんだ。

西暦すら死んでいるのか。


「希少な古代人の生き残りだ。

相応のことがあると思え。」


「あ、そうなるのか……。」


「別に閉じ込めたりはしない。

自由に動いて構わないが監視されていると思え。」


「そっか。」


体を起こし、カプセルから出る。

人がぐるっと遠くなる。

得体の知れないものを見る目。

幼少期ならあるけどこの年になってこの目はきついね。


外に出ると照り付ける太陽。

天変地異っぽいけど太陽は出ている。

惑星でもぶつかったのかな。

あたり一面は海だ。

砂浜もなく絶壁。

流行り病でもない、こういう滅び方をしたのか。


「あの、日本人さん。」


振り返るとワンピースを着た小さな女の子。

子供さんか。

子供の上に異性って苦手なんだよね。


「一応シュライザルって夢の名前……、って言ったらややこしいな。

シュライザルって言う名前があって。」


「照会、シュライザル。

記録なし。」


「試されてるのかよ、もう。」


「私は人間じゃないからね。」


「っ。

アンドロイド?」


「アンドロイド?

アニマリーナってこっちでは言ってるけど同じようなものなのかしら。」


「なんも通じねぇ。

……あ。

気付いた。

気付いたちゃったよ。

何で今なんだ。」


涙がこぼれる。


「シュライザル?」


「想像と体験は違いすぎる。

出来そうって思ったって実際に出来ることって殆ど無いのと同じように

これはリーフェの仮想って聞いてるけど

実際に経験した人がいる。

辛すぎる。

胸がつぶれそうだ。

なんだこの空虚感、虚無感。

何もない。

何もなさすぎる。」


「……別に分かって欲しいわけじゃなかったんだけど

あなたってそういう人だったわね。」


「は?」


「わかんない?

私よ、わーたーし。」


「あ。

リーフェ!?」


「もっと華美でもよかったんだけどね。

私的にはこういう世界のほうがしっくり来てね。」


「あ、3223の数字って西暦だったのか。

1200年後にこういう世界が?」


「あるかも、ね?

ちょっと感情が引きずられてるわね。

リアルすぎたかしら。

もういいわ。

なんのためにもならなかった。」


ガラスが割れるように空が崩れる。

すると、入ったはずの部屋が現れた。


「リーフェ。」


「言わないでって言ったら黙っててくれる?」


「……うん。」


「ふふ、あなた変わってないようで少し変わったわね。

年齢的に歩む人生と性格は決まっているのかしら。

結構いい人になったんじゃない?」


「12歳から見て?」


「今だから言うけど、

絶対あなた結婚すると思ってたわ。」


「あはは、なんだよそれー。」


「悪かったわね。

お茶にしましょ。

趣味が悪かったお詫びとして、ね。」


「っ。」


喉元まできた言葉を嚙み潰す。


「アップルティーっていいよね。」


「言わないでって言ったくせに私は一つ聞いてもいい?」


「何でしょ。」


「生涯で結婚しない選択肢はなかったんでしょう?」


「なかったね。」


「うん、ありがと。」


「何を聞いたの。」


「なーいーしょ。」


「変わったリーフェ。」


部屋に戻るリーフェの後ろ姿が少し寂しげだった。

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