四半世紀以上前から続く明晰夢のお茶会

第３会 謎のチンチラと姉

　今日（きょう）も一日（いちにち）つらかった。

　でも、それも終（お）わりだ。

　寝（ね）る時間（じかん）が来（き）たから。

　身体（からだ）が温（あたた）かいうちにとっとと寝（ね）てしまおう。

　眠（ねむ）りに落（お）ちると、いつもの部屋（へや）の椅子（いす）にリーフェの姿（すがた）が無（な）かった。

　「あれ、リーフェ？」

　「ばあ！」

　「わあっ！？」

　後（うし）ろから突然（とつぜん）声（こえ）が響（ひび）いたものだからびっくり。

　「あははははっ！」

　「リーフェ……。」

　「ごめんごめん、ちょっとやってみたくて。」

　振（ふ）り返（かえ）るとチンチラを抱（だ）き抱（かか）えたリーフェが笑（わら）いながらこちらを見（み）ていた。

　「そういや、このチンチラちゃんは名前（なまえ）って付（つ）いてるの？」

　「……付（つ）いてるわよ。」

　「何（なん）て言（い）うの？」

　「本人（ほんにん）に直接（ちょくせつ）聞（き）いてみたら？」

　「チンチラは喋（しゃべ）らないでしょう……。」

　するとチンチラが光（ひかり）の玉（たま）になって輝（かがや）きだし、光（ひかり）が人（ひと）の形（かたち）を成（な）す。

　そして僕（ぼく）より少（すこ）し年下（としした）くらいの女（おんな）の子（こ）になった。

　「え？　えぇ？」

　「こほん。

　初（はじ）めましてー、お父（とう）さん。」

　「……はい？」

　間髪（かんぱつ）入（い）れずリーフェが説明（せつめい）に入（はい）る。

　「あぁ、言（い）い忘（わす）れてたわ。

　その子（こ）、貴方（あなた）の未来（みらい）の子供（こども）よ。」

　「はいい！？」

　「私（わたし）の名前（なまえ）は双葉（ふたば）ー。

　普段（ふだん）はチンチラの姿（すがた）をしてるけどれっきとしたお父（とう）さんの子供（こども）だよー。」

　「ふたばちゃん……。」

　「まぁ、まだ伴侶（はんりょ）も居（い）ない貴方（あなた）には途方（とほう）もない未来（みらい）の話（はなし）だけどね。」

　「ふぇー……。」

　上（うえ）から下（した）まで見（み）てみるが、自分（じぶん）の趣味（しゅみ）が出（で）ているのがよくわかる。

　ツインテールの髪形（かみがた）にフリルの付（つ）いたワンピースを着（き）ている。

　流石（さすが）にヘッドドレスまではしてないけど。

　ゴシックロリータ趣味（しゅみ）とまでは行（い）ってないようだ。

　「双葉（ふたば）に触（さわ）らなかったのは噛（か）みつかれると思（おも）ったから？」

　「それもあるけど、他人（ひと）のペットには勝手（かって）に触（さわ）っちゃちゃいけないでしょう。

　羨（うらや）ましい程（ほど）よく懐（なつ）いてるなぁ、とは思（おも）ってたけど。」

　「お父（とう）さーん、頭（あたま）撫（な）でて。」

　「いいの？」

　「はーやーくー！」

　「は、はい。」

　頭（あたま）を撫（な）でると嬉（うれ）しそうに目（め）を細（ほそ）めた。

　「ずっと貴方（あなた）に撫（な）でて欲（ほ）しかったみたいよ？」

　補足（ほそく）するようにリーフェが続（つづ）ける。

　「そうだったのか、ごめんね。」

　「ううん。」

　また、光（ひか）り輝（かがや）くと双葉（ふたば）はチンチラの姿（すがた）に戻（もど）ってしまった。

　「あれ？」

　「今はあまり長（なが）く人（ひと）の姿（すがた）を保（たも）っていられないの。

　だから、早（はや）く撫（な）でて欲（ほ）しいってせがんだのよ。」

　足元（あしもと）にいるチンチラはもの言（い）いたげに僕（ぼく）のズボンの裾（すそ）を咥（くわ）えて引（ひ）っ張（ぱ）っている。

　「……抱（だ）き上（あ）げて欲（ほ）しいんじゃないかしら。」

　「違（ちが）った時（とき）は覚悟（かくご）します。」

　ひょいと抱（だ）き上（あ）げるとちょろちょろと腕（うで）を回（まわ）って肩（かた）に止（と）まった。

