第2章 その5

 その翌日から青海さんは登校し、全時限授業を受けるようになった。昼食後ちらと見たら、二、三種類だけではないほどの薬が机上にあった。

 だから思わず

「薬飲まんときついの?」

 と訊いてしまったのだが、それが言えたのはやはり学校ではなく、塾の教室であった。

「フフ」

 青海さんは笑んで返した。

「なんかおかしいこと言った?」

「教室で聞けばいいのに。塾にまでお持ち帰りしたの?」

 いたずらっぽい言い方。お持ち帰りしたいのは、君の方なのだが、などと言っている場合ではない。普段ならキュンポイントなのだが、今は心配を助長させるものでしかない。

「いや、学校じゃ聞きづらくて」

「どうして?」

「なんつうか、気安く声かけちゃならんような気がして」

「そういうのは気づかいじゃないよ。クラスメートなんだから」

「でも青海さんは医学部で……」

「ストップ。赤崎君は私が医学部目指しているから、学校で話してくれないの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

 言い淀むのは俺の頭の中にそれがないとは完全に否定できないからである。

「青海さんは頭いいし」

「ストップ。赤崎君は私が成績がいいから話しかけてくれないの?」

「いや……」

 以下同文同内容の心境。白装束で豊臣秀吉と面会した伊達政宗の気分。

「赤崎君は成績がいい医学部志望の青海真紀と話をしているの?」

「青海さんは青海さんだけど……」

「もしそう考えているなら、それは悲しいかな」

「悲しい?」

「そう。赤崎君は逆の立場だったらどう思う?」

 何か、何かを言おうとした。反論でも同意でも全く誤魔化した別の話しでも、何でもいいから何かを話そうとした。

「はい、お話が盛り上がっているようですが、授業ですよ」

 いつもと同じようにタイミングよく室長が入ってきた。

 俺はもしかして青海さんに怒られたのか? 少なくとも注意であることは間違いない。

 どうだ? 俺。学校で話せなくて、塾で話しをするこの数か月間。俺はその状況に、完全に肩までつかった温泉状態だったようだ。俺はなんでそんなことをしてきたんだ? それは青海さんの言う通りで、学校で話しかけたら、失礼になるかもしれないし、青海さんとは不釣り合いだと思われるかもしれないとかそんなことを思っていなかったわけではない。ただそれだけか? ただそれだけで俺はこんなことをしてきたのか? どこかに五択の選択肢はないか、すくなくとも二択に絞る知恵はつけてきているはずだ。……しかし、解答はどこにもない。そしてちょっと待てよ。青海さんのあの言葉。まるで学校でも話してOKと言っているようなものじゃないか。それは嬉しい。嬉しいはずなのに、もし明日そうしたら、相手から許可をもらわなければ、話しかけさえしないチキンな男子ということになる。

 まったく結論は一つだった。俺がアホであるということだ。

 そんなアホの目前には、後四日後のセンター試験。本当に大丈夫か、俺?

「はい、この数日が大事です。決して他のことに気を惑わされないように。今はセンター試験を念頭に置いてくださいね」

 そんな室長の言葉は、いつも以上に俺の心という的の中心を的確に射抜いた。

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