討伐推奨レベル150の大黒鬼

 因幡の白兎の話には続きがある。

 ワニに皮を剥がれ、神々に騙されて散々な目に遭った白兎を見かねた大黒天(大国主命)が白兎を助け、剥がれてしまったその白い毛皮を元通りにするのだ。


 その後ウサギが大黒天を自分の国に招き、そこで大黒天が奥さんと出会うのは別の話だが、それは兎も角。


「ウサギを虐めるのはおめえらかぁ~?」


 柱のように太い金棒を持ち、俺たちを威嚇する漆器のようにツヤツヤした真っ黒な皮膚と、この狭い神殿に収まりきらないほどの巨大な身体、隆々とした筋肉、重戦車のような骨格を持ち、頭に角を生やし、野犬のような獰猛な牙を見せて怒りの表情を示す鬼――大黒鬼。


 討伐推奨レベル150。

 そのステータスは圧倒的に物理に偏重していて、物理方面はめちゃめちゃ堅く、それでいて火力が高い。

 魔法防御自体はそんなに高くないもののHPが多く、毎秒1%と再生速度も高速なために『農民』程度の弱い魔法じゃ全然突破できない。


 物理偏重な割り振りが多いJROのプレイヤーを完全に殺しに来ている圧倒的なステータスの暴力。

 それ故に小細工などで倒せない、地上では最強クラスの敵モンスターだった。


 そしてそのネーミングの元ネタは恐らく、因幡の白兎の大黒天に違いない。


「ファフニール、たいあたりだ!」


「む、無理だ、主殿! あ、あれは間違いなくこの我より強い。あんなのに飛び込んで行ったら我が死んでしまう!」


「……ファフニール捨て身タックルだ!!」


「だ、だから無理だと言っておろう! って言うかなんだその慈悲の欠片もない指示は! 主殿は我に死ねとでも言っておるのか?」


「……チッ」


 まぁファフニールが移動以外で役に立つなんて期待してなかったんだが。如何にもドラゴン飛行って感じの見た目なのに、捨て身タックルも出来ないとは如何なものだろうか?

 最強のドラゴン飛行のメインウェポンと言えばこれだったはずなんだけどな……?


「じゃあいいや。死なないように適当にその辺で蹲っといて」


「あ、主殿。す、済まぬ」


 ファフニールは涙目になりながら後退って行った。

 ファフニールの討伐推奨レベルは100。レベル140を目前にした俺の家畜と言う事で討伐推奨レベル110くらいの強さにはなってるかもしれないが、それでも討伐推奨レベル150の大黒鬼の前には風の前の塵に等しい。


 だが、JROに人生を捧げ誰よりもやり込んだこの俺にとって――討伐推奨レベル150をレベル140で倒すのは朝飯前だった。


 俺はファフニールをしっしと手で離れるように指示してから、鍬と鎌を抜く。


 そして鍬にいつもよりかなり多めに魔力を込めて地面に突き立てた。


「『耕耘・レンコン畑』ッ! ……天井が窮屈そうだったから沈めてやるよ」


 突如として出来た、いつもより深い沼地のようなレンコン畑の土壌に大黒鬼は腰まで沈む。沈めたせいで上半身は自由になったみたいだが、その分動き自体はかなり鈍くなっていた。


「ふんっ、愚かな。これで思いっきり金棒を振れる」


 大黒鬼は柱程の金棒を横なぎに振り回す。

 こんな大振りな攻撃、JRO廃人の俺なら目を瞑っても避けられ……とそこで気付く。その柱のような金棒はあまりにも大きく、そしてこの神殿は狭い。

 あ、これ、避けられない。不味い……!


「く、『草刈り』ッ!!」


 慌てて鎌を振り下ろす。ガキィィンと鎌から鈍い音が響いた。鎌の刃が大黒鬼の金棒に突き刺さり、柄の部分からぽっきりと折れていた。


「あ、これマジでヤバ……」


 俺の『草刈り』でも勢いを殺せず、金棒が俺の身体に直撃する。筋肉からミチミチッと嫌な音が鳴り、何本かの骨がグギャッと音を立てて折れた気がした。


「痛ッ、あ、痛いッ、ヤバい、あぁぁああああ」


 何気にこのJRO世界に転生してからまともに大ダメージを食らうのは初めてだった。痛い。めっちゃ痛い。

 そもそも思い返せば、JROはパソコンのマウスとキーボードを駆使して操作するゲームなのだ。今まではスキルやJROに対する知識とゲームの勘で、リアルな身体もなんとか操作していたけど、本来こういった格闘は俺の苦手分野。


