第3章 その2
室長のこの末恐ろしい確認で、覚悟して来てみたら、冒頭の通りである。
あの話の後、言われた通り帰宅して待っていると、夜中に室長と冬雪先生が来訪。いわば、補習アリ、だな。いつぞやのようであるが、俺に睡眠を促し、俺が従うとこうなっていたわけだ。どうやら、何かしらの術で俺の意識ごと、青海さんの夢の中へダイブしたらしい。場所は街中。高層ビルやらマンションやらがその他高層建築物等が並んでいる。しかも見渡す限り、それら全部が同じデザインで灰色。こんな街本当にあったら、どこ歩いているのも分からなくなるだろうというくらいに気持ち悪い光景である。
それで、巨大なというのは、他でもない。立ち並ぶ高層ビル群から頭一つ分どでかいハシビロコウが目の前にいるのである。動かない鳥として有名なこの鳥は、端から見ていると何とも言えない風貌で愛嬌もありそうだが、今度機会があれば、よくよく見ていただきたい。目が怖いのである。それが巨大化しているのである。もはや成層圏に浮かんでいる衛星に睨まれているような感じである。月からの使者と対峙したかぐや姫護衛団の気持ちが今なら分かる。
「あれが鬼だとか言いませんよね?」
「「そうだ」」
恐る恐る尋ねたのに、室長も冬雪先生も事も無げに同意。それにしても、なぜハシビロコウなのかと疑問符を抱き、すぐさま解答へたどり着く。青海さんの鞄にハシビロコウの小さなぬいぐるみなのか何なのかが付いていたのを思い出した。どうやらお好みだったらしい……ん?
よもや、今体調悪いのは妬みとか言うよりもむしろ、潜在的な不安とか抑圧され続けた何某かが、青海さんの無意識と呼応し化学反応を経て、あれになったとか言わないだろうな。
「それくれえ頭使えりゃ、もっと成績上がったのによ」
いつもの室長なら嫌味の一つと流せるのだが、今は非常に圧迫感を持つ。柄が悪くなっただけあって。
鬼退治ならば、このでかい動かない鳥を排除すればいいのだろうとは察しがつくが、よもやこいつが暴れ出すとは。その破壊たるや辺りビルというビル、マンションというマンション、建物と(……くどいか)を手当たり次第に頭部やら嘴やら羽やら足を使って瓦解させていく。動かない鳥なんじゃないのかよ。コンクリート片や鉄筋等が崩れ落ちてくる。俺と言えば、室長に首根っこを掴まれて、安全地帯の後方へ跳躍一つ距離を取ってもらうのみである。足手まといにもなってない。
しかし、驚くべきはこれだけではなく、瓦解したはずのビルというビル、マンションというマンション、建物と(……もういいか)が瞬く間に健全とした無傷に逆再生されるのである。それに抗うようにハシビロコウも大暴れをする。瓦解・倒壊と修復がエンドレスに繰り返される。もうなにがなんだか。ただ、これが青海さんにとっては不健康な状態であるのは感じられる。なんて言っても、この街は爽快な色をしていない。どんよりとしている。
「この街ってのは、青海のイメージらしいな」
どうやらこれは青海さんが思っている将来や人生というものの象徴らしい。確固として整然としてて。それを破壊するハシビロコウはそんなものをなきものにしたい青海さんの願望であり、破壊しても再生されるのは、青海さんがいかに不安を抱き、それを拭いきれていないかということを示しているらしい。そんな世界を作り出してしまうほどに青海さんは追い込まれていたのか。
青海さんの力に何も役に立ってこなかったことが妬ましい。いや、こういう感情こそが彼女に影響を与えるのかもしれない。暴れるハシビロコウが泣き叫んでいるように見えてきた。
そして、さらに驚くべきは俺たちの前方数十メートルの所に制服姿の青海さんが立っているではないか。夢遊病のように覚束ない足取りがハシビロコウへ近づいていく。
「青海さん! 危ない!」
駆け出していた。ビルの壁の一部が壊れ、それが青海さん目がけて落ちて来ていた。間に合うはずはない。が、そうしなければならんだろう。
俺の徒競走よりも、崩れたコンクリート片よりも速く青海さんを捕らえたのがある。ハシビロコウがその額から光線を青海さんに向けて照射したのである。光に包まれる青海さん。コンクリート片は光に触れると粉々になる。必然、俺の速度も止まる。が、