　先日（せんじつ）のリーフェのように頬（ほお）ずりしてくれている。

　「可愛（かわい）いなぁ……。」

　「その子（こ）を現実（げんじつ）にするか否（いな）かは貴方（あなた）にかかってるわ。

　それでも確率（かくりつ）は半分半分（はんぶんはんぶん）でしょうけど。」

　「そうなの？」

　「あーっ！　ここにいたー！」

　「はい？」

　奥（おく）から誰（だれ）かが来（き）たと思（おも）ったら見慣（みな）れない女（おんな）の子（こ）がこちらに駆（か）けてくる。

　「リーフェの知（し）り合（あ）い？」

　「あー……、パラレルだわ、これ。」

　「パラレル？

　あのパラレルワールド？」

　「そうそう、分（わ）かる？」

　「わかりますけども。

　最（もっと）も、それに凄（すご）く興味（きょうみ）があって夢（ゆめ）見（み）ているようなところもありますし。」

　「原因（げんいん）はそれか。」

　「ん？」

　「私（わたし）を置（お）いていくなー！」

　「ところで君（きみ）はどちら様（さま）？」

　「私（わたし）？　私（わたし）は貴方（あなた）の未来（みらい）の娘（むすめ）よ！」

　「……はい？　また？」

　「だから言（い）ったでしょ、パラレルだって。」

　「どうパラレルしてるんですかね。」

　ポンッとチンチラが人（ひと）の形（かたち）に戻（もど）る。

　「お父（とう）さんはふたばのなのー！」

　「どうだか、概念的（がいねんてき）に姉（あね）である私（わたし）がパパの子供（こども）にふさわしいわ！」

　「くすくす、取（と）り合（あ）いになってるわね。

　気分（きぶん）はどう？」

　「あんまりよくない。

　君（きみ）、名前（なまえ）は？」

　「陽菜（ひな）。」

　「ひなちゃんって言うのね……。」

　言（い）い方（かた）に棘（とげ）があるなぁ……。

　あんまり好（す）きじゃない。」

　「何（なに）がよ。」

　「見（み）た目（め）は双葉（ふたば）と同（おな）じくらい十歳（じゅっさい）くらいだけど、陽菜（ひな）は何（なん）で双葉（ふたば）を下（さ）げて言（い）うの？

　陽菜（ひな）が下（さ）がって聞（き）こえるよ。

　自分（じぶん）を磨（みが）いて上（あ）げた方（ほう）がいいとは思（おも）わないの？」

　「なっ……！」

　「陽菜（ひな）、一本（いっぽん）取（と）られたわね。」

　「うー……。

　反論（はんろん）できない。」

　ケンカしていた二人（ふたり）は僕（ぼく）の仲裁（ちゅうさい）ですっかりその怒（いか）りを収（おさ）めた。

　「概念的（がいねんてき）にお姉（ねえ）さんってことは僕（ぼく）は二人（ふたり）子供（こども）を授（さず）かるのかな。」

　「パラレル的（てき）な要素（ようそ）を含（ふく）んでるから何（なん）とも言（い）えないところはあるわね。

　どっちも生（う）まれるかもしれないし、片方（かたほう）かもしれないし、両方（りょうほう）生（う）まれないかもしれない。

　「難（むずか）しいですね……。」　

　「代（か）わりにまたお茶会（ちゃかい）に招待（しょうたい）してあげるから。」

　「そう言えば今日（きょう）はテーブルもティーセットも無（な）いですね。」

　パチンとリーフェが指（ゆび）を鳴（な）らすとテーブルに椅子（いす）にティーカップにティーポットが奥（おく）の影（かげ）から飛（と）んでくる。

　「凄（すご）いなぁ……。」

　「さ、座（すわ）って。」

　「はい、ってこれは執事（しつじ）たる僕（ぼく）の仕事（しごと）では？」

　「気分（きぶん）よ、いいから座（すわ）りなさい。」

　「分（わ）かりました。」

　トポポ……といい音（おと）を立（た）ててティーカップに紅茶（こうちゃ）が注（そそ）がれる。

　「あ、いい香（かお）り。」

　「マリアージュフレールのポンムよ。

　これなら飲（の）みやすいと思（おも）って。」

　「ありがとう。」

　双葉（ふたば）はチンチラに戻（もど）り、肩（かた）に乗（の）ったかと思（おも）えばすっと降（お）りた双葉（ふたば）は膝（ひざ）の上（うえ）で丸（まる）まって寝（ね）ている。

