告白
「降参ですぅ。魔力がすっからかんなのでぇ、もう戦えませぇん」
カウンター用に発動されたオレンジの魔法陣が消えると同時に両手を挙げて降参の意思を示したリズ先生はそれからへなりと座り込んだ。
「このボクがぁ、本当に負けるなんて思いませんでしたぁ」
そう言うリズ先生は意外にも悔しいと言うより、少し嬉しそうで顔をポッと赤らめているような気がした。
「でもぉ、どうして攻撃をあんな切迫した場面で急に止めたんですかぁ?」
「あの場面、あの状況的に『パーフェクトリフレクション』以外あり得ないかなぁって思いまして」
そう言うとリズ先生が驚いたように目を見開いた。
「……なるほどぉ。ただでさえレベルが上がりにくい『参謀』を最大の100まで上げないと覚えないですしぃ、知らないと思ったんですけどねぇ」
……確かに。この世界では『職業』を最大のレベル100まで上げれる人はそう多くないし、絶対数の少ない『参謀』でレベル100まで上げた人の記録なんてまあ多分大陸中の図書をひっくり返しても残ってない可能性の方が高い。
ただ――俺には前世で文字通り死ぬほどやり込んだJROの知識がある。
参謀は『テレポート』や『兵隊召喚』が有用すぎるので、一度極めるプレイヤーも少なくないし、俺も極めたことはある。
「知ってたんですよ。前世で俺は、ゲームだったこの世界をそれこそ本当に死ぬまで遊びつくしたんですから」
魔界でしたリズ先生との約束。俺が勝った時はちゃんと話そうと思っていた。
そんな俺の唐突なカミングアウトにリズ先生は暫く目を瞑ってから聞いてくる。
「それはぁ、魔界でボクに話してくれるって約束してくれたぁ、ハイトさんの強さの秘密って考えて良いんですよねぇ」
「ええ。……思ったよりすんなりと信じてくれるんですね?」
「……嘘吐かれてないってのは解りますからねぇ。って言うか正直、荒唐無稽すぎて全然理解できてないですぅ。そのぉつまりぃ、ハイトさんの前世? の世界にはこの世界を模した盤みたいなのがあって、ハイトさんはそれをやり込んでいたとぉ?」
「……まぁ、そんな感じです」
「う~ん。この世界がその『ゲーム』とやらの中なのか、或いはその『ゲーム』がこの世界を模しているのか、そう言うのを深く考えるのは哲学の分野ですねぇ。学会は大荒れしそうな内容ですけどぉ、ボクの専門外なので一旦パスですねぇ。
となると重要な情報はぁ……つまり、ハイトさんはこの世界の『職業』や『スキル』について、或いはボクよりすっごく詳しいと言うことで良いですかぁ?」
……
「まぁ、そうですけど。俺、結構重大カミングアウトをしたつもりなんですよ? ……この世界が『ゲーム』だと知ったらショック受けるかな、とか。前世の記憶があるなんて気持ち悪いと思われるんじゃないかとか割と考えてたりもしましたし!」
「へぇ。ハイトさんがそんなことで悩むこともあるんですねぇ。正直ボクとしてはそっちの方が驚きですぅ」
いつもの間延びした口調でそう言ってのけるリズ先生に、俺の力が抜ける。
「それにぃ、この世界が『ゲーム』だろうがぁ、ハイトさんに前世の記憶があろうがぁ、結局ボクが見ている世界が全てでそれ以上でもそれ以下でもないのでぇ、それがどこから来たとかをぉ、細かく考えるのは時間の無駄なのですよぉ。
そんな事よりボクはぁ、目の前にある『職業』や『スキル』を有効活用する方法を模索する方がずっと建設的だと思うのですよぉ」
と言う事でぇ、ハイトさんの持っている職業とスキルに関する知識、目一杯教えてくださいねぇ、とリズ先生はほわほわ笑いながらそう言った。
リズ先生の空色の瞳はどこまでも真っすぐと俺の眼を捉えていて、それからむぐぐっと口をもにょもにょとさせた。
リズ先生は再び顔を赤く染めて、もじもじとし出す。
……前世の知識で勝ったなんてズルい! この模擬戦は無効! とか言われたりするのかなぁ? とか考えながらリズ先生を見ていると、リズ先生は意を決して用に深呼吸をして、手を伸ばせば触れられそうな距離まで近づいてきた。
