第30会 21の世界より電気ナマズの石
別の日。
奥に薄暗い書斎が見える。
少女の姿を確認してゆっくりと歩み寄る。
「リーフェ、こんばんは。」
「あ、いいところに。」
「いいところ?」
「お父さーん。」
双葉がいる。
「双葉!
久しいね、元気してた?」
「相変わらずー。」
「最近よく人で見るね。
チンチラにはならないのかい?」
「どっちがいい? えへへ。」
「チンチラも可愛いねー。」
するとポンッと双葉がチンチラに戻った。
そのまま足元をちょろちょろしている。
「座るか、うん。」
テーブルそばの椅子に座ると、膝に双葉が乗る。
「これさー、実際のチンチラにやられたらたまんないね。」
「だから夢なんでしょう?」
「夢のままでいてほしいね。
実際のチンチラにこれされたら、先立たれた時立ち直れない。」
「そういうあなたは私たちより先立つんだけどね。」
「そりゃすみませんな……。」
「いいのいいの。
あなた今だから言うけど20歳くらいまでには死ぬつもりだったんでしょう?」
「カッコ悪いね。」
「そう?
私はそうは思わないわ。
足掻いて苦しみながら生きるのも様になるんでしょうけど、
同じことの繰り返しは退屈だと悟ってしまうのも美学だと思うわね。
だってあなたの人生でしょう?
どう生きようが死のうが勝手じゃない。
でもその中であなたはやっぱり苦しみながら生きることを選んだ。」
「死ぬのが怖くなっただけかもしれないね。」
「あなたがそうやって茶化すときってロクでもないのよねぇ。
結婚したからっていうのは言い訳には使えないことを先に言っておくわよ。
あなた結婚したの25歳なんだからね。
死ぬ予定の20歳と5年も差があるのよ。
言い訳できる?」
「うーん、そうだな。
自暴自棄になってた時期ではあったかな。
やれることやってもういいか、ってなりたかったかな。
大きく死に向かって舵を切ったこともあったからね。
何の因果か止めていただいたんで生きておったのですが。」
「じゃあこれは?
死ぬのは結婚してからでもできる。」
「結婚して想像以上に人生に花が咲いてね。
全くではないけど死ぬことを考えにくくはなったかな。」
「じゃあ子供は?」
「僕がそもそも子供を好きじゃない。
ダメなんだよね。」
「双葉と陽菜は?」
「夢だからかな。
自分勝手な気持ち悪い想像の具現化は好きなんじゃない?」
「ほー、陽菜を気持ち悪いというか。」
部屋の扉が開いたかと思うと双葉のお姉さんの陽菜が来た。
「陽菜が気持ち悪いんじゃなくて、僕の妄想が。」
「結果生み出されたのが私たちじゃない。」
「でも夢があるだけにすごい好きなんだよなー。」
「複雑ー。」
「あはは。」
「で? あなた、何歳くらいまで生きるの?」
微笑みながらリーフェが紅茶を飲みながら問う。
「厄年なんだよね、死んだらごめん。」
「あなた早生まれだから40歳で前厄なのね。
来年は本厄かぁ。
まぁ私たちは十分に生きてきたから今更死なないでなんて言わないわ。」
「双葉と陽菜はそうでもないんじゃない?」
「陽菜はパパについてく。
パパが死んだらあの世でいつでも一緒だね?」
「長生きしたいなぁ、あの世で一緒なんて縁起でもない。」
「あら、奥さんは生まれ変わっても探す気でいるくせに。」
「そりゃ好きだもん。」
「あなたも変わったわねぇ……。」
「そんなに変わってないない。
75歳くらいまで生きれたらいいね。」
「おじいさんのあなたかぁ。」
「見たくないかい?」
「興味あるわね。
あなた15歳の時でさえもう人生終わりそうなほどの考えを持っていたのに
75歳になったらどんな考えに至っているのかしらね。」
「最近成長している気がしないので15歳からスライドするんじゃない?」
「……自覚がない、か。」
「どしたのリーフェ。」
「15歳のあなたと40歳のあなた、変わった?」
「そんなに変わってないんじゃないかい。
リーフェは変わった感じある?」
「レースレレクレライア。」
「リーフェ?」
バッシャーン!と頭から水が降ってきた。
「何をす……、え?」
文句の一つでも言ってやろうと思ったがリーフェもずぶぬれだ。
「間違えたの?」
「……うん。」
前かがみになっていたので双葉は濡れずに済んだようだ。
「陽菜、双葉を連れて行ってくれないかい?」
「はーい。
ほら双葉、行くよ。」
ちょろちょろと降りて行った双葉は陽菜の足元をうろついて部屋に行った。
「……さて、冗談はここまでにしておこうか?」
「手元が狂っただけよ。」
「大魔導師リーフェ様がこんな初歩的なミスするかい。
だったら双葉は濡れていたね?」
「……。」
「泣いているのかい、リーフェ。」
「泣いてない。」
「たまに死にたくなるけど、多分死なないよ。
しんどい、めんどくさい、もう無理って言いながら病気して死ぬんだよ。」
「ふふ、大往生したりして。」
「妻が先に逝くならいいね。」
「奥さんに先に逝ってほしいの?
好きなんじゃないの?」
「好きだからだよ?
見送らせるのは申し訳なくてね。
なら僕が見送って待っててもらうのさ。」
「愛情が深いわね。」
「妻には感謝しかないね。」
「服、乾かしましょうか?」
「ここ夢だからあんまり感覚ないね。
べたついている、かもしれないって感覚なだけで。」
「大丈夫?
