愛しているで尊いと読む

よすが 爽晴

俺は、尊い?

 俺の彼女は、よく拝む。

「推しが尊い……」

 そして、よく泣く。


「いつも思うけど、結局尊いってなに」

 コーヒーを淹れながら目線を向けると、なんだか嬉しそうで。

「えへ、それ聞いてくる?」

「そ、そりゃ、気になるし」

 底が見えないなにかに肩を揺らすと、それを見てかずいと顔を近づけてきた。なに、そんな顔が近いとなんか恥ずかしい。

「たとえば、その顔」

「えっ」

 突然なにを言い出すと思えば、それは俺の事らしい。

「その少し恥ずかしそうに赤くした顔、尊いの」

「お、俺?」

 どうしよう、なおさら尊いの定義がわからなくなってしまった。

 彼女が普段言う尊いは多岐に渡るが、その中でも基本的には自分の好きなアイドルグループやいい物を見た時に発せられる。多分拍手を送る感覚なのだろうと思っていたけど、俺にすら向けられるという事は解釈が変わってくる。本当に、なにを指すのだろう。

「えっと、じゃあ後は?」

「後って?」

「それはもちろん、そうやって尊いって思うシーンだよ」

「んん、後ねぇ」

 そこまで彼女は言うと、なにかを考えように腕を組みながら黙り込んでしまった。なんだろうか、そんなにも考えてしまうものなのだろうか。

「じゃあ、逆に聞くけど」

 かと思えばぱっと顔を上げて、そのまま俺を指さしてくる。そういうところも好きなのだけど、本当に彼女はコロコロと表情を変えるタイプだ。

「なにか好きな物や好きな事を見た時、どう思う?」

「好き……?」

「違う、尊い」

 どうしよう、全然わからない。

 眉間に皺を寄せながら首を傾げると、じゃあさ、と違う言葉を投げてくる。

「滅多に見れないものやいい物を見せてもらった時は、どう思う?」

「えっと、ありがとうございます」

「違う、尊い」

「尊い判定がガバ」

 逆にどんどんわからなくなってきてしまった。

 とうとう彼女の気持ちがわからなくなってきて、もしかして彼氏失格なのではないかと心配になってきた。そんな俺の様子を見てだろうか。彼女はんん、とまたなにかを考えるような仕草を取りをして突然顔をがばりと上げる。

「たとえば、ね」

 鼻と鼻が触れ合いそうなくらいに、近く。ふわりと俺を撫でたシャンプーの香りに、心臓の音が彼女まで届くのではと思うほどにうるさかった。

「私と過ごすこういった時間一つ一つや、一緒に笑っている時は……どう思う?」

「それはもちろん……大切で、かけがえのないものだって」

「それ!」

「えっ」

 なんだかいい雰囲気だったけど、なにが言いたかったのかは正直さっぱりだった。俺のドキドキを返してくれ。

「かけがえのないものや大切なもの、愛おしい存在に対してが、尊いなの」

「なる、ほど」

 あまりの押しに、なんだか圧倒されてしまう。

 けど、それならなんとなくだけど理解ができた。なるほど、尊いとはそういう事か。

「それなら、俺もあるかもしれない」

「でしょ」

 俺が共感したからだろうか、頬を緩めて俺の顔を覗き込んでくる。

「えへへ」

「今度はなんだよ」

 嬉しそうに目を細める彼女は、もったえぶりながら首を横に振り振っていて。

「うんん、やっぱり尊いなぁって思っただけ」

 花のように笑う彼女が、それこそ愛おしくて。

 彼女が笑顔ほど尊いものはないんだよななんて、そんな事は恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。

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