あめふり

@hondashi6303

あめふり

勉強が嫌いだ。テストで満点を取っても嬉しくもなんともなかった。それなのにあの父親ときたら、変な期待でもしてるんだろうか。ちゃんと勉強するように、なんて適当な理由で夏期講習に行かせやがって。”立派な大人”だと?こちとらそんなもんに興味は無いんだ。偏差値も学歴もありもしない夢も書かされただけの目標も全部どうだっていい。


少年は授業を聞くふりをしながら一生懸命ノートに恨み言を書いていた。端から見れば熱心な生徒に見えるだろう。本当のところ彼の心はこの教室には無いのだが。

顔を上げて時計を見た。あと25分、25分で終わる。しかしその25分は限りなく長い。もはやノートに書く恨み言も尽きた。どうやって時間を潰そうか。少年はしばらくの硬直の後ノートを閉じ、1ページ目を開いた。

奴らの首は柱に吊るされるのがお似合い

夏休みを潰す奴はネギトロめいて潰す。

とりあえず呪っとく。

等々

思い付く限りの罵詈雑言で埋め尽くされている。これこそこの1ヶ月もの間、彼の表向きの平静を保ち、夏期講習をやり過ごす策だった。

夏休みの初めにはまっさらだったノートの2ページ目も3ページ目も一冊まるごと恨み言や呪いの言葉やらで真っ黒に染まっていた。少年はそうやって堪えてきたのだ。

もうやがて終わるだろうと時計を見上げた。あと一分半。秒針を目で追いながら、じっと待った。

そしてチャイムは鳴った。少年は表へ飛び出し両腕をめいっぱい広げて空を仰ぎ、自由の夜風と、いつの間にか降りだした雨を全身に受けた。まるで映画のワンシーンのように。


雨が好きだ。

道路を、ビルを、木々を、家々を、団地を、街並みを丸洗いするように降る雨が好きだ。

とはいえ、さすがにびしょ濡れは気が引けるのか、少年はリュックから折り畳み傘を取り出した。

雨音に包まれ、静まり返った住宅街を一人ゆく少年は、夜の暗さと雨の冷たさを愛した。傘の上で弾ける雨粒を快く感じ、水たまりに浮かんでは消える波紋のはかなさを想い、ナトリウムランプの橙の灯が、濡れたアスファルトに滲むのをずっと見ていられる気がした。雨が止むまで、夜が明けるまで。

彼はおもむろにノートを取り出し、水たまりに

放り込んだ。罵詈雑言が綴られたノートは泥水を吸ってたちまちボロクズへと変わった。良い気味だ!少年は腹の底から笑った。そして決意した。狂人になってやると。恨みも、怒りも、不満も、理不尽も、邪魔な感情ぜーんぶ洗い流して、ひたすら狂ってやるんだと。奴らの語る常識を、筋違いな期待を、一切合切はねのけて台無しにして、悪びれずに嗤う狂人でいようと。

少年は傘をさすのをやめた。全身ずぶ濡れになるのことも、水浸しのテキストが使い物にならなくなることも、気にする者はもはや居ない。

少年はその夜、雨をもっと好きになった。

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