四半世紀以上前から続く明晰夢のお茶会

第１２会 少女への相談

　今日（きょう）は気（き）になることがあると言（い）う事（こと）で相談（そうだん）に来（き）てみた。

　いつものように参上（さんじょう）し、アップルティーとクッキーが用意（ようい）されお茶会（ちゃかい）が開（ひら）かれる。

　「リーフェに聞（き）きたいことがあるんだけど。」

　「ん？何（なに）？」

　「夢（ゆめ）の事（こと）。

　妻（つま）がね、固定（こてい）した記憶（きおく）にない夢（ゆめ）を見（み）るって言（い）うんだ。」

　「どんな？」

　「鍵付（かぎつ）きの引（ひ）き出（だ）しに卵形（たまごがた）をちょっと伸（の）ばしたようなポケベルを使（つか）う夢（ゆめ）らしい。

　連絡手段（れんらくしゅだん）はとれるようなんだけど、取（と）ろうとするところで目（め）が覚（さ）めるらしい。」

　「夢（ゆめ）の遮断（しゃだん）じゃないかしらね。」

　「夢（ゆめ）の遮断（しゃだん）？」

　「無意識（むいしき）のね。

　思（おも）い出（だ）したくない思（おも）い出（で）がかけられてる可能性（かのうせい）があるわね。

　鍵付（かぎつ）きの引（ひ）き出（だ）しというものも心（こころ）の奥底（おくそこ）に仕舞（しま）ってある思（おも）い出（で）の意味合（いみあ）いがありそうね。」

　「ほう。」

　「多分（たぶん）、対人関係（たいじんかんけい）にいい思（おも）い出（で）がないんでしょうね。

　相手（あいて）との連絡（れんらく）を取（と）ろうとすると夢（ゆめ）が遮断（しゃだん）されるのは意思（いし）が拒絶（きょぜつ）してるから。

　夢（ゆめ）が固定（こてい）されているのは、同（おな）じくいい思（おも）い出（で）が無（な）くて反復（はんぷく）して夢（ゆめ）を見（み）ているから記憶（きおく）の扉（とびら）に埃（ほこり）がかぶっていない。