 と言うか痛い。死ぬほど痛い。


 こんなに痛いのも初めてだった。

 全身がガタガタと震え、変な笑みが浮かんでしまう。


「愚かなり、人間。弱いものいじめをするからそうなるのだ。もっと懲らしめてやる」


 大黒鬼はレンコン畑の沼地をのそのそと這いながら少し飛ばされた俺の所まで歩いて近づいてくる。ヤバい。マズい。

 だ、だけど、俺はレベル140で、HPは上限の65535だ。

 レベル差や攻略サイトの大黒鬼のステータスを考えてダメージを――仮に今のがクリティカルだったとして計算しても精々9000ダメージ程度。


 パッシヴスキル『不労の農民』の効果で自然回復できる程度のダメージだし、死ぬほど痛いだけで、ゲームの判定的にはかすり傷みたいなものだ。


 骨も折れたような気がしただけで折れたわけじゃない。

 俺は身体の痛みを、歯を食い縛ることで我慢しながらなんとか立ち上がる。


「……知ってるか? 農民もレベル100になると強力なスキルが与えられるんだ」


 『農民』以外の職業のレベル上限は最上級職でも基本100。故に、全ての職業はそのカンストの特典として特別強力なスキルが与えられるようになっている。

 そしてそれはレベル100スキルと言われ、レベル上限が100じゃない農民も、レベル100に到達するととても強力なスキルが与えられる。


 その名も『百姓一揆』

 それは自分自身の魔力と体力を最大値の半分消費する代わりに、農具を装備している時の自分の攻撃力を倍にしつつ、相手の防御力を無視して攻撃できるようになるスキル。


 発動してから使用できる時間は凡そ1分。


 中々にピーキーで普段使いできるスキルではないものの、大黒鬼のような理不尽に強く硬い強敵を相手にした時に役立つスキルだ。

 俺はポケットから生命樹の種と封縛の茨の種を取り出し、それを大黒鬼に投げる。


「『種付け』ッ!」


 魔法防御が低い大黒鬼相手なので、半分に減った魔力でも『種付け』は十分に成功する。


「ぐわっ、な、なんだこれは!!」


「多少でも自動回復は相殺しとかないと厄介だからな。拘束はおまけだ!」


 種を植え付けられ動きが鈍くなった大黒鬼に鍬を突き立てる。


「『耕耘』ッ!」


 鍬を突き立てられた大黒鬼の腕がミチミチミチッと音を立てて、肉そのものが畑の土のように耕される。中々にグロテスクな光景だった。


「うがっ!」


 大黒鬼は力強く暴れまわるが、封縛の茨で拘束されているために金棒もまともに振り回せていない。それに『百姓一揆』の効果で、大黒鬼の高い物理防御も無効。

 俺は無言でザクザクと大黒鬼に鍬を突き立てまくる。


 凡そ30秒後。大黒鬼は高いHPを瞬く間に削りきられ、そのまま息絶えた。


「……無念」


 大黒鬼が息を引き取ると、ファフニールが俺の元へ駆けつけて……飛んでくる。


「あ、主殿! ぶ、無事か!?」


「ちょっと油断したけど、まぁ自動回復で治る範囲だし無事かな」


「そ、そうか。それは良かった」


 大黒鬼の死体。柱のような金棒。封縛の茨。生命樹の実。

 この戦いで得たものは多いが、金棒は重すぎて運べないし、封縛の茨も物理防御はリズ先生から取ったアレより硬いものの魔法に弱そうだからそんなに欲しくない。

 生命樹の実はレイナたちへのお土産として持って帰るけど、大黒鬼の死体も要らないか。


 あんまり気にしてなかったから今更感はあるけど、一応俺ハーメニア王国の伯爵だし、勝手に外国に行ってた証拠は持って帰らない方が良いに決まっている。

 まあ、置いて帰ろう。この国の冒険者が適当に回収するだろう。


「じゃあ、帰ろうか。ファフニール」


「……だな」


 今の戦闘で俺のレベルは間違いなく140を超えただろうし。

 そんなこんなで俺たちはメロッサ神殿跡地を出て、ハーメニア王国へと帰る。俺やファフニールも成長したからか、30分で帰りついた。

 

 


 

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