四半世紀以上前から続く明晰夢のお茶会

第２会 名前と魔法

　明晰夢（めいせきむ）。

　睡眠中（すいみんちゅう）に見（み）る夢（ゆめ）の中（なか）で、自分（じぶん）が夢（ゆめ）であると自覚（じかく）しながら見（み）ている夢（ゆめ）の事（こと）。

　１９９９年（ねん）春頃（はるごろ）から始（はじ）めて３カ月（かげつ）、ほぼそれは毎日（まいにち）に至（いた）るようになって行（い）く。

　眠（ねむ）る時間（じかん）が一番（いちばん）楽（たの）しい。

　ベッドに横（よこ）になり、目（め）を閉（と）じる。

　あの少女（しょうじょ）の事（こと）を考（かんが）えながら。

　薄暗（うすぐら）い書斎（しょさい）。

　そこにいつものように茶色（ちゃいろ）の革（かわ）の椅子（いす）に座（すわ）っている少女（しょうじょ）。

　「あら、今日（きょう）は早（はや）かったわね。」

　「名前（なまえ）、考（かんが）えてきたんだけど……。」

　「本当（ほんとう）？」

　「名前（なまえ）、長（なが）くなっちゃって……。」

　「余程（よほど）長考（ちょうこう）したのね。」

　くすりと笑（わら）う少女（しょうじょ）。

　「で、どんな名前（なまえ）かしら？」

　「わ、笑（わら）わないでよ？」

　「笑（わら）わないったら。」

　「えーと……」

　「ストップ。」

　「え？」

　「全部（ぜんぶ）言（い）うのよ？

　　略称（りゃくしょう）は後（あと）で考（かんが）えるから。」

　「……はい。」

　何（なん）だかすでに手玉（てだま）に取（と）られている気（き）がする。

　敵（かな）う気（き）がしない。

　「リーフェ・エルトゥルーシア・セントフォルティス・ルーテシア。」

　「……。」

　まずい、無反応（むはんのう）だ。

　「凄（すご）い！

　素敵（すてき）じゃない！」

　「あれ？」

　「うんうん、気（き）に入（い）ったわ！

　こんなにいい名前（なまえ）を貰（もら）えるなんてある意味（いみ）想定外（そうていがい）だわ！」

　椅子（いす）の上（うえ）でチンチラを抱（だ）き抱（かか）えながら天（てん）を仰（あお）ぐ少女（しょうじょ）。

　「縮（ちぢ）めてリーフェって呼（よ）んで貰（もら）ってもいいかしら？」

　「はい。」

　「何（なん）か、堅（かた）いわね。」

　「慣（な）れて無（な）くて。」

　「結構（けっこう）年上（としうえ）に見（み）られること、あるんじゃない？」

　「１２歳（さい）なのにちょっと前（まえ）に高校生（こうこうせい）に間違（まちが）えられました。」

　「まぁ、貴方（あなた）ある意味（いみ）達観（たっかん）してるからね……。」

　「そうですか？」

　「また敬語（けいご）。」

　「あっ。」

　バツが悪（わる）くなって舌（した）を出（だ）して俯（うつむ）く僕（ぼく）にリーフェが語（かた）り掛（か）ける。

　「んー、堅（かた）いならそれならそれでいいわ。

　貴方（あなた）、私（わたし）の執事（しつじ）になりなさい。」

　「えぇ！？」

　「それなら堅（かた）くてもおかしくは無（な）いわ。」

　まぁ、確（たし）かに私（わたし）、見（み）た感（かん）じお嬢様（じょうさま）っぽいけど。

　「リーフェはどこかのお嬢様（じょうさま）で？」

　「貴方（あなた）が生（う）んだんだから貴方（あなた）が一番（いちばん）よく知（し）ってるんじゃなくて？」

　「その辺（へん）はコントロールというか、まだ把握（はあく）出来（でき）ないみたい。」

　「ふぅん……、まぁいいけど。

　一応（いちおう）、財力（ざいりょく）に困（こま）ってはいないわね。」

　「前々（まえまえ）から気（き）になってたんだけど。」

　「何（なに）？」

　「髪（かみ）、凄（すご）く長（なが）いね。」

　「これも貴方（あなた）の趣味（しゅみ）なのかしら？

　身長（しんちょう）の倍（ばい）近（ちか）く……３メートルくらいあるんだけど。」