　「双葉（ふたば）ちゃんを起（お）こさないようにするの、緊張（きんちょう）するなぁ。」

　「起（お）きてるわよ？」

　「え？」

　「狸（たぬき）寝入（ねい）りってわけじゃないけど、会話（かいわ）は聞（き）こえてるわ。

　緊張（きんちょう）しなくても落（お）ちそうになったら向（む）こうから動（うご）いてくれるから。」

　「あ、そうなんだ……。」

　「お茶菓子（ちゃがし）は何（なに）がいい？

　何（なん）でもあるわよ。」

　「では、クッキーを。」

　「ケーキって言（い）わない辺（あた）り、控（ひか）えめな貴方（あなた）らしいわね。」

　「そうですか？」

　「まぁね。」

　また魔法（まほう）でクッキーが召喚（しょうかん）される。

　「明日（あした）が楽（たの）しみです。」

　「貴方（あなた）ならすぐに飛（と）べると思（おも）うわ。

　感覚上（かんかくじょう）ではものにしてるし、後（あと）は実践（じっせん）だけだから。

　風属性（かぜぞくせい）だし、問題（もんだい）ないわ。」

　クッキーを頬張（ほおば）りながら、ふと疑問（ぎもん）が浮（ｙ）かんだのでリーフェに投（な）げかけてみる。

　「そういや、小（ちい）さい頃（ころ）から空（そら）を飛（と）ぶ夢（ゆめ）や落（お）っこちる夢（ゆめ）を見（み）てたんだけど、あれって起（お）きた時（とき）に何（なん）であんなに疲（つか）れてるんですかね？」

　「心（こころ）の快楽（かいらく）を得（え）るための精神的（せいしんてき）超常（ちょうじょう）解放（かいほう）状態（じょうたい）による反動（はんどう）ね。

　心（こころ）と身体（からだ）は表裏（ひょうり）一体（いったい）。

　精神（せいしん）が疲（つか）れれば身体（からだ）も疲（つか）れる。

　そういう事（こと）よ。」

　「あぁ、それで。」

　納得（なっとく）したところで紅茶（こうちゃ）をいただく。

　林檎（りんご）のいい香（かお）りが口（くち）いっぱいに広（ひろ）がる。

　「美味（おい）しい。」

　「やっとお口（くち）に合（あ）って何（なに）よりだわ。」

　「これからは僕（ぼく）がお茶会（ちゃかい）の準備（じゅんび）を？」

　「お茶会（ちゃかい）は私（わたし）が開（ひら）くわ。

　貴方（あなた）は魔法（まほう）と陽菜（ひな）と双葉（ふたば）の相手（あいて）をしなさいな。」

　意外（いがい）な回答（かいとう）が返（かえ）って来（き）た。

　「何（なん）のための執事（しつじ）なんです？」

　「ん？　陽菜（ひな）と双葉（ふたば）の面倒（めんどう）を見（み）てくれてるじゃない。

　私（わたし）より懐（なつ）いてるわよ。」

　「……お。」

　視線（しせん）を落（お）とすとチンチラである双葉（ふたば）がこちらをじっと見（み）ていた。

　「双葉（ふたば）ちゃん、ありがとうね。」

　撫（な）でようとすると、袖（そで）をくいっと咥（くわ）えて引（ひ）っ張（ぱ）られた。

　「ん？」

　「ははぁ、余程（よほど）貴方（あなた）の事（こと）を気（き）に入（い）ってるのね。

　呼（よ）び捨（す）てにして欲（ほ）しいんじゃない？

　他人（たにん）行儀（ぎょうぎ）っぽくて嫌（いや）なんじゃないかしら。」

　「そうなの？　双葉（ふたば）……？」

　すると、手（て）に頬（ほお）ずりしてきた。

　「リーフェ、よく分（わ）かるね。」

　「まぁ、付（つ）き合（あ）い長（なが）いし。」

　「あれ？

　でも生（う）まれたのって僕（ぼく）が原因（げんいん）だよね？

　付（つ）き合（あ）いが長（なが）いも短（みじか）いもないんじゃない？」

　「あぁ、それなら生（う）まれる前（まえ）の付（つ）き合（あ）いかな。

　分（わ）かりやすく言（い）うなら概念的（がいねんてき）なところかな。

　型（かた）を成（な）すまでに付（つ）き合（あ）いがあったって事（こと）。」

　「あぁ、成程（なるほど）。

　存在（そんざい）しないならどういった形（かたち）でも、例（たと）えば言葉（ことば）でも霊的（れいてき）な意味（いみ）でも存在（そんざい）は出来（でき）ないもんね。」

　「貴方（あなた）…本当（ほんとう）に十二歳（じゅうにさい）？」

　「よく言（い）われます……。」

　「私（わたし）を置（お）いていかないでって！」

　「ごめんごめん、陽菜（ひな）。」

　木漏（こも）れ日（び）が差（さ）すように辺（あた）りが明（あか）るくなってくる。

　「……時間（じかん）ね。」

　「そうだね。」

　「あ、逃（に）げる気（き）！？」

　「そうじゃないよ。

　向（む）こうの身体（からだ）が起（お）きる時間（じかん）なんだ。

　……起（お）きない方法（ほうほう）ってないかな。」

　「植物人間（しょくぶつにんげん）にでもならない限（かぎ）り無理（むり）よ。

　私達（わたしたち）はここで待（ま）ってるから。

　行（い）ってらっしゃいな。」

　「……行（い）ってきます。」

　天井（てんじょう）が見（み）える。

　目（め）が覚（さ）めたらしい。

　またつらい一日（いちにち）が始（はじ）まる。

　でもそれはもう今（いま）までとは明（あき）らかに異（こと）なる一日（いちにち）だった。