「止まってんじゃねえよ」
いつの間にか傍に来ていた室長が俺の襟首を掴んだかと思うと、青海さんに向けて投げ飛ばしやがった。何しやがるとの反論は言えない。まずは青海さんの確保が最優先事項である。しかし、その青海さんを光が見る見ると上昇させていく。
俺が青海さんのいた所に着くと、すっ転んでしまい、しかも受身が全く取れなかったから、背中超痛い。が我慢してすぐに起き上がる。ハシビロコウの額に青海さんが吸収されてしまっていた。胸部から上部が額から浮かび上がっている。が、青海さんの目は閉じている。意識があるのかないのか、よく分からない。夢の中なのだけれども。
室長の俺を投げたパワーに感嘆している場合もなく、横で舌打ちをされた日にゃ、本当に怖くて仕方ない。武者震いにしておこう。しかし、この現状、あれが鬼だとするならば、どうやって青海さんを助ければいいのだ? スクランブルエッグよりも混沌とした心情がハシビロコウとして現出しそれと一体化した。だとしたら、これは現実にどう反映されてしまうのだろう。
「へたすりゃ、目が覚めるこたあねえ」
柄の悪い桃太郎よ、最後まであきらめないでもらいたい。
「あ? おめえが助けるっったんだろ。なら、最後まで責任持てよ」
と言われても、俺は室長や冬雪先生のような妖術を使えるはずも、M78星雲的なヒーローでもない。だが、室長の言う通り。俺は啖呵を切ってここに来た。なら、俺ができることはなんだ? まっとうに勉強してきたのに妬まれたりして体調を崩し、自分の夢を脇に置きながら家族の信頼にこたえようとし、そして行き場のない気持ちを抱えたままこうなっている青海さんに……何を……。ん? 俺は今何を言おうとした? 言葉が俺の中から出て行こうとする。頭は、思考はそれがなぜそう言うのかさえ分かっていない。が、助けたいと思っていたら、出てこようとしているのなら、この現状が悪化するかどうかなんて気にしていられない。
「青海さん! 未来に期待なんかするな! 現実は無残だ。だから、未来に期待したくなる。それは仮想でしかない。虚飾にまみれた未来に何て期待する価値もない。けれど、本当にしたいって思うことの連続が現実を面白くして、そして未来を拓く。それが未来に期待しない唯一の方法だ!」
ハシビロコウにはそれが静止の命令に聞こえたのだろう。ピクリともしない。そして、見れば、青海さんがもがいているのが見えた。
「赤崎君!」
地上の俺まで届く青海さんの声。青海真紀の復活といったところか。
「よおやった」
「ほめてあげるわ」
室長と冬雪先生に言われても、ただ絶叫しただけなのだが。冬雪先生は術を使ってハシビロコウを足元から凍らして、顔面を経て額にまで上がっていく。青海さんは額から脱出しようと身体を乗り出していた。
「ちゃんと受け止めろよ」
俺の肩に手を乗せ、言うが早いか室長は跳躍一線上昇していく。腰元の柄に手を掛けながら、
「アメノムラクモ!」
と叫んで抜刀し、青海さんとハシビロコウの額部に一刀。おい、それって青海さん斬ったんじゃねえだろうな。
しかし、それは俺の杞憂で、ハシビロコウの皮膚だけを上手いこと切ったようで、青海さんが空中から静かに降りて来る。質量や落下速度や重力加速度とか、俺は物理専攻でないので分からないが、きっと抱えたら腕は折れるのだろうとは一瞬頭をよぎったが、その瞬間にはすでに俺の腕の中に青海さんの体が収まっていた。青海さんは失神しており、お姫様抱っこの余韻を堪能する暇もなく、見上げれば、室長が氷漬けになったハシビロコウの額にその太刀を一突き。瞬く間に粒子と化し、消えてしまった。
露出度の高い和装の冬雪先生が仕切りに俺を激励してくれている間に、降りて来た室長。刀を鞘に仕舞う。
「終わりだ」
ふと見れば、爪がやたらに長い指が俺の眉間に触れた。今になって刺そうとかってか。
瞬間、意識がなくなった。
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