　ということはここから動（うご）けないという事（こと）か？

　「えぇ、動（うご）けないわ。」

　「あれ？

　口（くち）に出（で）てた？」

　「この世界（せかい）は貴方（あなた）が作（つく）り出（だ）したけれど支配者（しはいしゃ）は私（わたし）。

　考（かんが）えてることなら分（わ）かるわよ？」

　「こりゃ下手（へた）な事（こと）考（かんが）えられないな。」

　「下手（へた）な事（こと）考（かんが）えるんだ？」

　「え？　いやいや！」

　「冗談（じょうだん）よ。」

　「冗談（じょうだん）きついよ……。」

　「あ、そうそう。

　終（お）わりが来（き）ちゃう前（まえ）に頼（たの）みごとがあるんだった。」

　「何（なん）でしょう？」

　「髪（かみ）、切（き）ってくれない？」

　「マジデスカ。」

　「ここから動（うご）けなくて身体中（からだじゅう）あちこち痛（いた）いのよ。

　困（こま）っちゃってて。」

　「僕（ぼく）、上手（じょうず）じゃないですよ？」

　「構（かま）わないわ。」

　「どれくらいまで切（き）ります？」

　「腰（こし）くらいまで。」

　「はいな。」

　こういう所（ところ）は明晰夢（めいせきむ）の便利（べんり）なところ。

　すきバサミを想像（そうぞう）すれば出（で）てくるから。

　地面（じめん）に１メートルは伸（の）びているであろう髪（かみ）。

　踏（ふ）まないように注意（ちゅうい）しながらかき分（わ）け、腰（こし）の長（なが）さであろう部分（ぶぶん）で梳（す）いてみる。

　「半分（はんぶん）くらいちょっとくらいかな、どう？」

　「思（おも）い切（き）ってバサッと切（き）っちゃって。

　重（おも）すぎて立（た）ち上（あ）がることも出来（でき）ないんだもの。」

　何（なん）で僕（ぼく）はこの長（なが）さに想像（そうぞう）したんだろうか。

　謎（なぞ）だ。

　しばらく梳（す）いているとリーフェから声（こえ）が漏（も）れる。

　「あ、頭（あたま）が軽（かる）い。」

　すっとリーフェが立（た）ち上（あ）がる。

　丁度（ちょうど）いい長（なが）さに切（き）れたらしい。

　「なかなか上手（じょうず）じゃない。」

　「時間（じかん）はかかりましたけどね。」

　「ミスをしないためのすきバサミだったんでしょ、仕方（しかた）ないわよ。」

　「さー、この切（き）った後（あと）の髪（かみ）を片付（かたづ）けないと。」

　「必要（ひつよう）ないわ。」

　「え？」

　「こうするから。」

　何（なに）かリーフェが呟（つぶや）くと切（き）った髪（かみ）がどこからやって来（き）た渦（うず）を巻（ま）く風（かぜ）に巻（ま）かれてごみ袋（ぶくろ）に意思（いし）でもあるかのように投入（とうにゅう）されていく。

　「ま、魔法（まほう）……！」

　「あ、見（み）るのは初（はじ）めてだっけ？」

　「う、うん。」　

　「教（おし）えてあげてもいいけど……、精神侵食（せいしんしんしょく）酷（ひど）くなるわよ？」

　「教（おし）えてくれるの！？」

　「精神侵食（せいしんしんしょく）はどうでもいいのね……。」

　こんなに楽（たの）しいと思（おも）えたのも懐（なつ）かしい。

　「まずは貴方（あなた）の属性（ぞくせい）を知（し）る必要（ひつよう）があるわね。」

　「属性（ぞくせい）……。」

　「魔法（まほう）にも火（ひ）、風（かぜ）、水（みず）、光（ひかり）、闇（やみ）の５つに属性（ぞくせい）が分（わ）かれるの。

　　苦手（にがて）な属性（ぞくせい）を知（し）っても楽（たの）しくないと思（おも）うわ。」

　「どうやって知（し）れば？」

　「向（む）こうの水晶玉（すいしょうだま）に手（て）を置（お）くだけ。」

　髪（かみ）が短（みじか）くなったとはいえ、腰（こし）まで届（とど）く程（ほど）の長（なが）さのリーフェがチンチラを抱（だ）き抱（かか）えながらテーブルに向（む）かって歩（あゆ）み始（はじ）める。