「……そのぉ。ハイトさんが秘密を一つカミングアウトをしてくれたからと言うわけではないんですけどぉ、その、ボクの方からもカミングアウトがありましてぇ」
「な、なんでしょうか?」
「……そのぉ。ボクは諸々の都合とか事情からぁ、自分より強い人以外とは恋愛しないと公言してたんですけどぉ、そのぉ、その話に尾ひれがついてぇボクを倒した人はボクを恋人に出来るって話があるんですよぉ」
リズ先生の空色の瞳はキョロキョロと泳ぎ、顔は茹りそうなほど真っ赤。口調自体は間延びしているけどとても早口で、模擬戦の後と言うのもあるんだろうけど、顔にはだらだらと汗をかいていた。
とても緊張しているのが見て取れて、何だか俺の方もドキドキしてくる。
「それにそのぉ、ボクとしてもそろそろ年齢的に独身で居続けるのは社会的にもどうかなぁとか思ったりしていてぇ、そのぉ、でもぉ、ボクより強い人って条件はどうしても譲れなくてぇ。は、ハイトさんなら良いかなぁって思ってましてぇ……」
それは遠回しな告白だった。
フラッシュバックするのは初めての模擬戦で飛び込んだ時に顔を挟んだあのたわわの感触、封縛の茨でモロになったネコさんパンツ、水浴びのぴっちりバスタオル。
思わず心が揺らぎかけた所で、レイナの顔が思い浮かぶ。
……一昨日アルジオたちを助けて、来週には国王陛下と謁見しレイナと婚約復帰のお願いをしに行くのだ。
流石にこのタイミングで新しく女を作るのは色々と良くない……。
「お、俺にはレイナが居ますし」
「そ、それは解っているのです! ……ぼ、ボクも王女様を差し置いて正妻になれるなんて思ってませんしぃ、その……ボクじゃダメですかぁ?」
リズ先生は顔を真っ赤にして少しプルプルしながら俺の手を取って、縋るように空色の瞳を向けてくる。リズ先生に握られている手はあと数センチでリズ先生のたわわに届きそうな距離にあって、リズ先生の手は柔らかい。
くそっ。思わず“結婚しよう”と言いそうになるのをグッと堪える。
「そ、その……リズ先生も、どうしても俺が良いってわけじゃないみたいですし、他にリズ先生より強い人が現れるかも――」
「ち、違うのです!! そ、そのぉ。さ、さっきのは照れ隠しでぇ。ほ、本当はぁ、ボクの最強の兵隊を一瞬で倒したグラトニーグリズリーから助けてくれた時から、ハイトさんの事気になっていて、そのぉ。今、模擬戦で負けて、ハイトさんの方が強いってわからされてぇ、は、ハイトさんの事――
――す、好きになってしまったんですぅ!」
リズ先生は目尻に涙を浮かべ、白い肌を真っ赤に染めながら心底恥ずかしそうに、俺に告白をして来た。
リズ先生程の美少女――。正直魔界で二人旅していた時にはずっとドキドキさせられっぱなしだったし、助けてくれて頼りに模していた。それにこの世界でレベル100まで上げているその強さは尊敬も出来る。
正直、かなり好きだった。いや、めっちゃ好きだった。
そんなリズ先生が恥ずかしさを堪え、勇気を振り絞って告白してきた。
「解りました。結婚しましょう」
気が付いた時には俺は、リズ先生の腕を取り思わずプロポーズしていた。
いやだって仕方ないだろ! こんな可愛いリズ先生に告白されて、断るだなんて真似、俺にはとても出来ない。
リズ先生は俺の言葉に少し驚いたような顔をしてから、ホッとしたように息を吐き、嬉しそうにはにかんだ。
「嬉しいです、ハイトさん」
「リズ先生、俺も――」
「ハイトさん。ハイトさんはもうボクより強いですしぃ、ボクの恋人……未来の夫なんですから。『先生』なんて付けずに、リズと呼んでくださいよぉ」
「……リズ」
「はい!」
リズ先……リズは嬉しそうにはにかんで、それから。俺に飛びつくように抱き着いてきて、唇に唇を押し当ててくる。
それは紛れもなく、リズからの熱烈なキスだった――
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