　嫌（いや）なだけに忘（わす）れられないのね。

　まぁ、私（わたし）は夢占（ゆめうらな）いは信（しん）じてないからやらないけど、その辺（へん）かな。

　って、奥（おく）さんにどう伝えるのよ。

　貴方（あなた）が忘（わす）れたら意味（いみ）ないじゃない。」

　「最近（さいきん）は夢（ゆめ）、忘（わす）れないよ？」

　「あらそう？」

　「ただメモしててもなんだこれ、って時（とき）は稀（まれ）にあるけど。」

　「ダメじゃない。」

　「稀（まれ）だから、稀（まれ）。」

　「でも今時（いまどき）ポケベルねぇ……。

　１１、１２、３２、４４、９３とか送（おく）るのかしら。」

　「いまさらっと凄（すご）い事言（ことい）いましたね。

　まぁ、そうなんですけど。」

　「分（わ）かる貴方（あなた）は何（なん）なのよ……。」

　「いや、自分（じぶん）なりに考（かんが）えて法則（ほうそく）を作（つく）ってみたらそれがたまたまポケベル用語（ようご）で。

　自分（じぶん）でも初（はじ）めて知（し）った時驚（ときおどろ）いた。

　割（わり）と最近（さいきん）。」

　「そのポケベル、何色（なにいろ）？」

　「白色（しろいろ）と桃色（ももいろ）とか言（い）ってたかな。」

　「あー……。」

　「何（なに）？」

　「甘（あま）える相手（あいて）が欲（ほ）しいのね。

　色（いろ）に出（で）るのよ。

　白色（しろ）だったらやり直（なお）したい、真（ま）っ新（さら）にしたい。

　桃色（ももいろ）だったら愛情（あいじょう）や甘（あま）え、女（おんな）の子（こ）らしさの現（あらわ）れね。」

　「夢占（ゆめうらな）いはやらないんじゃないんじゃなかったの？」

　「あくまで私（わたし）の解釈（かいしゃく）。」

　「あ、そういう事（こと）。」

　「卵型（たまごがた）なのは、心（こころ）の柔（やわら）らかさを出（だ）してるわね。

　普通（ふつう）のポケベルって大体四角（だいたいしかく）でしょ？

　丸（まる）みを帯（お）びているってことは、送（おく）る相手（あいて）に気（き）を遣（つか）ってるのね。」

　「その夢（ゆめ）から脱（だっ）する方法（ほうほう）とか聞（き）いてもいい？」

　「明晰夢（めいせきむ）。」

　「やっぱりかぁ。」

　クッキーを頬張（ほおば）りながらうんうん考（かんが）える。

　「あとは外部的要因（がいぶてきよういん）もあるわよ。」

　「外部的要因（がいぶてきよういん）？」

　「もっと奥（おく）さんを可愛（かわい）がってあげるの。」

　「ほう。」

　「あ、変（へん）な意味（いみ）じゃないわよ？」

　「分（わ）かってる。」

　「可愛（かわい）がるって言（い）うのも嫌（いや）ってくらい。

　そうすれば嫌（いや）な夢（ゆめ）っていうのは一般的（いっぱんてき）には出（で）づらくなるわ。

　……まぁ、そこそこすでに可愛（かわい）がってるみたいだけど。」

　「まぁ、好（す）き好（す）きで結婚（けっこん）したわけですし。」

　「好（す）きだけで数年前（すうねんまえ）のあんな地獄見（じごくみ）れる？」

　「見（み）れますなー。」

　「私（わたし）にはちょっと出来（でき）ない話（はなし）ね。」

　「ま、仮（かり）にも男（おとこ）ですし。

　変（へん）な意味（いみ）じゃないけど、僕（ぼく）はいい意味（いみ）で差別（さべつ）はしますんでね。

　男性女性（だんせいじょせい）で分（わ）かれている時点（じてん）でもう差別化（さべつか）されてるんですよ。

　ただ、男性（だんせい）なら泣（な）くな、こうあるべきってのは嫌（きら）いかな。

　男性（だんせい）でも泣（な）くだろうし可愛（かわい）いものが好（す）きならやればいいと思（おも）う。

　女性（じょせい）でも野球（やきゅう）をやりたい人（ひと）はいるでしょう。

　結構（けっこう）なことだと思（おも）います。」

　「そうねぇ、貴方可愛（あなたかわい）いもの好（す）きだもんね？」

　「言（い）うな、それを。」

　「あははっ！

　あぁ、あと一（ひと）つ言（い）っておかないといけないことがあるわ。」

　「何（なん）でしょう？」

　「奥（おく）さんを可愛（かわい）がるのはいいけど、記憶（きおく）を無（な）くす瞬間（しゅんかん）じゃだめ。

　どこの時（とき）だったら記憶（きおく）を無（な）くさないかって、１２年（ねん）も一緒（いっしょ）に居（い）るんだからもう分（わ）かるでしょう？」

　「あー……。」

　「そういう事（こと）。

　貴方（あなた）は足（た）りてると思（おも）っても、記憶（きおく）を無（な）くしてたらその分（ぶん）は無（な）いことになる。

　それは不足分（ふそくぶん）になるわ。

　注意（ちゅうい）しておいてね。」

　「ほい。」

　「しっかし、スマートフォンがある時代（じだい）にポケットベルかー。

　今（いま）、あるんだっけ、ポケベル。」

　「サービスは終了（しゅうりょう）してますね。」

　「そう。

　奥（おく）さんはポケベル持（も）ってたことあるのかしら？」

　「さぁ……、無（な）いんじゃないかな？」

　「受（う）け専（せん）ってのもあるじゃない。

　内容（ないよう）によってはどこかで電話（でんわ）すればいいんだし。」

　「公衆電話（こうしゅでんわ）も数（かず）が減（へ）りましたからなー。」

　「まぁねぇ。

　そういえば貴方（あなた）、テレカ持（も）ってなかったっけ？」

　「変（へん）なこと知（し）ってますな。」

　「悪（わる）かったわね、人間（にんげん）が古（ふる）くて。」

　「そうじゃない、そうじゃない。

　応募（おうぼ）して買（か）ったテレカの話（はなし）じゃなくて？」

　「そうそう。

　あれ、まだ持（も）ってるの？」

　「あったはずなんだけどー……、財布変（さいふか）えたときにどっかやっちゃった。」

　「あら勿体（もったい）ない。」

　「まぁ、無（な）くしたものはしょうがない。

　前（まえ）に向（む）かって進（すす）むだけさね。」

　「ポジティブね……。」

　「何（なに）かの拍子（ひょうし）に出（で）てくるかもしれないし。

　結構（けっこう）もの無（な）くすんだよ。」

　「奥（おく）さんにもそれ言われてなかった？」

　「う……。」

　「片付（かたづ）け下手（べた）なのねー。」

　「片付（かたづ）けるのは得意（とくい）なんだけど、どこにやったのかは忘（わす）れる。」

　「ダメじゃない……。

　それらしいものをジャンル別（べつ）に纏（まと）めておかないと分（わ）からなくなるわよ？」

　「そうなんだよねぇ。」

　「確（たし）かに綺麗（きれい）に見（み）せるのは得意（とくい）だものね。」

　「言（い）い方（かた）……。」

　「あら、気（き）に障（さわ）った？」

　「いや、いいんだけど。」

　「まぁ、もうちょっと奥（おく）さんに片付（かたづ）け方（かた）を学（まな）ぶことね。

　奥（おく）さんの方が上手（じょうず）みたいだから。」

　「全（まった）くもって。」

　「あれから奥（おく）さん、体調良（たいちょうよ）くなった？」

　「んー、大体（だいたい）。」

　「完治（かんち）はしてないのね。」

　「仕方（しかた）ないよ、もともと病弱（びょうじゃく）だしさ。」

　「貴方（あなた）だって無理（むり）できる身体（からだ）じゃないでしょうに。」

　「一回身体（いっかいからだ）を壊（こわ）すとなかなか元（もと）には戻（もど）らないね。」

　「生（い）きていけそう？」

　「なんとかね、食（た）べていける程度（ていど）には頑張（がんば）ってるよ。」

　「奥（おく）さんをちゃんと守（まも）りなさいね？

　そうじゃなかったら私（わたし）が許（ゆる）さないわよ。」

　「分（わ）かってる。」

　「ならよし。」

　からから笑（わら）うリーフェ。

　女性（じょせい）って強（つよ）いな。

　「……ん？　何（なに）か顔（かお）についてる？」

　「いや、敵（かな）わないなぁって思（おも）って。」

　「それはこっちが言（い）いたいくらいよ。」

　「何（なん）でまた。」

　「……もう一（ひと）つ言（い）っておくわ。

　貴方（あなた）、女性（じょせい）との交友関係（こうゆうかんけい）は持（も）たないように。」

　「それはそうしてるけど。

　何（なん）か無意識（むいしき）に優（やさ）しくしてるみたいで結婚（けっこん）してからは女性（じょせい）との付（つ）き合（あ）いは断（た）ってる。」

　「それならいいわ。

　まぁ、女性（じょせい）って私達（わたしたち）みたいな人（ひと）ばかりじゃないだろうし貴方（あなた）にとっては面倒（めんどう）な相手（あいて）かもしれないけどね。」

　「ちょっと会話（かいわ）したら大体（だいたい）どんな人かわかるかな。」

　「それもある意味（いみ）スキルね。」

　「自分（じぶん）もそうなんだろうなって思（おも）ってるけど治（なお）らない。

　こればっかりは仕方（しかた）ないのかなー。」

　「無理（むり）して自分（じぶん）を変（か）える必要（ひつよう）は無（な）いわよ。

　それは貴方（あなた）である証（あかし）なんだから。」

　「そうだね。」

　部屋（へや）に明（あ）かりが差（さ）し込（こ）んでくる。

　「今日（きょう）はありがとう、リーフェ。」

　「いーえー。

　また何（なに）かあったらまた来（き）なさいな。

　何（なに）もなくても来（き）ていいけど。」

　「じゃ、また明日（あした）。」

　「はーい。」

　こうして目（め）の前（まえ）が真（ま）っ白（しろ）になって目（め）が覚（さ）めた。

　さぁ、話（はな）したことを妻（つま）に伝（つた）えますかね。