　彼女（かのじょ）について行（い）くと、クッションに水晶玉（すいしょうだま）が置（お）いてあり、中央（ちゅうおう）で何（なに）か光（ひかり）が渦（うず）を巻（ま）いている。

　「触（さわ）ってごらん？」

　「ごくり。」

　恐々（こわごわ）水晶玉（すいしょうだま）に触（ふ）れると、ふわりと草（くさ）が生（は）え揃（そろ）う緑（みどり）の丘（おか）に流（なが）れる爽快（そうかい）な風（かぜ）が一面（いちめん）にそっと流（なが）れる風景（ふうけい）が水晶玉（すいしょうだま）に映（うつ）し出（だ）される。

　「あら、私（わたし）と同（おな）じだわ。」

　「風（かぜ）ですか？」

　「そう、風（かぜ）ね。

　まぁ、私（わたし）はどの属性（ぞくせい）でも使（つか）えるは使（つか）えるんだけど。

　空（そら）を飛（と）ぶのには有利（ゆうり）な属性（ぞくせい）ね、良（よ）かったじゃない。」

　「え？」

　「夢（ゆめ）だったんでしょ？

　空（そら）を飛（と）ぶの。」

　「ああ、そうだった。

　考（かんが）えてること、分（わ）かるんだっけ。」

　「強（つよ）く願（ねが）ってる想（おも）いはよく聞（き）こえる。

　小（ちい）さな声（こえ）は傾聴（けいちょう）しないと聞（き）こえないけどね。」

　「そうなんだ……。

　いつ訓練（くんれん）出来（でき）ますか？」

　「今日（きょう）はもう無理（むり）ね、時間（じかん）切（ぎ）れ。

　もう数十（すうじゅう）数分（すうふん）したら貴方（あなた）の本体（ほんたい）が起（お）きちゃうから。」

　「明日（あした）、楽（たの）しみにしてます。」

　「いいの？

　さっきも言ったよう更（さら）に心（こころ）を壊（こわ）すことになるのよ。

　精神侵食（せいしんしんしょく）も酷（ひど）くなるからね。

　壊（こわ）す事（こと）は簡単（かんたん）だけど、修復（しゅうふく）は何年（なんねん）何十年（なんじゅうねん）、下手（へた）をしたら一生（いっしょう）治（なお）らない。

　取（と）り返（かえ）しがつかなくなるわよ？」

　「構（かま）いません。」

　「……そこまで意志（いし）が固（かた）まってるなら私（わたし）も言（い）う事（こと）は無（な）いわ。

　しっかりついてきなさい。」

　「はいっ！」

　「お茶（ちゃ）にしましょう。

　今日（きょう）のは口（くち）に合（あ）うといいんだけど。」

　彼女（かのじょ）の座（すわ）っていた椅子（いす）の付近（ふきん）にはティーセットが用意（ようい）されている。

　いつもこうなのだろうか。

　「私（わたし）はもういただいたからいいわ。

　貴方（あなた）が飲（の）んでちょうだい。」

　「いただきます。」

　着席（ちゃくせき）し、紅茶（こうちゃ）を注（そそ）ぐ。

　それを口（くち）にするがまたも変（か）わった味（あじ）に顔（かお）をしかめる。

　「変（か）わったものは飲（の）めないのね。」

　「これ、何（なに）？」

　「ニルギリ。」

　「聞（き）いた事（こと）ない……。」

　初（はじ）めて聞（き）いた単語（たんご）にうんうん唸（うな）っていると、周囲（しゅうい）が明（あか）るくなってくる。

　「あっ……。」

　「ひとつ、言（い）い忘（わす）れてたわ。」

　「え？

　時間（じかん）切（ぎ）れ……。」

　「髪（かみ）、切（き）ってくれてありがと。」

　「あ……。」

　気（き）が付（つ）くと目（め）の前（まえ）は天井（てんじょう）だった。

　どういたしましても言（い）わせてくれないのか。

　ずるいなあ。

　こうして風属性（かぜぞくせい）だと分（わ）かった僕（ぼく）は念願（ねんがん）の空を飛ぶに向けて一日（いちにち）を過（す）ごすのだった。