第36会 21の世界より目頭の神石

奥に薄暗い書斎が見える。

また一人のようだ。

いっつも紅茶飲んでるね。


「あ、来た来た。

よく来るわねー。

でも精神状態は良さそう。

良かったわね?」


「そうだね、迷惑ばっかりかけて。」


「そういうのはいいの。

もともとそんな気遣いをするような関係性でもないでしょう?」


「感謝の心は大事じゃない?」


「まぁねぇ。

今日はどうしようかしら。

星空のローブの限界でも見てみる?」


「大丈夫なの? そんなことして。」


「一応には大丈夫ね。

神族の宝具だし。」


「え? これ宝具だったの?」


「そもそも使える人がいなかったからね。

大体の人は試練に耐えられなくて心が壊れてた。

そうよね。

もともと心が壊れている人じゃない限り、夢の管理者には会えない。

明晰夢を重ねてその管理者に会い続けられる心の容量も必要。

加えて心の崩壊のトリガーとなる試練。

耐えられるほうが異常だと思うわ、あなたがね。」


「異常と言うな、異常と。」


「試練ってなんだったの?」


「見てたんじゃないの?」


「見てたけど、聞きたいなって。」


「妻に絶縁状投げつけれる試練。」


「で、憂さ晴らしに一般道路を飛翔して

新幹線まで追い抜いてやったと。」


「気持ちよかったねー。

夢とはいえあんなに悪いことしたことはあんまりないよ。」


「ふふ。」


「で?

星空のローブの限界とやらを見るそうですが

300キロちょっとくらいだと思うよ?

その試練の時に思いっきり飛んだんだからね。」


「今回は時間も考慮するのよ。」


「パラレル的な?」


「いいえ?

そっちじゃなくて飛翔時間。」


「うあー……。

大体どこかの目的地に着いたり速度が出たりで終わっちゃうもんなー。

目的もなく飛翔するのかぁ。」


「だと、飽きると思うから私が先導してあげる。

ただあなたのほうが速いから先に行かせてもらうけど。」


「お。

リーフェを追うんだね。

それなら楽しそうだ。

でも大丈夫?

あの時だって数時間飛んでたのに。」


「そうだっけ?

時間概念が夢で回っただけかもしれないわよ。

今回はリアルに時間がかかるからね。」


「夢で時間がかかったって思っていただけか!

できるのかな。」


「そもそもそのローブだってたくさんあるわけでもないし

汎用であるにしても使える人が著しく限られるわけよ。

ミカエル様としても効果を見たいんじゃないかしら。

出来てから使い手になったのってあなたが初めてって聞いたし。」


「え? 人類40億いるんだよ。

他にいないの?」


「正確には夢を見られるものなら全てだから

例えば犬や猫、鳥なんかも使い手になれるといえばなれるわね。」


「そっちにはいないの?」


「私の知る限りではいないわね。」


「リーフェが知らないってことはミカエル様に聞いちゃいけないってことなんだろうか。」


「いいんじゃない?

私は人間以外までは気にならなかっただけですもの。」


「ワンちゃんやネコちゃんが使い手とかだったら面白いな、うん。」


「で、最奥の草原で実際に飛んでもいいんだけど

帰ってくるのダルいからシミュレーターでいい?」


「労力的にはそっちのほうがダルくありませんか。」


「いーの、そういうのは。」


「魔法でパッと帰ってくるだけなのに。」


「夢とはいえ実際に疲労感はあるし、時間の経過もちゃんとあるからほらほら。」


「どこにあるんですのん?」


「ちょっと向こうの部屋。」


「ほいほい。」


記憶の回廊を歩いていくと開いている扉がある。


「ここよ。」


するとシルバーとブラックの機械が二台。


「機械結構大きいね!?」


「ほかにも転用できるからこっちのほうがいいかと思ってね。」


「僕はどっちに乗ったら?」


「どっちでもいいわよ?」


「じゃ、右のほうに乗ります。」


「うん。

タイミングはちゃんとわかるようになってるから。」


「わかった。」


バシャン……。


乗り込むと入り口が塞がれる。

真っ暗になるかと思えば急に明るくなり、草原が見える。

少し歩いてみる。


……本当にシミュレーターか?


そう思うくらいにはリアル。

風の当たる感覚、地に足の着く踏み心地、太陽の明るさに熱。

現実と区別がつかない。

すると数メートル先に大きく文字が現れた。


READY?


現実と分けるための仕様かな。

この方がいい。


明晰夢と星空のローブの力で服がバタバタと揺れる。

いつでもいい。


GO!


文字が変わってから少し置いて体を浮かせた。

どの方向なのだろうかと迷いそうになったが、

数メートル先の文字が矢印に変わっている。

なるほど、リーフェはあっちか。

いきなり飛んでも危ないような気がしてゆっくり体を前に送ってみる。

風景がゆっくり流れる。

本当にシミュレーターなんだよね……?

しばらく飛んだがどこか設備にぶつかるということがない。

よく出来てる。

試しに矢印と90度違う方向に飛んでみると

矢印もくるりと方向を変える。

面白いね、これ。


……やるか。


空中を蹴る感覚で両足を突き出すと、超速飛行開始。

速いのか色も微妙にわからない。

風の当たる感覚が凄い。

しかしいくら飛ばせどリーフェが見えない。


途中、カクンと速度が落ちる感覚がした。

風景の色が濃くなり、流れる草が鮮明になる。


明晰夢の限界だ。


あとは星空のローブだけで飛ばなければならない。

この速度でリーフェに追いつけるだろうか?

正確な速度は分からないが100キロ~120キロくらいじゃないかな。

夢をやり直すか?

でもこれも含めてテストなのだろうし。

もう一回明晰夢を使おうにも日中を過ごすほど休まないと使えない。

出来るとしてもせいぜい夢を切るか多少の改変程度だ。


うんうん悩んでいると、

体の中の蒼黒い闇からキラキラ光が散る感覚がする。

説明が難しい。

星空のローブが見える感じがする。

ぐんぐん速度が上がってくる。

明晰夢は使ってない、使えない。

なのにまるで差すような感覚。

星空のローブが燃えている。

体が熱い。

深い蒼が体を包んでいるのが見える。

速度も最高潮になり、

しばらく飛んでいるとこんなに速いのに前方に何かが見える。


リーフェだ。


振り返ったのが見えた。

と思ったらとんでもない速度で追い抜いてしまった。


バシャン、と音がしたと思ったらシミュレーターのドアが開いている。

あれ?

いつの間に立った姿勢になったんだ?


「おつかれさま。」


呆気にとられているとリーフェが顔を覗かせる。


「え? どうなってるのこれ。

立ってたっけ、飛んでたっけ?」


「……初めて使ったから感覚が慣れないんでしょうね。

姿勢的にはずーっと立ってたのよ。

意識と感覚が反転する装置だからね。」


「ほー!

これ面白いね!」


「あなたのそういうところ好きだわ。」


「どこ?」


「疑わないわね。

受け入れて楽しんでる。」


「楽しかったもん。」


「ふふ、紅茶を淹れるわ。

疲れたでしょう。」


「あ、これ結果どう説明したらいい?

速度が落ちて、また巻き返したって言うだけなら簡単なんだけど。」


「詳細なデータは私が精査しておくわ。

私も見たいからね。」


「ありがとう。」


部屋に戻って紅茶とクッキーをいただこう。

体が重いな。


「あ、あなた!」


イスに腰を掛けるとリーフェが驚いた顔をしている。


「どうしたの?」


「……見えないの?」


「なにが?」


「いい機会ね、見せてあげましょうか。」


僕の右目あたりに手をかざしたかと思ったら、

引っ張られる感覚がして何か宝石らしきものが彼女の手にある。

下が丸くて鉱石らしい伸び方をしている、バトミントンのシャトルのような形。


「何そのでっかい宝石。」


「私も見たのは初めて。

目頭の神石(しんせき)ね。

21の世界の天人が持っていて行方不明になったものの一つ。」


「しんせきって家族の?」


「親戚じゃなくて神の石。

明晰夢を使い切ったから出たのかしらね。」


「天人は明晰夢を?」


「持っていたと言われてるわね。

伝承にしてもあなたほどは優秀じゃなかったけどね。」


「アストテイル君喜ぶんじゃない?

いや、体液みたいなものだね。

ばっちぃ。」


「それ、私が今まさに触ってるんだけど。」


「おっと、ごめん。」


「戻しておくわ。

あなたの力の源かもしれないから。」


「え? 目に!?」


「瞼の上からだし、目を閉じてたっていいし、第一痛くはないわよ。」


ズーッと押される感覚がしたと思うと宝石が消えたらしい。


「うにうにして変な感覚。

手、洗わなくていい?」


「体から出たからそう思うのかしら。

無菌の発生物だから私達としてはそういう感覚はないんだけど。

逆に触って戻してよかったかなって思うくらい。」


「あ、そうなの……。」


変な夢だなぁ。

そう思いながら今日もリーフェと談笑しつつ紅茶とクッキーを味わった。

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