精神状態悪くなってない?」
「いんや。」
カツン、と何かの音がする。
音の方に振り向くと、鈴の音に流れる金色の長い髪。
「あ……。」
「ウリエル様、どうしてここに?」
「来たら迷惑だった?」
「とんでもない。
こんな人間風情を気にかけていただいて申し訳ないです。」
「べっつに気にかけてなんかないわよ。
ちょっとおもしろいもの見つけてね。
自慢してやろうかと思ったの。」
「何でございましょう。」
「よっと。」
「む、胸の間から取り出すんですか。」
「ふふん、大きいでしょ。」
「ウリエル様、シュライザルは大きいのは苦手らしいです。」
「嘘っ!?
そんな人いるの!?」
「いるんですよ、これがまた。」
「あなた、とことん変態ね。」
「変態と言うな、変態と。」
「で、ウリエル様?
……って、それ電気ナマズの石じゃないですか!」
「リーフェは分かったようね。」
「電気ナマズの石?」
「珍しいものが出てくるわね、よくもまぁ。
あれも行方不明になってたんだけど、
21の世界の天人が持ってた道具のひとつで、
とんでもない量の電気を帯びている石よ。」
「ほぇー……。
ウリエル様、どこにあったんです?」
「天界の宝物庫。」
「今すぐに返してきてください!」
「ミカエル様に許可をとってきてあるに決まってるでしょ、バカ!
カリカリしないの、早とちりするんだから。
あとは、なんだっけ。
あの草原に置いてあるからついてきなさい。」
「何持って来られたんですか……。」
「見てのお楽しみ。」
「あ、リー……。」
「部屋に行って着替えるわ。
着替えたら行くからウリエル様についていきなさい。」
「ほいほい。」
最奥の部屋の草原のことを言っているんだろう。
ウリエル様も気に入られたんだろうか。
広いからかな。
草原に出るとキラキラした細い長物が刺されている。
「何です? この細長いもの。
竿だけ?」
「さおだけ?」
「洗濯物干しですか?」
「死にしたいのあなた!?
それは神槍カシウスよ!」
「ぎゃー! カシウスだったのか!
……はて、ウリエル様にはロンギヌスがありませんでしたっけ。」
「あなた用に貸してあげる。」
「……カシウスを?」
「えぇ。」
「僕、これ持てます?」
「持ってごらん。」
ザン、と引き抜くと先には返しの付いた鈎針のようなものがついている。
「おかしい、重くない。」
「……こりゃミカエル様が認めるわけだわ。」
「はい?」
「いやぁ、怒らないでね?」
「何でしょう?」
「それさー、才能ないが人持つと魂を焼かれるのよ。
よく無事だったなーって。」
「怒りますよ!?
こんな危ないもの!」
「あはは!
まぁ、からかうのはこの辺にしとくわ。」
「ん?」
「石自体はだいぶ擦り切れて小っちゃくなってるけど、
電気ナマズの石とセットで使うものでさ。
ミカエル様がシュライザルに使ってもらってくださいって、カシウスを。」
「ミカエル様が?」
「多分、今執務室で見てるよ。」
「ほう。
で、電気ナマズの石とどう使うので?」
「そうね、見せた方が早いかな。」
ポーンと石を放り投げると、
ロンギヌスを召還したウリエルが槍の切っ先を電気ナマズの石に当てる。
途端に周囲が眩しくなり、天に向かって雷光が突っ走る。
落雷とかそんなレベルではない。
雲が切り裂かれている。
「すげ……。」
「こうやって使うの。
使いやすい上に威力が凄くてね。
天人があんまりに多用するんで本当は野球のボールくらい大きかったんだけど、
こんな3センチくらいのちまっこい石になっちゃってね。」
「ちょっと待ってください!?
今の芸当、僕がやるんですか!?
こんな長尺物で!?」
「エクスカリバーでもできるけど、切っ先を当てる前に石が落ちちゃうよ。
あれ、重いんでしょ?」
「あー……。」
確かにずっしりくるエクスカリバーに比べたらカシウスは羽のように軽い。
長いので振った反対の方が背中や腕に当たるんだが。
「出来そう?
ミカエル様は結構あなたの能力を買ってるみたいでね。」
「やります。」
「……は。」
「どうしました?」
「ううん。
はい、石。」
「よし!」
ぽーんと石を放り投げる。
「はっ!」
不快なモスキート音が流れる。
「うっ! これいつか聞いた!」
ウリエル様にも聞こえるらしく、表情が歪む。
するとカシウスの全長が1メートル超まで縮んでいく。
最高値の高さまで上がった電気ナマズの石にカシウスの切っ先がぶつかる。
「いっけぇーっ!!」
莫大な音を上げて雷撃が天に昇っていく。
威力はウリエルに全く届かないが雷光は天に突き抜けていった。
「もう、明晰夢を使って。」
気づいたらリーフェが草原でティーセットを出して呆れ顔で紅茶を飲んでいる。
「ウリエル様の方が上手でしたね!」
「……。」
「ウリエル様?」
「え? 何?」
「聞いてなかったんですか、ひょっとして。」
「私って可愛いって?
いやー、それほどでもー。」
「ありますけど、ウリエル様の方が上手だったなって。」
「あるんだ……。」
少し頬が染まっているウリエル。
こういうところが可愛い人だよね。
「ウリエル様、お疲れになったでしょう?
よかったら私がお紅茶を用意しますけど。」
「……シュライザルは? 来る?」
「行きますけど。」
「リーフェ、何の紅茶?」
「シュライザルが変わったものを飲めないので
マリアージュフレールのポンムですね。」
「ぷぷっ、お子様。」
「あ、言いましたね?
マリアージュフレールは由緒正しき紅茶の。」
「あーもう、真に受けるな。
面白い人だなぁ。」
「納得いかねぇ……。」
広い草原で紅茶を飲むなんて優雅ですね。
夢だからいいんだ、夢だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます