第29会 21の世界より奇跡の鍵

時はまた変わって2023年。


変な夢しか見なくなってきたな。


大丈夫か。


奥に薄暗い書斎が見える。

少女の姿を確認してゆっくりと歩み寄る。


「あの部屋だね。

リーフェ、やほー。」


「あ、来たわ。

また数年来なかったお馬鹿さん。」


「そういうなってさ。

調子はいいんだってことだよ。」


「こっちに来たってことは調子悪いんじゃないの?」


「緊張は常にしてるかもねぇ。」


「今2023年になったんだっけ。」


「そうだね。」


「40歳になった?」


「そうだね。」


「おじさんになったわねぇ、あなたとの付き合いも28年かぁ。」


「12歳からだとそうだね。

出会ったときはそんなに見た目変わらなかったのに差が出てきたね。」


「そうね。いいんじゃない?

それだけ付き合いが長いってことでしょ。

まぁ、精神状態は良くなってきているようね。

言ったでしょう、治るのにどれだけかかるかわからないって。」


「よくなってるからいいんじゃない?」


「雑ねぇ……。」


紅茶のカップを傾けながらリーフェがため息をつく。

そういや娘になれなかった二人が見えない。


「双葉に陽菜は?」


「部屋で寝てるわ、この時間だし。」


「そうかそうか。」


奥から珍しい人が歩み寄ってくる。


「おや、ミカエル様。」


「いつかぶりですね、シュライザル。」


「お元気にされていましたか?」


「えぇ。」


「エクスカリバーは?

姿が見えませんが。」


「あんまりにもあなたが来ないので寂しがっていますよ。

剣に戻ってしまっています。」


「それで普通なんじゃないかと思うのですが……。」


「まぁ、そうですね。」


「ウリエル様も元気にされていますか?」


「……ウリエル、ですか。」


「何かあったんですか?」


「そうですね。」


するとミカエル様は手に持っていたものをどん、とテーブルに置く。


「うお……。

表紙がガラスの日記帳、ですか。」


「ウリエルの日記帳なんですよ。」


「え? そんな大事なもの持ってきていいんですか?」


「というのも託されておりまして。

シュライザルに解読できたらしていただきたいなと。」


「ウリエル様、ご自身で書いててご自分で読めないんですか?」


「私に懺悔をしたかったようなのですが、生憎私では鍵を開けられなかったのです。

ウリエル自身に聞こうと思ったのですが、いまあの子は哨戒任務に就いておりまして。」


「僕で開けられるわけ……、あ。」


「そうです、明晰夢です。」


解決方法が見つかったと思ったところでリーフェが口を開く。


「ミカエル様、彼の明晰夢はかなりの力を消費します。

可能なら避けていただきたいのですが……。」


「そうですね。

しかし部下が悩んでいるともなると上司としても看過できず。

困りましたね。」


「……ん?」


表表紙のガラスの奥に薄っすら何か見える。


「……ミカエル様、なんか鍵が見えませんか?」


「そうなんです、鍵が中にあるんです。

鍵を取り出すために鍵を開けなければならないという矛盾が生じているんです。」


「……これ、ウリエル様の日記帳で間違いないんですよね?」


「えぇ、本人に渡されましたのでね。」


「……リーフェ、解錠の魔法ってある?」


「あるにはあるけど、様々ね。

なんでも開けられるのはあなたにとってはほぼ明晰夢。

一言でポンと開く都合のいい魔法もあるにはあるんだけど上位ね。

それに近しい奇跡の鍵の話でもしましょうか?」


「奇跡の鍵って?」


「21の世界のお話は覚えてる?」


「傲慢な天人がブラムスとノーチェスを使って銀河規模で金品強奪してて

遂には神様になろうと神様に歯向かったけど

肝心の武器を銀河に散らされて地獄に落とされた話だっけ。

ざっくり言うと。」


「そうそう。

その天人が持ってたものの一つが、奇跡の鍵。」


「いくつかあるんだね。」


「えぇ、文字通りなんでも開いたそうよ。

鍵の付くものなら鍵穴のものからダイアル式のものまで、全部。

ただ、それも行方が分からなくてね。」


「そんな鍵があると便利なんだが、夢の話だね。」


「ここ、夢なんだけど。」


「言うな言うな。」


「あーるーじーさーまー。」


背後から猫なで声が聞こえる。


「やや、エクスカリバー。

いたのかい?」


「久しぶり、寂しかったよー。」


伸びをしながら歩み寄るエクスカリバーを見てミカエル様がため息をつく。


「エクスカリバー、また剣を抜け出して……。」


「主様がふらっと来るかもしれないから

天界に返さないでって言ったの正解だったね、ミカエル。」


「もう……。」


テーブルを覗き込んで首を傾げるエクスカリバー。


「で? 難儀してるねー。

その本の鍵が開かないの?」


「そうそう、これを開けたいんだけど肝心の鍵が中にあってさ……。」


「ふーん。

……これ、主様と二人っきりにしてくれたら開けてあげてもいいよ。」


「え? 開けれるんですか、エクスカリバー。」


「多分。」


「はて、そんな機能ありましたか? あなた。」


「恥ずかしいから見られたくないの。」


「そういうことですか。

ではリーフェ、あなたの部屋に案内してください。」


「はーい。」


ぱたん。


二人が行ってエクスカリバーと二人っきりになった。


「女の子のエクスカリバーが女性のミカエル様とリーフェに見られたくなくて

僕には見られて大丈夫って逆に不思議なんだけど……。」


「……多分、主様のことだから聞かなかったんだろうけど

私の本当の名前、知らないよね?」


「エクスカリバー、は剣自体の名前だね。

そうか、宿り主である君がエクスカリバーの名前であるとは限らない。」


「主様のそういうところ好き。」


「どこ?」


「発想が柔軟なとこ?」


「普通じゃないかい?」


「違うんだけどなぁ……。

で、私の名前が鍵になっててね?」


「ウリエル様の日記帳の?」


「それ、ウリエルの日記帳なんだ。

じゃなくてさ、奇跡の鍵。」


「はっ!?」


「声が大きいって!」


「ごめん。」


「で、主様が私の名前を呼んでくれたら開けられそうってお話。」


「お名前を当ててってオチはないよね?」


「それは無量大数じゃないかなぁ……。」


「名前を聞いてもいいの?」


「うん。」


しばし流れる沈黙。

何か間違っているような気がして彼女に確認のつもりで聞いてみる。


「あのー、……お名前を聞いてもいい?」


「恥ずかしいんだよねー。」


「ちなみに口に出していいの?」


「出してもらわないと鍵は開かないね。」


不思議なやり取りが続く。


「……あ、僕鈍かったかな。」


「ん?」


「つけて、ってことかなって。」


「あ、名前あるー。」


「あるのね。」


こそっと耳打ちされる。


「かわいい名前。」


「いいの、そういう感想は。」


「エクセンシア。」


途端に彼女の体から虹色の光があふれる。


「うお!?」


「唯一にして絶対の奇跡の鍵、無限解錠コード起動。」


機械音声が彼女の口から流れる。


パキン、と軽い音がしてウリエルの日記帳が開いた。


「ほぇー……、こりゃ驚いた。」


「ミラクル・キーリン、エクセンシアで

ウリエルのあんなことやこんなことの秘密も解錠できるよ。」


「殺されるからいいや。」


「あはは、真に受けた。

嘘ー。」


「嘘かい!」


「半分は本当。」


「え?」


「ウリエルが触った、大切にしているものなら

本人にリンクしてあらゆるものの解錠はできるかな?

もっとも主様が望めば、だけど。」


「望まないね。」


「やさしいなぁ。」


「で、ミラクル・キーリンって何?」


「戦う女の子っぽくてかっこよくない?」


「やめなさい。」


「はぁい。」


そこまで話して扉が開く。

状況を見て二人とも驚いているが口を開いたのはリーフェだった。


「何か、一瞬神光気レベルがすっごい上昇したんだけど……。

ひょっとしてエクスカリバー?」


「うん、私ー。」


「うん私、ではありません。

あなた、何の機能を隠していたんですか。

話しなさい、エクスカリバー。」


「ミカエルとかには言いたくないなぁ……。」


「天使長命令でもですか?」


「今の私のご主人さまって、主様なんだよ。

だからミカエルの言うことは聞けないかな?」


「む、そうですね……。

シュライザルに聞いてもいいですか?」


「聞かれたくないんだけど……、

そういう聞き方するなら仕方ないかな。」


「わぁすごい、鍵が開きましたよミカエル様!」


「え? あ、本当ですね……。」


「なんかパキンって音がして、僕には見えませんでした。

まぶしくて。」


「見えなかったんですか?」


「神光気ってやつでしょうか。

全然見えませんでしたよ。」


「エクスカリバーを庇っていませんか。」


「正直に言うと半分は、ですかね。

見えなかったのは本当です。」


「ふふ、いいでしょう。

エクスカリバー、これ以上は詮索しません。」


「あ、あるじさま……。」


「よかったですね、エクスカリバー。

優しいご主人様で。」


「……むぅぅ。」


「どうしたんですか、不満ですか?」


「主様が優しいのがなんかもやもやする。」


「わからない感情ですね。

そのような感情を抱いて生きるのはさぞかし痛苦でしょう。」


「あるじさまー、頭撫でてー。」


「ほい、どぞどぞ。」


くしくしと撫でると彼女は嬉しそうに目を細める。


「あー、いーいーきーぶーんー。」


「剣に戻るかい?

もっと楽になれるんじゃない?」


「いーや。

あるじさま、帰るの?」


「もうちょっと居れそう。」


「あるじさま、また来れるー?」


「わかんないね、最近へんてこな夢しか見なくて。」


「へんてこな、夢?」


やり取りを聞いていたリーフェが不思議そうな顔をする。


「どしたのリーフェ。」


「精神状態がかなり改善している証拠ね。

明晰夢、ひょっとしたら使えなくなってるんじゃない?」


「わかんないな。

そもそもあれ使うと負荷デカいんで試すのも億劫だね。

まぁ自分のことはいいですよ。

それよりも日記帳の鍵が開いたのでミカエル様に見ていただきましょう。」


「そうですね。」


大きな扉表紙を開くとよくわからない文字が並ぶ。

流石に僕では読めそうにもない。


「ふむ、鍵かと思っていたものは鍵型のガラスペンでしたか。

お洒落な日記帳ですね、あら。」


何かに気づいたミカエル様。


「……なんということでしょう、ウリエル。」


「どうかしたんですか?」


「端的に言うと、懺悔したい内容は嫉妬です。」


「嫉妬? 何か羨ましいんですか?」


「エクスカリバーがあなた、シュライザルと親しいことが羨ましいようです。

ただ、七つの大罪の一つになりますので私に告白したのでしょう。」


「ふーん。

でも私ウリエルに主様を渡さないよー?」


「本人もそれで構わないと書いていますね。」


「どういうことー?」


「このままではウリエルは堕天してしまいます。

こういった感情は天使には無いんですけれどね。」


「……お。」


「なんですか、シュライザル。」


「ミカエル様。

狂い酒って、覚えています?」


「リーフェ!? 私の失態を話したんですか!?」


「違います!」


「そうじゃなくて、ウリエル様の方でして。」


「あぁ、びっくりした。」


ほっと胸を撫でおろすミカエル。


「エクスカリバーが羨ましいと言っていたことがありまして。」


「ふむ、狂い酒を使って話したのならウリエルに潜在的に思いがあったのでしょうか。

……或いは、あなたのせいか。 シュライザル。」


「僕ですか?」


「そもそも天使とは人と接する機会が少ない上に

神の代行者として赦しを与える存在です。

あなたのように対等に話せる人は稀です。

ですから優しくされる、褒められるということはまずありません。

優しくしたのではないですか?

結果、ウリエルに感情を与えてしまったのかもしれません。」


「……僕の責任だ。

ウリエル様が堕天しちゃったらどうしよう。

ウリエル様は僕の憧れ。

何とかできないでしょうか、ミカエル様。」


「それは。」


ミカエルが言いかかって声がする。


「……だからそういうところだってのに、鈍いなぁ。」


薄暗い書斎に歩みを進める金髪の天使、ウリエル。


「ウリエル様!」


「あなただけなのよね、対等になっても絶対敬称を外さないの。」


「天使様ですよ、何を仰っていますか。」


「エクスカリバー、シュライザルくれない?」


「だめー!」


「ウリエル、あまり感情を大きくすると堕天しますよ。」


「分かっています。

……けど、もう始まってくるでしょう。」


「……記憶を消せば、助かりますが。」


「輪廻に乗ります。」


「そうですか。」


「ウリエル様!?

輪廻ってアマツカイの輪廻のことじゃないですよね!?」


「それ。」


「だめですよ!

ウリエル様が消えてしまうじゃないですか!」


「じゃー、なんで私に優しくしたの?」


「う……。」


「ってのは意地悪でね?

私より強かったから惹かれただけ。

万里疾閃だっけ、カッコよかったなぁ。」


そよそよとウリエルの周りに黒い霧がかかる。


「っ!」


「あーぁ、堕天かぁ。

ミカエル様、ごめんなさい。」


「あなたはよく頑張ってくれました。

堕天したところで天使から外れるだけで存在が消えるわけではありません。

私は誇らしいですよ、ウリエル。」


バタバタと自分の服が揺らめくのがわかる。

驚いたのはリーフェ。


「じょ、冗談じゃないわよ!

あなた、使えるかもわからない明晰夢で堕天を止める気でしょう!?

どれだけの負荷がかかると思ってるの!?」


「しない後悔よりした後悔を選ぶ方なんでね。」


「あぁもう、バカ!」


霧が濃くなりウリエルの翼が闇色に染まる。


「何をする気かは知らないけど、間に合わないよ。

堕天を止める術はない。」


「エクスカリバー! 力を貸してくれ!」


「主様が私を使ってくれる!?

こんなに嬉しいことがあるかーっ!」


奥の部屋から飛んできたエクスカリバー。

宿り主が刀身に戻り、輝く。

柄を両手で握りしめてウリエルの天使の輪に切っ先を向ける。

呼吸を整える。

……この技、こっちも覚悟がいるんだよね。


強いモスキート音が流れる。


「うっ! なんですかこの音!」


不快な音にミカエルが表情を歪ませる。


「姫龍閃が究極七閃、代夜(だいや)!」


エクスカリバーの切っ先がウリエルのヘイローを突く。

音を消すようにウリエルの黒い霧が吹き飛ぶ。


「こ、こんなことが出来るんですか……!?

どんな理屈で……!?」


驚くミカエル。

しかし、浸食されているウリエルの翼の色。


「半堕天状態ですね、よく止まったと思います。

……シュライザル?」


「うぐぐぐ……!

こんなにつらいのはあんまり経験がない!

邪魔だ、消えろーっ!」


ウリエルを侵食していた翼の闇色が溶けて消える。


「じょ、冗談よしてください!

堕天状態の解除!?

例外が過ぎます!」


ガラーン!とエクスカリバーを落とし崩れ落ちる自分。


「ご、ごめんエクスカリバー。

落としちゃった……。」


慌てて剣から出てきたエクスカリバーが駆け寄ってきた。


「私はいいよ! 主様大丈夫!?」


「寝たら治るから……。

あー、でもこれ起きても使い物にならないかな一日。」


「なんで……? なんで助けたの!?」


怒りの表情で睨むウリエル。


「夢遮断して逃げたら怒ります……?」


「怒るよ!」


「そうですね……。

ウリエル様って僕の推しなんですよ。」


「推し?」


珍しい言葉なのかキョトンとするウリエル。

表情がコロコロ変わって可愛らしい。

って、これ言ったらダメなんだっけ。


「何ですかね。

妻が一番可愛いんですけど輝いていてほしい偶像的存在といいますか、

自分のせいでアマツカイの輪廻に乗られるのは個人的には異論がありまして。」


「……ふぅん。

ねぇ、なんであなたアマツカイの輪廻のことを知ってるの?

ミカエル様?」


「私は話した覚えがないんですけどね。」


「どうして天使が転生することを知っているの?

一応機密条項なんだけど……?」


「僕の夢だからかもしれませんね……、よっと。」


少し体力が戻ったのでテーブル近くの椅子に腰を下ろす。


「大丈夫?」


「なんとかね、ありがとうリーフェ。」


「天使って魔力枯渇、寿命、過負傷、堕天、神への謀反で天命が尽きると思います。

その時に役職が転生するのがアマツカイの輪廻……。

異なる人物の同じ名前の天使が生まれる現象ですよね、異口同音みたいな。

ですから、今のウリエル様が輪廻に乗ると違うウリエル様が生まれる。

嫌だったんです。

勝気なウリエル様のままでいてほしい。

我が儘でしたでしょうか。」


「……そんなにいっぱい話さないでよ。」


俯くウリエル。


「シュライザル、代夜とは?」


「ミカエル様、そうですね。

こちらの力を委譲する技です。

ですが、明晰夢を乗せたので過供給になったと思います。」


「エクスカリバーの神光気も加えて供給し、闇を押し出したのですね?」


「大技なので出来るかは賭けでしたけど、

自分の夢なんで叶えてもいいですよね?」


「……ウリエル。」


「はい、ミカエル様。

どんな罰でも受けます。」


「ふむ、結構。

リーフェ、私からは口外できないのであなたが代行してくださいませんか。」


「確かに。」


「エクスカリバー、少し付き合ってくださいませんか。」


「どこ行くのー?」


「あなたの部屋も見てみたいです。」


「いいよー。」


ぱたん。


残されたのはリーフェ、ウリエル様、自分になった。


「さて、どんな罰でも受けるといったあなたですが。」


リーフェの口からミカエル様の声がする。

念話だろうか。

こんなこともできるのか、凄いな。


「はい。」


「シュライザルのことをどう思っていますか。」


「えっ。」


「答えられませんか。」


「ミカエル様、堕天しちゃいますよ。」


「その点はもう大丈夫ですね。

例外が過ぎますが、あなたに対しての感情で堕天はしないでしょう。」


「あ、そうなんですか……。」


「こんなやつ、嫌いです。」


リーフェから目を背けて答えるウリエル。


「ではシュライザル、今のウリエルを見てどう思いますか。」


「……本当に堕天しないんですよね?」


「神光気の質が変わりましたのでね。

でも神に愛される正天使です。

変わった趣味を持っていますね、あなたも。」


「趣味?」


何かに気づきそうなウリエルが目を丸くする。


「シュライザルが言うことに意味があります。

ウリエルを見てどう思いますか。」


「……可愛いですね。」


「ふっ!?」


顔を真っ赤にしてこちらに向けた視線を逸らすウリエル。


「以上が罰になります。

ウリエル、素直じゃなくても構いませんが

気づいてもらえないと損しますよ、その性格。」


「嫌いだ……、こんなやつ。」


踵を返して最奥の部屋に歩んでいくウリエル。

一番奥の草原の部屋から天に帰るつもりだろう。


「ウリエル様、お送りしましょうか?」


「いらないわよ、バーカ!」


後ろ手に手を振って行ってしまった。


キンッ。


何かが落ちた音がする。

落とし物か。

音のした方へ行くと指輪が落ちている。


「ウリエル様、落としも……!

あぁもう! いないよ!」


「追ったら?」


「リーフェ、でも僕は星空のローブを使っても天界まではいけない。」


「そういう意味じゃなくて。」


「?」


「いいから拾って行きなさい!」


「なんなんだ!?

間に合うの!?

ウリエル様ぁぁぁっ!」


最奥まで走って行って扉を開く。

ザーッと草原の長めの草が風に流れている。

ウリエル様の姿は見えない。

流石に一回の夢で明晰夢を二回使ったことはない。

枯渇した体力が戻り始めているがそんなに高くも飛べなさそうだ。

何ができる?

考えろ。

考えろ考えろ!


