第32会 魔法の在り方
奥に薄暗い書斎が見える。
少女の姿を確認してゆっくりと歩み寄る。
「リーフェ、こんばんは。
おや、今日はリーフェだけだね?」
「ミカエル様もウリエル様も忙しい方だからね。
双葉に陽菜は最近この時間は大体寝てるし。」
「リーフェだけとゆっくり話すのも久しぶりなんじゃない?
懐かしいね。」
「あなたねぇ……、そういうこと言うのやめなさいって。」
「おっと。」
「悪い気がしないんだからさぁ、もう。」
椅子に座ろうと思ったら、何か自動販売機がある。
「はて、こんな自販機みたいのあった?」
「気付いたわね。
ミカエル様とウリエル様のお飲み物は
お紅茶以外はこっちで出してるのよ。」
「見ても?」
「いいわよ?」
ちろんと見てみると
一リットルくらいの大きい缶ジュースのようなものが置いてある。
文字は読めない。
「リーフェ、これなんて書いてあるの?
幾何学模様みたいで読めない。」
「天界の文字だからね。」
「あー、そういう。
……ん? なんか小冊子ぶら下がってるな。
解読書かな、これ。」
「よく気付くわねぇ……。」
「なになに?
仄かな、光、樹、蜜、水……?」
「仄光樹の蜜水よ、よくわかったわね。」
「シキコウジュのミツスイ?」
「なんとなくわからない?」
「二重暗号にするのやめようよ、なんなのこれ。」
「飲んだほうが早いんじゃない?
毒なんか入れてないから。」
「ほう。」
ボタンを押すとゴトンと缶が落ちてきた。
「でっけぇ。
ミカエル様もウリエル様もこんなに飲……、
キャップついてるや。
ペットボトルみたいなものなんだね。」
キャップを外して中の液体を口に運んでみる。
「……お? ハチミツレモンのような?」
「そそ。」
「仄光樹ってレモンなの?」
「なんとなーく、あなたの国に合わせるならね。」
「で、蜜水がハチミツか。
分からなくはないね。
面白い。」
自販機の取り出し口を見ると何かが光っている。
「おや、コインだ。」
コインを拾ってテーブルに缶を持って行くと、リーフェが缶を指で弾く。
「どうしたの?」
「その缶って鉄で出来てるんだけどさ。
フェイルって特別な鉄なんだけど。」
「鉄ってフェラムじゃなかった?
FERRUM、元素記号FEの鉄。」
「化学好きのあなたっぽいわね。
魔法鉄だからFEIR、フェイル。」
「全然魔法のこと知らないねー。
フェイルかぁ。」
「もうちょっと魔法を知りたいなら教えてあげるけど?」
「お、知りたい知りたい。」
「私の好きな魔法は
フェイル・プラネイト・アンチグレデネーゼ。
頭文字をとってフェーパって魔法なんだけど。」
「フェイル?
魔法鉄が入ってるの?」
「魔法鉄、鉄に反応する魔法なんだけど。
威力がちょっとねー。」
「……まさかとは思いますが、高いんですかね。」
「使いようによっては星が吹っ飛ぶかな?」
「……。」
「まぁ、でも?
あなたが使ったとしても人が吹っ飛ぶくらいよ。
私が何年生きてると思ってるのよ。」
「そうだった、大魔導師リーフェ様だもんね。」
「くすぐったいからやめなさいよ、それ。」
「そういやしばらくリーフェの魔法を見てないね。」
「魔法もね、突き詰めると日常生活を便利にするくらいにしか使わないのよ……。」
「髪切ったとき、ごみ袋に切った髪を風魔法で飛ばし入れてたっけ。」
「掃除しなくていいから楽だわー。」
「大魔導師リーフェ様が怠惰です。」
「火が使えるって言われたってどうせ着火にしか使わないんだし。
ドラゴンなんてゴロゴロいるわけないでしょ。
冒険譚の見すぎよ。」
「夢が無いなぁ。」
「あなたたちの世界では魔法って使えないからすっごい夢を持たれてるけど
所詮こんなもんだからね?
魔法ができるからっていつも対象がいるとも限らないわけだし。」
「まぁいつでも敵がいるとは限りませんね。」
「ところで。
なぁに、そのコイン。」
「忘れてた。
自販機から出てきたみたいなんだけど。」
「見せてくれる?」
「どうぞどうぞ。」
リーフェにコインを渡すと珍しいのか目を丸くしてみている。
「90? 何の数字かしら。
コインにしてはアンブレラみたいにトゲトゲしてる変な形ね。」
「リーフェ、知ってる?」
「知ってるとしたらミカエル様かウリエル様ねー。
置いて行ったのもミカエル様だから。」
「あれ? 自販機って定期的に補充の人来るんですよね。
そういう人が来てるの?」
「いーえー? 来てないわ。
概念的に天界から移動するって聞いたかな。」
「何そのめんどくさいシステム。
天界で買って持ってくればいいじゃない、キャップついてるし。
人の夢でなんてことをする。」
「それだけあなたの夢が居心地いいんじゃない?」
「そういや勝手に飲んじゃったけど大丈夫?」
「あなたにも飲んでもらってって言ってたわよ。
好きでしょ、はちみつれもん。」
「そうですね。
幼少期、祖母の家に移動するとき片道が一時間ちょっとくらいだったんだけど
買っていいよって言われて、買ってたのがはちみつれもんだったなぁ。」
「変なスポーツ飲料飲んでなかった?」
「リキプラスのこと言ってるんですかね。」
「あぁ、それそれ。
弟君とケラケラ笑いながら飲んでたわよね。」
「子供心にウケたんですよね。
あれもよく買ってましたな。
で、リーフェ。
リキプラスの話は出会う前だよ。
まーた僕の記憶の部屋を覗いたの?」
「だって退屈なんですもの。
2年来なかったのよあなた。」
「そりゃすみませんな……。」
たんたん、とリーフェがスマホを叩いている。
「あ、スマホ……。
リーフェ、スマホ使うんだ?」
「時代だからねー。」
「ってかWi-Fiかモバイルデータあるのかここ。
どこの会社の使ってるの?」
「Michael。」
「はい?」
「ミカエルって回線。」
「文字通り”神のごとき者”だね……。」
「あった、リキプラス。」
「何を調べてるのよ、何を。」
「1993年くらいにあった飲み物ですって。」
「ジャスト10歳か。
引越しして来た直後だね。
そっかそっか、7~8歳くらいだと思ってたけどその時は新幹線だった。
遠かったんだよね、祖母のおうち。
リーフェに出会う2年前だね。
写真見たいな。」
「どうぞー?」
見てみると記憶がよみがえるようなものが画面に。
「おぉ、これこれ。
青缶に白の横文字。
そうか、僕がまだ覚えてるんだね。
意識的には忘れてるんだけど。」
「記憶の扉は30年前だけあって割と埃だらけだったわ。」
「ほっふー。
扉は開いたんだ?」
「一応はね。」
「起きたら、
あー、リーフェが懐かしいもの見せてくれたーって思うんだろうな。
ありがとうね。」
「いーえー?
近々魔法でも教えてあげようかしら。
気分いいわ。」
「あっはは、リーフェは優しいねぇ。」
「べっつにぃ、あなたほどじゃないわよ。」
そんな談笑をしながら過ごす二人の時間。
こういうのも悪くないかもしれない。
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