「……指輪、返して。」


「はっ!」


真っ赤になっているウリエル様が背後にいた。


「よかった間に合って、はい。」


「……ありがと。」


伸ばした手から指輪を受け取って指にはめなおすウリエル様。

なんか雰囲気が違う気がする。


「……ここ、音声どころか魔力も遮断されるのね。」


「僕の一番好きな場所です。」


「ねぇ。」


「はい。」


「……私はエクスカリバーみたいにべたべた甘えたりはできない。」


「……。」


「何か言いなさいよ。」


「こういう時って突っ込まない方がいいと思うんですがね。」


「は……。」


耳まで真っ赤になるウリエル。


「あなた知ってて!?」


「鈍いといわれたこと、ままありますがね。

でもそのままでいてください。

ウリエル様は今のままで十分あなたらしいです。

別に踏めとまでは言いませんが、そういう接し方があることも知っています。」


「……思い切っていい?」


「キスじゃなければ。」


「奥さんいるんでしょ、バカなこと言わないの。」


「牽制球です。」


「あはは、握手してもらっていい?」


「はい。」


差し出されたウリエル様の手の握る。


「っ。」


「どうかした?」


不思議そうな顔をするウリエル。


「手、小さいですね。」


「悪かったわね。」


「それでよくロンギヌス振れますね。

結構長かったですし、あれを扱うには練度が必要だ。

苦労されたんですね、触ってわかります。」


「べっつにぃ。」


「じゃ、失礼して。」


ガバッとウリエルの長い服の袖をまくる。


「ちょっ……!」


「ほら、こんなに傷だらけだ。」


「……今までの仕返し?

あなたには見られたくなかったな。」


「あなたには?」


「あっ……。」


声が小さくなるウリエル。


「やっぱりウリエル様はそのままでいてください。

僕もその方がいいです。」


「エクスカリバーの方が可愛くない?」


「可愛い人は可愛いを知るんですねー……。」


「女殺し! 死んじゃえ!」


「あはは。」


くるりと一回転するウリエル。


「ここあなたの夢なんでしょう?」


「そうですね。」


「広いわねー……、果てが見えない。

そして私もあなたの夢。」


「っ。」


「変な人。

冷たくされたいなんておかしいと思わない?

絶対私みたいな性格なんて好かれない。」


「変な人でいいですよ。

僕はツンデレさんを好きになることはないんですけども

ウリエル様がそうならそれでいいと思いますし。」


「不思議な言葉ばっかり使うわね、あなた。

つんでれ?」


「例えばミカエル様やリーフェが居るところでは冷たくしていても

二人になったら割と素直な気持ちが伝わりますよ。

それがツンデレです。」


「私は甘えることは嫌い。

人にのしかかること自体が自分に甘えてるみたいで嫌。

私は自分の足で立っていたい。」


「いいんじゃないですか。

誰か悪く言いましたか。」


「……そっか、あなたしばらく来てなかったわね。」


「ですが?」


「エクスカリバーにちょっとね。」


「何か言われたんですか?」


「私、トゲトゲしてて可愛くないってさ。

分かってはいるんだけどね。」


「彼女はまだ7…9歳くらいですからね。」


「クスクス、なんで7って言いかかったの?」


「最後に来たのが2021年何で当時7歳の精神年齢の彼女が染みついてて。

2年後に来たら今は9歳くらいですよね。」


「あの子成長してなくない?」


「デレアマも悪くないと思いますよ?」


「知らない言葉ばかり使うのね、あなた。」


「すみません。」


「悪いとは言ってないでしょ。

で? デレアマって?」


「ツンデレとは反対ですかね。

いつでも甘えてます。」


「ツンツンってあるの?」


「個人的にはあまり聞かないですね、あるとは思いますが。」


「あなたの住むところの言葉って難しいのね。」


「自分でもそう思います。」


「……うん、ありがと。」


「何がですか?」


「気づいてたんじゃないの?」


「話が戻るんですね。

ウリエル様がこの部屋の背後にいたときにそうかなって。

いや、指輪が落ちた時にひょっとしてって思ったかな。」


「私、下手だった?」


「エクスカリバーに気づかれなければよくありません?」


「あの子、パカだから大丈夫でしょ。」


「あはは。」


と、奥の扉がバーンと開く。


「こらウリエル!

主様を取るな!」


「あらエクスカリバー。

こんなやつに興味があると思って?

よければ殺してあげるけど?」


「だ、め!」


エクスカリバーの背後でミカエル様が口を押えているのが印象的だった。

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